てきと~三国志
古本屋で見つけた小汚い本。
その表紙には、手書き感丸出しの字でこう書かれていた。
『てきと~三国志』
……これはヤバい。
香ばしいハズレの匂いがツンと漂っている。
しかし、オレはその本をレジに持っていってしまった。
なぜなら……オレは三国志というものを一度も読んだことがなかったから。
これはある意味チャンスなのでは無いかと運命のようなものすら感じ、急いで家に帰って早速ページをめくってみた。
『この物語は遠い昔、オツ、パツ、ピーという名の3つの国が激しい争いを繰り広げたっぽい話である──』
……ん?
3つの国ってそんな名前だったっけ?
全然知らないから何とも言えないけど、少なくとも漢字っぽかったような……まっ、いいや。
とにかく読んでいけば分かるだろう。
『オツの王はとにかくケチで、間違えてお釣りを少なく渡してきた店員が居れば迷わず打ち首にしたという逸話が残っている。一説によると、お釣りに対する執着心の強さからその国の名が付いたとかそうでもないとか……』
オツ王やべーなおい。
その時代の店員じゃなくて本当に良かったぜ。
『パツの王はとにかく丸々と太っていて、坂を登る王を押すことを生業とした〈転がし隊〉なる部隊が存在し、兵の中でも選りすぐりのエリートだけその任に就くことを許された。一説によると、ズボンが常にパツンパツンだったことからその国の名が付いたとかそうでもないとか……』
パツ王もやべーなおい。
エリートの無駄遣いハンパねぇ。
……けど、オレは察したぜ。
丸々と太った王、坂道を登るのは大変だけど、下りに関しては……。
きっとこの先、重要な場面でこの伏線が効いてくるはず……!
『〈動く空き瓶〉との異名を持つピー王はとにかくバカで、砂漠に行くと必ず砂を食べ始めてしまうため、それを止めるために〈砂食べ叱り隊〉なる部隊が存在したとか。賢明な読者ならもうピンと来てると思うが、現代において夏に行われている〈砂を食べるのおやめな祭〉は、この逸話が起源と言われているとかそうでもないとか……』
いや、絶対そうでしょ!
名前がそのまんまだからね!!
これほど分かりやすい起源なんて無いでしょうが……って、なにその祭り!?
逆に気になるよ逆に!!
『そんな偉大な3つの国の王が、ついに対峙するときが来た……!』
おお、ついにか!
トントン拍子すぎてアレだけど、くだらない逸話をダラダラと垂れ流されるよりはこれぐらい展開が早いほうが助かるぜ!
『しかし、あまりにもトントン拍子すぎるのもアレなので、その前にどうして国王たちが対峙するようになったのか、その経緯について書き記すことにしよう。まず、オツ王がなぜそこまでケチになったのか。それはオツ王が幼稚園に入って間も無い頃……』
いやいやいや!
遡りすぎでしょそれ!
良いんだよトントン拍子で。
時間は有限なんだから、テンポが良いことに越したことは無いんだって!
『なるほど。では、オツ王が幼稚園に入って間も無い頃に出会ったムチムチバディで常にパンチラギリギリというか結構な確率でパンチラしちゃってた保育士さんとの逸話はカットして、国王たちが対峙する場面から……』
待て待て待てーい!!
それを早く言え、それを!
悪かったごめん、言いすぎた!
人生ってやつは有限だからこそ、たまには焦らずゆったりとした時間を過ごすのも大事なんだって。
だから、そのムチムチパンギリ保育士さんの話を詳細に聞かせて貰おうじゃないか!
『了解でーす。ムチムチパンギリ保育士さんは、幼稚園にはふさわしく無いという保護者からの要望により速攻で退園。若きオツ王は三日三晩に渡って泣き続け、それによって新たに湖が出来上がったという逸話があるが嘘である。しかし、深い悲しみは紛れも無い真実であったのだが、それを励ましてくれたのは同じ幼稚園に通う友達。その友達は、砂場で遊ぶと必ず砂を食べてしまうというクセがあり……』
それ、絶対若きピー王!!
キャラ立ちすぎてて一発で分かっちゃったよ!
っていうかムチムチパンギリ保育士さん帰ってきてくれ~。
もはや、それだけが楽しみでこの本を読んでると言っても過言じゃなかったのに……。
『ところで、幼稚園をやめさせられてしまったムチムチパンギリ保育士さんはと言えば……』
おー、きたきたきた!
待ってました!!
『やさぐれて酒に溺れ、夜の街に繰り出し、乾いた心と体を潤すために誰彼構わず男を誘っては……』
ひぃー!!
嫌すぎる末路!!
ごめん、オレが悪かったよ。
世の中には、知らない方が良い事があるっていうのを忘れてたよ……。
信じてる。オレは信じてるよ。
色々あったけど、きっとムチパンさんは真実の愛に出会えたってことをね……。
さあ、王たちの話に戻ろうか。
『うぃーっす。で、仲良くなった若きオツ王とピー王が幼稚園の遠足で山登りをしていると、上からコロコロと転がってくるまんまるの園児が……』
えっ、それってパツ王だよね??
ってことは、3つの国の王たちは同じ幼稚園の出身だったってこと??
『いや幼稚園だけでなく、小学校、中学校まで3人仲良く一緒。遊ぶのも3人、ケンカするのも3人、恋に破れて慰め合うもの3人一緒。そして、当然のように3人揃って同じ高校を受験したけれども、残念ながら……』
あー、ピー王だ!
そりゃそうだよ……砂を見ると食べちまうんだぜ?
ここで2人とは離ればなれになってしまうのか……。
『残念ながら3人揃って受験失敗。それぞれ家業を継いで、一国の主となったのである』
他の2人も落ちたんかーい!
しかも、てっきり戦いやら策謀やらカリスマ性やらで国王まで成り上がったんだと思ってたけど、最初から良いとこの坊ちゃんだったんかい。
まあでも、そんな仲良かった3人が対峙することになるっていうのは、結構ドラマチックだよな……悔しいけど、この先の展開が気になりだしてきちゃったぜ。
『で、時は流れて数十年後。同窓会で久し振りに対峙した3人は、思い出話を肴に酒を酌み交わしたのである。オツ王は相変わらずドケチで、パツ王は坂道を転がっていて、ピー王は砂を食べているという話で大いに盛り上がった。ちなみに、今日において酒を飲むとき一緒に砂を食べる習慣は、この逸話が由来とされているとかされていないとか──』
されてないよ!!
っていうか、なんだこの話!
友達って良いな!!
〈了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます