都市型スライム
スライムが初めて人前に姿を現したのは東京のとある繁華街だった。
平日の夜7時過ぎ。
「な、なにアレ!?」
若い女性の叫び声に、人混みでごった返す歩道が騒然となった。
人々の視線を集めているのは、ファーストフード店の看板の上でピョンピョン跳ねる青い物体。
「え、スライムじゃね?
」
ナンパをしにこの街にやってきたチャラい男は、子供の頃に遊んでいたゲームの中のモンスターの思い出を、謎の青い物体の姿に重ね合わせていた。
「ああ、確かにありゃスライムだ。プルンプルンな質感といい、まん丸で頭だけちょこんと尖ってるボディラインといい、ありゃスライムに違いない。世紀の大発見だぞこれは。おい、誰か捕まえてみろ。一攫千金のチャンスだぞ」
スーツ姿の男が誰にとも無くたき付けようとするが、さすがに警戒して誰も動こうとしない。
すると、騒ぎに気付いて駆けつけた警察官が注意を促しはじめた。
「はーい、通行人の迷惑になるんで、道の真ん中で闇雲に立ち止まらないでくださーい」
みんな、生のスライムに後ろ髪を引かれつつ四方八方に散らばっていった。
その後、スライムは警察の要請を受けてやってきた保健所の職員によって保護された。
政府は、スライムの存在を世間に知らしめることは百害あって一利無しと判断し、闇の中に消そうとした。
しかし、ネットが普及した現代において事実をもみ消すのは簡単な事じゃない。
あの場に居合わせた誰かがSNSに投稿したスライムの写真は瞬く間に拡散し、日本中、いや世界中の話題をさらった。
さらに、具合の悪いことにスライムはあの1匹だけでなく、東京各地で頻繁に姿を見せるようになった。
さすがにこのままではいけないと考えた政府は方針を180度転換し、スライムの存在を公に認めることにした。
ただ、後追いする形になるのはバツが悪いからと、今回発見されたのは『都市型スライム』で、地方の山奥などでは前々からスライムが棲息していた事を確認していた、という嘘付きで。
まあ、そんな政府の事情など知ったこっちゃない一般市民たちは、スライムを見つけること、さらにはスライムを捕獲することに躍起になった。
テレビや雑誌、インターネットの話題はスライム一色。
当初、スライムを捕獲した人間は取材やらなんやらでまさに一攫千金を得た。
やがて、スライム販売業なる輩が出現し、スライムを買い取ってはセレブ相手に超高額で売りさばくなど、まさに一攫千金を得た。
ただ、美味しい話は長く続かないのがこの世の常。
スライムが実はもの凄い繁殖力を備えており、2匹のスライムを同じ部屋に入れ、ムーディーな音楽を流しておくだけですぐに新しいスライムが1匹生まれる事が分かってからは、増えすぎて捨てられた<野良スライム>が街中に溢れかえった。
希少価値が消え失せ、ビジネスが立ちゆかなくなったスライム販売業社はたちまち廃業。
その代わり、今までとてもじゃないけど手が届かないと諦めていた庶民の間にも、スライムは簡単に手に入る身近な存在となった。
そんな中、『スライムの体内には猛毒がある』『スライムは猫を食べるらしい』『スライムをずっと見てると目が悪くなる』など、恐ろしい噂が流れたが、後にそれは元スライム販売業者の連中が逆恨みで流したデマだと判明し、人々はホッとして肩をなで下ろした。
やがて、スライムは猫や犬と並ぶほどメジャーなペットとしての存在を確立していった。
キュートなルックス、ぷにゅぷにゅした肌触り、そして温和な性格を持ったスライムは特に子供たちから絶大な人気を誇った。
日曜日ともなると、スライムを大切そうに抱いて歩く子供たちの姿が街中に溢れかえった。
ところが、そんな<青いトモダチ>との関係がふいに曲がり角を迎える事となる。
スライムが爆発的に増え始めたあたりから日本全体の降雨量が激減し、ついには梅雨の時期にも関わらず1ヶ月の間一度もまったく雨が降らないといった地域も少なくない、と気象庁が発表したのだ。
それを受けて、各大学や研究機関はこぞってスライムの生態を徹底的に洗い出した。
その結果、スライムは常に大気中の水分を吸収しており、その影響で雲が激減、結果的に過度な雨不足を引き起こしている事実が判明した。
民衆の意見は真っ二つに分かれた。
スライムを守る派、そしてアンチスライム派に……。
元スライム販売業者をルーツとするタカ派のアンチスライム派は、スライム狩りと称し、時に散歩中の子供の手から強引にスライムを奪い、海に返すといった事件が多発して社会問題となりつつあった。
このまま水不足が続けば、日常生活に重大な支障を来すことは時間の問題であり、既に日照りの影響をダイレクトに受ける農家の中には廃業に追い込まれた者も少なくなかった。
そんな状況を看過できず、政府が発案した<スライム撲滅法案>は国会において満場一致で可決された。
野良スライムは、あっという間に街から姿を消した。
そして、<スライムを単純所持しているだけで逮捕され、懲役10年以下の刑に処される法律>の開始日前日。
日本中の海や川のほとりに、スライムを大事そうに抱えた子供たちが集まっていた。
無言で抵抗する子、大暴れする子、スライムに付けた名前を叫び続ける子……など様々だったが、その目は一様に真っ赤で、願いはただひとつ。スライムとずっと一緒に居たい……。それだけだった。
しかし、親たちに説得され、子供たちは次々とスライムを海に返していく。
彼らは、大人になってもずっと絶対忘れないはずだ。
その手に感じたプニュプニュで暖かな感触を。
そして、雨の降る日には必ず思い出すだろう。
人間たちの勝手なの都合で飼い始め、ある日突然海に返されたその時ですら、優しく微笑むスライムの温かい眼差しを……。
〈了〉
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