おしゃべり夜空

 夜更け頃。

 少女は自宅のベランダに出て、下弦の月の周りにポツポツと星が浮かぶ夜空を見上げていた。

「あ~あ、なんだったのかなアレ……。アイツ、別のクラスのよく知らない女の子と仲良さそうに喋ってたんだけど……って、まあ別に私と付き合ってるとかじゃないんだからそんなの自由っちゃ自由なんだけどさぁ。あと関係無いけど、最近寝る前めっちゃお腹すいちゃうんですけど。ただでさえポチャって来てんのに、このままじゃガチポチャ系に片足ツッコみそうなんですけど、なんとかなんないかなぁこれ。あっ、あとは明後日友達とカラオケに行く約束したんだけど、もっと歌上手くなりたいなぁ。それと、部活ももっと頑張れるようになりたいし、チケットも当たって欲しいし、新しい携帯も欲しいし──」

「願い事おおっ! 多すぎだろおい!」

「……えっ? だ、だれ!?」

 少女は周りをキョロキョロ見渡したが、ベランダには自分1人だけで、窓も閉めたまま。「オレだよ! 夜空だよ! ほんの少し前までずっとこっち見てたろがい」

「あっ、夜空か……って、ええ!? マジ? ガチ? ガチ夜空!?」

「ガチだよガチ。嘘ついても仕方無いでしょが。誰が悲しくて夜空のフリなんかするんだよ……って、夜空バカにしないでくれる!?」

「自分で言って自分でツッコんでるし。なに夜空、うけるマジ」

「あれウケた? なら良かった……って良くねーし! いま話しかけたのはそんなことじゃなくてだね。なんかキミたちさ、やたらこっち向いて願ったりするじゃない?」

「あーそう? 私は別にそこまでしょっちゅう願ってるわけじゃないけど。気が向いた時ぐらいしか」

「いやいや、気が向いた時だけってそれはそれでアレだろ。ちょっと淋しいだろおい。定期的に願おうよ。第3木曜日は願う日とか決めようよ。って、いやそれはそれでなんかなあなあな感じがしてイヤっていうか、なんかこうサプライズ的なこともして欲しいっていうか……」

「どっちだよ! もしかして、面倒くさい系の夜空なの?」

「いやいや、夜空に系とかねーし。夜空ってのは唯一無二の存在だし。夜空はみんな手と手を取り合って1つの存在的な、ナオトインティライミ的な」

「なにそれ、わけわかんない」

 と、言いつつ、少女は夜空を見上げながらフフッと笑った。

「あっ、夜空さんさあ、最初出てきたとき『願い事多すぎ』的なこと言ってたよね」

「そうそう。それそれ。そもそも、それを言いたくて話しかけたんだった。久しぶりに喋ったから脱線しちゃってすまんのう」

「いえいえ」

「で、なにが言いたいかっていうと、なんでキミたちはオレたち夜空に向かって何か願ったりするのかってこと。お願いするなら、もっと具体的に解決してもらえそうな人に言った方が話が早いんじゃ無いかって思うんだけど、夜空としては」

「うーん、まあ確かにそうっちゃそうなんだけどねぇ……。ちゃんと言えるならそもそも悩んで無いっていうか……。でも、誰かに聞いて欲しいって思って、そんな時に夜空がちょうどいい感じみたいな」

「なるほどねぇ。でも、いくらオレらに願ったところで別に特別な力を持ってるわけじゃないしねぇ」

「そーなんだ。じゃあ、夜空ってなんのために存在してんの?」

「おいおい、決まってんじゃねーか。夜空ってのは、昼の明かりを消して、適度に星を瞬かせてキミたちがゆっくり眠れるようにしてあげてるのさ。キラッ」

「さむ~」

「おいコラ!」

「ふふふ、うそうそ。まあ、綺麗は綺麗よね。そこは認めたげる」

「あざーす。って、凄い上から目線なんですけど。こっちのが上に居るのに」

「あはは、確かに~。でも、何か思ったより親しみやすくてびっくり。話しやすいっていうか」

「まーね。素敵な雰囲気を演出しなきゃなんないから普段は黙ってなきゃいけない分、こうやってたまに話せると、ついついペラペラ喋っちゃうよね」

「そっか。夜空は夜空で色々大変なんだね」

「おっ、わかってくれたか」

「うん。じゃあさ、あんまり願いすぎない方がいいって感じ? うっぜぇ、って感じ?」

「いやいや、それは違うよ。願い事自体されるのはイヤじゃないよ。頼られてるって感じもするし。なにより、人の悩みほど聞いてて面白いものは無いからね。ほんと、色んな悩みがあるもんだねぇって聞いてるだけでご飯3杯はいけるっていうか」

「あっ、それちょっとキモい」

「うん、まぁキモがられようが好きなものは好きだから。キラッ」

「いやいや、いくら流れ星流しても、変態性は浄化されないから! あっ、そろそろ寝なきゃ。明日も部活の朝練あるし」

「おう、なんか知らんけど頑張れよ!」

「うん! ありがと! なんか話してたらスッキリしたし。またこうやって話せる?」

「うーん、それはちょっと難しいかな……」

「そっか。今日は特別な夜だっただけなのね……」

「いや。そんなんじゃなくて。ほら、夜空がおしゃべり過ぎるとイメージがアレじゃん? 無口で包容力があって聞き上手的な魅力で売ってるわけだから」

「なんだ、もうマジウケる。まーこれからも勝手に願ったりするから、無口が我慢できなくなったらしゃべりかけてよね。私のイメージはもう『夜空=面白い』ってなっちゃってるんだから」

「はい、りょーかいでーす。じゃあまたね。オレは、いつでも上から見守ってるぜ」

「さむっ」

「えっ……」

「うそうそ。夜風が顔に当たって寒いなって。夜空も風邪引かないようにね。クシャミして星がどっかに飛んでいったら大変でしょ」

「さむっ」

「ふふっ、じゃあまた」 

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