ハイテンション浦島太郎
昔々あるところに、どこか様子のおかしい浦島太郎という若者がいました。
とある夏の日。
朝起きて、ポカポカ陽気の青空を見た浦島太郎は海に行こうと決めました。
「うひょーーー! 海だ海だ!! 海に来たぞー!! えっ、ヤバい海じゃん! 本当に海じゃんかよぉぉぉ!! すげぇ! 水たっぷり!! って言うか水ばかりなんだけど! どうなってんのこれ!? ひゅ~!!」
海辺に着いた浦島太郎は、広大な海の景色を見てたいそう驚きました。
これが生まれて初めて見る海……なら良いのです。
もしくは、住んでる家から遙か遠くにあってなかなか来る事が出来ない……ということであれば良いのです。
恐ろしいのは、この海が浦島太郎の家のすぐ裏手にあるという事実。
そんなことなどおくびにも出さない浦島太郎は、お神輿を担いでるかの如きノリノリな動きのまま砂浜へ近づいて行きました。
すると、何やら不穏な光景が……。
「おりゃ、おりゃおりゃっ!」
「えいっ、えいやえいやっ!」
「このクソガメが! このクソガメが!」
なんと、子ども達が大きなカメを捕まえて、寄ってたかっていじめています。
「うひゃーーー! 何してんの何してんのぉぉ!? ヤバいっしょ! 動物を叩くとかヤバすぎでしょ!! あっ、でも、カメには甲羅があるから結構大丈夫な感じ?? 叩かれても大丈夫系?? ねえねえ、カメさんカメさん!! 大丈夫系?? 大丈夫じゃない系? それとも、大丈夫じゃないけどそれはそれで嫌いじゃ無かったりするM心があったりする系?? ねえねえねえ!!!」
浦島太郎はカーッと両目を見開きながら、いじめられているカメの元へと近づいて行きました。
「な、なんだコイツ??」
「叩く?? コイツも一緒に叩く??」
「い、いや、やめとけ……! コイツなんかヤバいよ! に、逃げろ!!」
ハイテンション過ぎる浦島太郎に狂気を感じ取った子ども達は、カメを叩いていた木の棒を投げ捨てるようにして走り去ってしまいました。
「あ、ありがとうございます! 甲羅があっても痛いものは痛いですし、残念ながら痛さに喜びを覚えるタイプじゃないもんで……」
結果的に助けて貰えたカメは、浦島太郎に向かってペコペコと頭を下げました。
「そっかぁぁ! どのタイプでも無かったのかぁ!! アハハハハハ!! イヒヒヒヒ!! ウフフフフ!!! んじゃ!!」
何事も無かったかのようにカメに背を向けて歩き出そうとする浦島太郎。
「あ、あの! 助けて貰ったお礼を……!」
カメが呼び止めると、浦島太郎はクルンと体を反転させ、
「お礼!! うひょーーー!! お礼くれんの!? やったー!! 太郎感激!! お礼だお礼!! お礼!! お礼!! お! れ! い! お礼!! お礼!!!」
と叫びながら、狂ったように踊り出しました。
その様子を目の当たりにしたカメは呼び止めたことを後悔しかけましたが、彼のおかげでイジメから解放して貰ったのは紛れも無い事実。
その気持ち以外の不信感や、えも言えぬ気持ち悪さやらは甲羅の外に投げ捨てました。
「あのままいじめられ続けていたら命を失っていたかも知れません。あなたは命の恩人です。もしよければ、竜宮城へ招待します!」
「リューグージョー!! うっひゃー!! マジ? マジマジ?? あのリューグージョーに?? すげー!! リュ! グッ! ジョー! リューグージョー! リューグージョー! ……って、リューグージョーってなんじゃらほい??」
「……とりあえず私の背中に乗って下さい……」
どうしてもそのノリに馴染めないカメは終始首を傾げながら、浦島太郎を背中に乗せて海の中へと潜っていきました。
海を見ただけであの調子だった浦島太郎が、海の中に入って行ったらどうなるでしょう。
興奮のあまり背中の上で暴れ続ける浦島太郎をそのまま落として海の藻屑としてやろうか……カメはそんな欲望と闘いながらも、結局は自分がバランスを取ることで浦島太郎が落ちないように配慮しながら、ついに竜宮城へと到着しました。
「ようこそ浦島さん。お待ちしておりました。私はこの竜宮城の主、乙姫と申します。この度はうちのカメを助けて頂いて──」
と、世にも美しい乙姫の出迎えなど興味なしとばかりに、浦島太郎はきらびやかな竜宮城のエントランスに足を踏み入れるや否や、狂喜乱舞で踊り始めました。
「す、すげぇぇーー!! これがリューグージョー!? やべえぞやべえぞ!! なんじゃこりゃ!? リューグージョー過ぎるでしょこれ!? どこまでリューグージョーなんだよ!! リュ! グッ! ジョー! リュ! グッ! ジョー! ひゅ~!!」
乙姫に向かって申しわけ無さそうに頭を下げるカメ。
「良いのよ……うん。悪くない……あなたは何も悪くないんだから……」
命の恩人を迎えるパーティーに備えて、いつも以上におめかしをしていた乙姫はがっくりと肩を落としてしまいました。
日頃頑張っている練習の成果を発揮し、思う存分に舞い踊ろうとしていたタイやヒラメたちもテンションだだ下がり。
