踊るカレーライス

 そのマンションに住んでいるのは全84世帯。

 そして、今夜。

 白い外壁が黄色く染まって見えるほど、そのマンションは強烈なカレーライスの匂いを漂わせていた。

 そう、偶然にも全ての家庭が夕ご飯にカレーを作っていたのだ!

 カレーの日は1ヶ月に2回としても、84世帯全てがカレーの日になる確率は天文学的数字になるだろう。

 そして、近くを通りがかった人が「あれ? カレー屋さんできた?」と勘違いする確率は100%。 

そんな偶然の一致が、奇跡を起こす。

 それは、マンションのど真ん中。各家庭のカレーパワーが集まる506号室に住む小林家のキッチン。


「買われて切られて炒められ~、今じゃすっかりお湯のなか~♪」

「お湯のなか~♪」


 と、ジャガイモたちが突然歌を歌い出す。


「グツグツグツグツ煮えたぎる~、半身浴には熱すぎる~♪」

「熱すぎる~♪」


 ニンジンたちの綺麗なソプラノ。


「触る者みな泣かせてしまうぜ、ナガじゃないぜタマなんだぜ~♪」

「タマなんだぜ~♪」


 タマネギたちの見事なハーモニー。


「ヘイ、カレーには何の肉入れるって? 豚でも牛でも鳥でもなんでもいいぜ、人それぞれの趣味嗜好! 自由にやっていこう!」

「セイ、嗜好! セイ、いこう!」


 肉たちのバイブスは上がり続けて換気扇もむせかえる。


「オレはカレーのル~、腹筋じゃないぜカレーのル~♪」

「ル~♪」


 と、鍋の横で出番を待っていたカレーのルーが、しびれを切らして踊り出す。

 すると、鍋の中で歌っていた野菜や肉たちも外に飛び出し、みんなノリノリで踊り出す。

 ジャガイモのジャズダンス。

 ニンジンのムーンウォーク。

 タマネギのタンゴ。

 肉のランニングマン。

 鍋のお湯が刻む重低音のリズムにのって、みんな好き勝手に歌い踊る。

 と、その時。


「ね~、おかあさ~ん。お腹すいた~。カレーまだ~」

「はいはい、いまルー入れるから、もうすぐよ~」


 リビングから聞こえたその声は、ダンスタイム終了のお知らせ。

 野菜や肉たちは大人しく鍋の中に戻って行った。

 何事もなかったかのようにカレーは出来上がり、小林一家に美味しく食べられた。

 しかし、宴はまだ終わらない。

 なぜなら、カレーとは翌日の分まで作るものなのだから……。

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