舌認証システム

 スキミング被害などが相次ぎ、カードを用いた認証に対する人々の不安感を解消するため、新たなシステムが開発された。

 そう、舌認証システムである。

 舌にある血管と舌乳頭のサイズや配置は10兆パターン以上あると言われていることから、偽造防止性と高精度さを兼ね備えた最高の生体認証として鳴り物入りで登場。

 瞬く間に、それまでカード認証を用いていたものが舌認証へと切り替えられていった。

 ATMに前屈みで舌を入れる様子を初めて見た人はギョッとしたが、すぐに当たり前の光景として受け入れられた。

 そして、ここまで普及したにも関わらず、不正利用などのトラブルはゼロ。

 ついに人類は、究極の認証システムを手にした……かのように思われたのだが──


「イテテテテっ」

 男性客は顔をしかめながら、銀行の出口前に置かれたアイスディスペンサーのボタンを押して氷を取り出す。

「ありがとうございました。またのご利用お待ちしております」

 氷をしゃぶりながら店を出て行く男性客の背中を、銀行員が見送った。


「うーん痛い痛い」

 女性客は顔をしかめながら、銀行の出口前に置かれたアイスディスペンサーのボタンを押して氷を取り出す。

「ありがとうございました。またのご利用お待ちしております」

 恥ずかしそうに氷をしゃぶりながら出ていく女性客の背中を、銀行員が見送った。

 

 ──そう。

 舌認証システム唯一の脆弱性、それが口内炎。

 挿入口にこそ保護素材などが使われているものの、肝心の認証部分は金属製であり、非接触システムとは言えどうしても僅かに触れてしまうこともあり、それが小さな傷となってやがて口内炎となってしまうのである。

 その事態を受け、<舌認証システムスーパーソフトTYPE>なるものが登場したのだが、


「あれって、誰かが機械の中に入ってて自分の口を……」

「キャー!」


 などという都市伝説が囁かれ、すぐに姿を消した。

 結局、人々は口内炎の痛みを我慢しながら、お金を下ろしたり振り込んだりしなければならなくなったのだ。

 が、それから数年後。とあるATMコーナーの前に長蛇の列が出来ていた。

 あまりの人気ぶりに、どこかの局のレポーターがカメラマンを引き連れて取材を行っていた。

「ご覧下さい! この長蛇の列! どうやら、こちらのATMでは、口内炎問題を解決する画期的なシステムが導入されたとのことです。それは、舌の代わりにカードを使って……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る