ロマりすぎ探偵

「ねえ助手クン。キミはこんな話を聞いたことがあるかな?」

「はい? 突然なんです?」

「ハートを貫く矢があるなら、それはきっと愛という名の木から出来てる……ってね」

 探偵はキラッと目を輝かせた。

「……いや、もう謎すぎます。その言葉も、言うタイミングも」

「ははっ、キミはホントに鈍いね。もう朝だってのに隠れ忘れた月のようだ」

「…………」

「おっと、無視だけはイケないよホント。泣いちゃうよボク。瞳と言う名の星に雨がふっちゃうよ」

「わかりましたわかりました。涙だけは勘弁して下さいもういい年なんだから。って、それより依頼ですよ依頼。久しぶりなんですからちゃんと仕事してください」

 助手は呆れた顔で1枚の紙を探偵に渡した。

「ふむふむ……ミツマロという子が家出したから探して欲しいだって? うーん、ロマンス感じないねぇ、実に感じない」

「もう。選り好みする余裕なんて無いんですけど。っていうか、依頼内容もっとちゃんと見てください。ミツマロっていうのは、三毛猫ちゃんのことですよ?」

「なんだって? それは素晴らしい。キミは知ってるかな、三毛猫というのは神様が恋に墜ちた時のトキメキから作られたってことを」

「はいはい、知らなかったですよ。素敵素敵」

「投げやりだなぁもう。夕方が来たからって適当に焦がして出てきた夕焼けのようだ」

「…………」

「おっと、無視だけはイケないよホント。泣いちゃうよボク。堕天使のイタズラで瞳とタマネギをすり替えられちゃってんじゃないかってぐらいに」

「わかりましたわかりました。涙だけは勘弁してくださいもういい年なんだから。って、その例え、ちょっとロマンスずれてませんか」

「おっ、鋭いね。悪魔の薬指ぐらいに」

「もう謎すぎですし、悪魔とか失礼な話ですしもう」

「まあ、それより仕事を進めようじゃないか」

「自分から言い出したくせ……堪えろ私、堪えろ私。せっかくコイツやる気になったんだから……」

「ん? なんか言ったかい?」

「いいえ、さあ仕事しましょう。依頼主の家がここです。玄関のドアを開けた瞬間に、隙間から飛び出しちゃったとか」

 助手はテーブルの上に広げた地図を指差しながら状況説明した。

「なるほどね……ふむふむ……ほう、そこをそう行って……その角を曲がって……」

 探偵は目を閉じて、ブツブツ何か呟き始めた。

「大丈夫です? ついに行く所まで行っちゃいました?」

「……ここで一休みして……って、え? 何か言った?」

「いや、なんか急にブツブツ言い出したから大丈夫かなって」

「ああ、ちょっとミツマロちゃんの気持ちになってみたんだよ。ほら、ダイヤを掘り当てたければ目をサファイヤのようにしろ、って言うだろ?」

「なるほど……って、なるわけないですよもう。分からなすぎます。女神が飲んでる水が軟水か硬水か当てろと言われても分からないぐらい分からないですよもう」

「おや、いいね、キミも例え始めたじゃない。うんうん、良い傾向だ。まあ、死ぬほどヘタクソだが」

「ムキーッ、ほっといてください。ちょっと歩み寄って損しましたもう」

「いやいや、その心意気が大事なんだよ。妖精は空を飛ぶ前には必ずタンポポの綿毛で羽の縁を磨くって言うだろ? それぐらい大事なことだよ」

「はいはいはい。大事でございやす。大事でございやす。じゃあ、仕事の話に戻しましょう。そうこうしてる内にミツマロちゃん遠くに行っちゃいますよ」

「ああ、居場所はもう分かってるよ」

「えっ? 本当ですか?」

「うん。今すぐこの場所に行ってみなさい。ボクはここで、ユニコーンが悲しみにくれた時だけ流す黒い涙を飲み干しながら待ってるから」

「はいはい、コーヒーですね。じゃあ、行ってきます」

 助手は地図を手に取り、上着を羽織って事務所から飛び出した。


 ──30分後。

 事務所のドアを勢いよく開けながら、興奮気味の助手が戻ってきた。

「ただいま帰りました! って、本当に居ましたよミツマロちゃん! すぐに依頼主さんとこに連れて行ってあげたら凄く喜んでくれて報酬も少し上乗せしてくれました! これでしばらく大丈夫ですね! って、どうして分かったんですか!?」

「ああ、それは良かったね。なんで分かったかって? よく言うだろ『白鳥は虹を渡るとき、決してオレンジ色は踏まない』ってね。となると、ミツマロちゃんがいるのはあそこしか考えられなかった……ってことだよ」

「…………」

「そういうことだよ」

「……あっ、コーヒーに合うパン買ってきましたよ。食べます?」

「うん」

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