夏のボーナス、クッキー払い
今日はボーナス支給日。
毎日のように夜遅くまで残業をこなし、休日出勤を命じられれば草サッカーの試合を欠場してでも出勤し、栄養ドリンクなしではまともに立っていられないほどがむしゃらに働いたのは、この日のためと言っても過言では無かった。
ウチの会社は月給が平均より安い分、ボーナスはドカンとくれるっていうトリッキーなシステムなのだが、その分ボーナス日の興奮度合いったらハンパ無い。
しかも、今どき銀行振込じゃなくて手渡しゆえにお金の重みが直に伝わってくるので、テンションも上がりまくるって話だ。
そして、全社員が大会議室に集められた。
「みんなのおかげで、我が社の業績は右肩上がりで推移している。と、言うわけで、今回のボーナスはいつもとひと味違うぞぉ?」
社長の言葉に、社員の間から自然に「お~」と歓喜の声が上がった。
「それじゃ、早速始めようか。ではまず……」
ついに、ボーナス手渡しの儀が幕を開けた。
社長に名前を呼ばれた者は前に出て、茶色い紙袋に入ったボーナスを受け取る。
「うおっ、すげぇ!」
中身を見て、思わず感嘆の声をあげる人もいた。
その光景を目の当たりにしながら待ってるオレの鼓動は、否応なしに高まり続ける。
そしてついに、オレの名前が呼ばれた!
「はい、おおこんなに。頑張ったな、これからもよろしく頼むよ」
えっ、社長はオレのボーナス袋の中身をチラ見すると、そんなこと言い出した。
こんなに……だと!?
まあ、確かに頑張った。それはもう胸張って言える。
ブラックだなんだって思った時もあるけど、なんだかんだ頑張ってたら報われるんだなぁ……。
オレは喜びのあまり、目に薄ら涙を浮かべながら茶色い紙袋を受け取った。
「うおっ」
社長の手からボクの手に移ってきたその袋は、想像以上に重みがあってビックリした。
マジかよ。
お札でこの重みってハンパねーぞ……あっ、もしかして大量の千円札っていうオチか。
まあそれでもいい。
全部千円札だとしても、相当な金額になることは間違い無い。
オレは、フーッ、と息を吐き出し、意を決して袋の中を覗いてみた。
「……ん? ……んんん!?」
思わず二度見してしまった。
そして、鼻を突く芳醇なバターの香り。
間違い無い。
袋の中にあるのは、大量のクッキー。
クッキーと言う隠語で呼んでるお金じゃなく、正真正銘あのクッキー。
あの食べるヤツ。
あの食べるとお腹が膨れる丸いヤツ。
どこからどう見てもクッキー以外の何ものでも無いのだが、どうしても信じられないので1枚取って食べてみた……クッキーだった。
いや、恐らくなかなか上質なクッキーなのだろう。
食べた感じ、間違い無く百均で売ってるのとは一線を画した上質なクオリティであることは、オレの舌でも分かる。
でも違うんだ。
オレが求めてたものはコレジャナイ。
コレジャナイ中のコレジャナイ。
それはもうコレジャナイの極致。
オレが欲しいのは金! 金なんだよ!
なんか偉いオッサンの肖像が印刷されたあの長方形のやつ!
食べても不味いやつ!
上質な小麦粉に高級なエシレバターを惜しみなく使って絶妙な加減で焼き上げたとかどーでもいいっつーの!!
「社長! どーいう冗談ですかこれは! ちゃんとお金くださいお金!!」
……とは言えず。
美味しそうなクッキーの香りが充満する会議室の端っこで、オレはただ呆然と茶色い紙袋を両手に抱えたまま遠い目をして立っていた。
そして、どうやらボーナスは最後の一人まで渡しきったようだった。
「はい、じゃあこれからもみんな頑張ってくれたまえ。解散! ……なんてね?」
おどけた表情を浮かべる社長。
……来た!
ほらほらほら!
これはやっぱり社長の悪ふざけだったんだ!
もう、社長ったら可愛すぎるぅぅぅ!
まったく、子供なんだからもうムギュッてするぞムギュッって!
「実は、キミたちに配ったボーナス袋の中に、1つだけチョコチップクッキーが入った袋があるのだが……」
……ん?
なんじゃそりゃ。
そこは「お金と間違えておやつのクッキーいれちゃいましたてへぺろ」だろ?
社長さんよぉ?
そういうのいいからもうマジで……。
「見事そのチョコチップクッキー入りの袋を手にした者には、さらに特別なボーナス袋を手にすることができるってわけだ。さぁ、確認したまえ!」
その言葉を号令にして、みんな一斉に自分の袋の中身を確認し始めた。
特別なボーナス袋だと!?
なんだその魅惑的な言葉は!
オレは目を皿のようにして、ボーナス袋の中身を確認し始めた。
大量のクッキーの中からチョコチップクッキーの存在を探し当てるのは想像以上に難儀だった。
ちょうどお腹もすき始めていたので、オレはクッキーを食べて減らしながらチョコチップ発掘作業を進めた。
すると……。
「あ、あったぞ! チョコチップ! ほら、これ、チョコチップクッキーだよな!!」
オレは、周りのバタークッキーとは明らかに違う、1枚の異質なクッキーを手に取って天高く掲げた。
「おお、それだよそれ。その剛運を、我が社の発展に活かしてもらえると助かるよ。それじゃ、約束通り、追加ボーナスを支給しよう。ほら、受け取りたまえ」
社長の手には白い紙袋。
しかも、その紙袋には赤い文字で銀行名が印刷されていた。
来た……ついに金だ。
他の社員たちが、羨望の眼差しでオレの方を見つめている。
オマエらわりーな。
みんながクッキーでオレだけお金を貰うってのは、気まずさと同時に、ちょっとした優越感も感じずにはいられなかった。
「ありがとうございます! これからも会社のため、身を粉にして頑張ります!」
オレは満面の笑みを浮かべたまま、社長から白い紙袋を受け取った。
「おっと」
ずっしりとした重量感に思わず声が漏れる。
そして、ゆっくりと袋の中身を見ると……。
「クッキー? またクッキーじゃねーか!」
オレは思わず、社長に向けて罵倒を浴びせてしまった。
だって、またなんだもん……。
またそれなんだもん……。
あまりの切なさに、両目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「違う違う。よく見なさい。さっきのはお店で買ったクッキーで、キミに渡したそれは手作りのクッキー。ん? 誰が作ったのかだって? それはもちろんワ・タ・──」
「そんなの知ったこっちゃね~。金くれ~」
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