タマネギ派VS長ネギ派
「ってかさぁ、タマネギさえあれば長ネギっていらなくね?」
そんな心ない一言が、全ての始まりだった。
「あっ、それなら私も言わせて貰おうか。料理を華やかにする色味があるのはどっちなのか……とね。答えは言わずもがなだがね」
と、長ネギ派が返す。
案の定、売り言葉に買い言葉状態になってしまった。
もちろん、大多数は<どっちも好き派>もしくは<どっちも苦手派>なのだが、ノイジーマイノリティの言葉通り、玉派と長派は少数派ながら熱いバトルを繰り広げた。
「長ネギなんて薬味だろ薬味。あっても無くても同じじゃね?」
とタマネギ派が攻撃すれば、
「おいおい、知らないのか? タマネギを使った料理は全て、実は長ネギでも代用できるんだぜ?」
と、長ネギ派も強気の姿勢を崩そうとしない。
「フッフッフ、じゃあ決定的な事を言ってやろうか?」
タマネギ派がニヤリと笑う。
「な、なんだよそれ。そんなのハッタリだろ……」
何とか言い返すが、その顔は長ネギの如き蒼白さを帯びていた。
「よし。じゃあズバリ言ってやろう。長ネギは、スーパーのビニールから……」
「ま、待ってくれ! それだけは……それだけは!!」
「うるさい! オレは真実を語ろうとしてるだけだ。現実から目を逸らすな! いいか、長ネギは長すぎてスーパーのビニールに収まらず、油断するとすぐ落ちてしまうんだよ! 今まで何回見てきたことか。道路に落ちてる憐れな長ネギの姿を……そして、それと同じ数だけ流れた主婦たちの涙を……」
「ぐ……ぐぐぐぐぐ……」
長ネギ派は、何も言い返せず、ただただ悔しさに歯を噛みしめることしかできなかった。 しかし、その姿が逆に判官贔屓の流れを生み、
「合理的=優れている……とは限らない。ビニールからハミ出しそうになるからこそ、逆に、落ちないように気を使って家に持ち帰る分愛着がわく」
「長ネギのフォルムや白と緑のコンストラストはもはや芸術の領域。タマネギは無骨すぎてちょっと……」
など、"無党派層"から長ネギ派を応援する声が急増した。
特に、スポーツ界でそれは顕著に表れた
剣道やフェンシングの選手の中には、幼少期に長ネギで素振りの練習などをした者も多く、潜在的な長ネギ派であることが相次いで発覚した。
そんな中、荒れに荒れたのが野球界。
野手の大半が長ネギ推しでピッチャーだけは猛烈なタマネギ推しと、綺麗に真っ二つに分かれてしまったのだ。
両者譲らない言論バトルは球場内にも持ち込み、チームワークは乱れ、ほとんどの試合は皮肉なことにネギの繊細な風味とは真逆の大味なものとなっていた。
挙げ句の果てには、互いに自分の推しネギを主張すべく、ボールの代わりにタマネギを投げ、バットの代わりに長ネギで打ち返し始めた。
それはスポーツ界全体に広がり、テニスのボールがタマネギになり、競馬の騎手は鞭の代わりに長ネギで馬のお尻を叩く始末。
こうなったら長いものは全部長ネギにしよう、丸いものは全部タマネギにしよう、という危険思想が国中に蔓延。
警察官は警棒の代わりに長ネギを持ち、携帯基地局のアンテナも次々と長ネギに差し替えられ、くす玉の代わりにタマネギを吊し、神社の参拝者は鈴の代わりにタマネギを鳴らした。
……完全に狂っていた。
それでも、感覚が麻痺していた大人たちは「世の中そんなもんだ」と受け入れてしまっていた。
そんな時、細かい事情など知らぬ子供がそっと呟いた。
「丸いとか長いとか、なんで形のことしか言わないの? お味はどうなの? どっちがどうなの?」
純粋無垢なその言葉に、世の大人たちは衝撃を受けた。
確かに、自分達は見た目のことばかり気にしすぎて、味のことなんてすっかり忘れていたという事実に驚愕した。
そして、タマネギ派の代表と長ネギ派の代表は同時に、以下のような声明を発表した。
「味は……ドロー! ドローである!」
〈了〉
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