インフレ白雪姫
「鏡よ鏡。世界で美しいのはだぁれ?」
「白雪……あっ、王妃様です」
「ちょっとアンタ。今、違う名前言いかけたでしょ? ホントのこと言いなさいよ。正直に話せば怒ったりしないから」
「あ、はーい。本当は、白雪姫でーす」
「ムキーッ! あんな子が? ホントにアタシじゃないのかい!? こら、クソ鏡!」
「え、ええ!? 正直に言ったのにぃ!」
「うっさいうっさい! で、いまどこにいるのよあの子!?」
「はいはい、スマホ持ってます?」
「持ってるに決まってるじゃない!」
「いや、その持ってるってのはいま手元にあるかどうかって質問で……」
「いいから教えなさい!」
「はいはい、えっとまず現在地を表示してもらって──はい、ちょっと右の方に、あっ、そうそうそう、いや行き過ぎ行き過ぎ、って今度は戻りすぎ戻りすぎ……」
「ムキーッ! いちいち指示がうるさいわねアンタ! 鏡の表面に表示できないの!?」
「それはちょっと。魔法の鏡って言っても万能じゃないですし」
「わかったわよ! なに、もっと右? 下? 上? 左? ……って、この場所に戻ってきたじゃないの!」
「あ、申しわけございません。じゃあ、GPSデータ送りますんで」
「そう、やればできるじゃない……って、最初からそうしなさいよ!」
「てへぺろでーす」
こうして、悪い王妃は白雪姫の居場所を突き止めると、猟師を雇って彼女の心臓を取ってこいと命じた。
王妃から聞かされた場所に辿り着いた猟師は、すぐに白雪姫を見つけ出した。
「ちょっとお嬢さん、聞きたいことがあるんだが」
「なんですか猟師さん?」
「えっと、その……」
数え切れないほどの動物の命を奪ってきた猟師でも、やはり人間相手では調子が狂った。
しかも、心臓を取ってこいって頭おかしいだろあの人。想像しただけでも吐き気がするわ……と怖じ気づいた猟師は、
「ちょっとこっちに来て貰えます? いや、特に怪しい事とかはないんで……」
と言って、とりあえず白雪姫を森の奥へと誘った。
「わぁ、こんな深い所まで入ったのは初めてです私。うわぁ、くらーい涼しいー」
命の危機に瀕してるとは微塵にも気付いていない白雪姫。
ここなら、心臓をもぎ取ろうが何しようが誰にも気付かれまい、ってやっぱり無理だわ、と猟師は白雪姫の無邪気な笑顔に負けた。
しかし、王妃に逆らって何されるともわからないので、
「すまん! さらばだ!!
」
と言い残して走り去った。
「えっ、あ、さようなら~」
深い森の中に置き去りにされたとも知らず、のんきに手を振る白雪姫。
すると、どこからともなくハイホーハイホー歌う声が聞こえてきた。
しかも、声の数は1人や2人のそれじゃない。
「誰です? どこの誰です?」
声のする方へと叫ぶ白雪姫。
それに反応するように、草むらがガサゴソ音を立て、ピョコンッと小さいオジさんみたいなコビトが飛び出してきた。
「どーもー。私でーす」
「ボクでーす」
「オイラでーす」
……と、次々にコビトが飛び出してきた。その数77人。
「あっ、全員出てきた?」
さすがに人数が多すぎて、23人目辺りで飽き始めていた白雪姫は綺麗な花でも摘みながら時間を潰していた。
「うわぁ、コビトさんだらけ~……って、こ、これは……」
白雪姫は何かを思いついた。
キョトンとする77人のコビトたち。
「77人……1人時給800円として、キックバック10%でも6000円……イケる、イケるで!」
白雪姫の中で眠っていた商魂が目を覚ました瞬間である。
つまり、このコビトたちにアルバイト先を斡旋する代わりに時給の10%を紹介料としてキックバックしてもらう事で、白雪姫はただボッと立ってるだけで時給約6000円が懐に入ってくるという寸法だ。
森の自然の中で自由に生きてきたコビトの気持ちはキノコの傘の中に押し込めて、白雪姫は次々とバイト先に派遣させていった。
──数ヶ月後。
「鏡よ鏡。世界で一番美しいのはだぁれ?」
「王妃様です!」
「うそこけ! 正直になさい!!」
「いや、本当なんです……白雪姫は私腹を肥やした挙げ句、文字通り体もみるみる肥えていって美しさも……」
「やめて! 同情は悲しくなるだけだから! よし。じゃあ質問を変えるわ。鏡よ鏡。世界で一番裕福なのはだぁれ? そこだけは私だって王族だし──」
「白雪姫です」
「ほら、やっぱり……って、ええ!? だって、あの子は猟師が森に捨ててきたって……」
「なんか、あこぎな商売してるみたいッス」
「そ、そうだったの……辛い、辛いわ。ねぇ、鏡よ鏡。世界で一番辛いのは……」
「コビトたちです。これはもう絶対。いやぁ、酷い扱いなんですってば。そのほとんどが過労で体重半減したとかしないとか……」
〈了〉
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