「うひゃ~! うひゃひゃ~お!! リュ! グッ! ジョー! リュ! グッ! ジョー!」
大きな大きな竜宮城で、盛り上がっているのは浦島太郎ただ一人。
その他すべての者たちは、その様子を死んだ魚の目をして呆然と見つめています。
実は、いじめられていたカメを助けてくれた浦島太郎を竜宮城に招くだけでなく、ずっとここで暮らして貰ったら良いんじゃ無いか……そんな話も出ていたのですが、誰もがそんな考えは大きな過ちであったと心から思っていました。
もちろん、乙姫も例外ではありません。
「あの……浦島さん」
「うっひゃっひゃ~! うひゃひゃのひゃ~……ん? なんじゃらほい?」
「地上からこの竜宮城まで深い深い海の旅、さぞかし大変だったでしょう。慣れない環境に不安もあるでしょう。お疲れでしょう。とてもとてもお疲れでしょう。ごゆっくりして頂きたい気持ちはありますが、地上での予定もあることでしょう。きっとあるでしょう。絶対にあるでしょう。なので、そろそろお帰りになられても私たちは引き留めませんので──」
「ん? ぜーんぜん大丈夫だけどぉ! 今まで予定なんてあったことなんて1度も無いもんね! めっちゃヒマだから! もう、ぜーんぜん大丈夫よぉ! リューグージョーめっちゃ綺麗だし、めちゃくちゃ気に入っちゃったもんね! なんなら、このままずっとここに居ても──」
浦島太郎がそう言いかけた時、竜宮城のそこかしこから「ヒィ!」と悲鳴が上がりました。
ただでさえ涼しい城内の空気がさらに冷え込んでいきます。
「ちょ、ちょっとそれは……! あ、えっと、そうそう! お土産があるんですよ! ほら、凄いお土産が……! タイちゃん、あれ持って来て!!」
「は、はい!!」
乙姫は、舞い踊れず所在なげにしていたタイに声をかけ、ある物を持ってきて貰いました。
「これです! どうぞ受け取ってください!」
乙姫は、大きな黒い箱を浦島太郎に差し出しました。
「うへぇ!? な、なんだこれ!? クロ! めっちゃクロ! こんな黒い箱いままで見たことないんだけどぉぉ!? うっひゃ~、黒いぞこりゃぁ~! 黒すぎて黒すぎて黒すぎるぜぇ~!! ひゅ~!!」
竜宮城の民たちは浦島太郎の薄気味悪い反応にゾッとしつつ、とにかくそれを持ってさっさと帰ってくれ……と、心の底から願っていました。
そして……。
「ねえねえこれ、ここで開けてみても良いかな?? 良いかな良いかな?? 今日は帰りたくない気分だし、ここで開けたいんだけど良いかな良いかな??」
浦島太郎の口から飛び出した絶望的な言葉に、竜宮城の民たちは血の気が引いてしまいました。
しかし、乙姫だけは皆を守るためと諦めず、何とか知恵を振り絞りました。
「あっ……それだけは! その箱の名は玉手箱と申します。その由来は『太陽の下で開けないと、全く面白く無いものが、手に入っちゃう』の頭文字を取ってタ、マ、テなんです。だから、ぜひ地上に戻って開けて貰った方が……」
乙姫自身、苦しいこじつけであることは分かっています。
しかし、この瞬間で思いつく手段はそれが精一杯。
あとはもう祈るしかありません。
竜宮城の民たちも、とにかく祈り続けました。
そして……。
「ふーん、なるほどね~。確かに、面白く無い物が手に入っちゃうのは面白くないよね!! んじゃ、これ持って帰ろっと!! カメさんよろしくよろしくぅぅぅ!!」
浦島太郎の口から奇跡にも似たその言葉が出た瞬間、竜宮城の中は深い安堵の空気に包まれました。
そして、カメの背中に乗って浦島太郎が竜宮城から出て行くのを確認するなり、飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。
ここぞとばかりに鯛やヒラメが舞い踊り、ついでに乙姫も舞い踊りだしました。
竜宮城はじまって以来、最高の盛り上がりは三日三晩続いたとか……。
一方。
地上にたどり着いた浦島太郎は、空に太陽があるのを確認すると早速玉手箱を開けてみました。
すると、箱の中からモクモクと白い煙が出てきました。
「うひゃっ! なんじゃこりゃ! 煙だ煙! シロ! めっちゃシロ! こんな白い煙いままで見たことないんだけどぉぉ!? うっひゃ~、白いぞこりゃぁ~! 白すぎて白すぎて白すぎるぜぇ~!! ひゅ~!! ……あれ? なんだこりゃ??」
玉手箱から飛び出した煙は確かに白かったはずなのに、浦島太郎の体に触れるとなぜか紫色に変わって行きました。
と、その時。
どこからともなく警察屋さんがやって来ました。
「はい。煙が紫色に変わりましたね。陰性です。午後4時36分。違法薬物使用の容疑で逮捕」
何が起きたのかさっぱり分からず……いや、全てを悟った浦島太郎は観念し、素直に両手を差し出して手錠をされてしましました。
何より黒かったのは玉手箱では無く、浦島太郎自身だったのです……。
〈おしまい〉
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