ぼっち刑務所

 少子高齢化に加え、若者の恋愛離れによって国の人口は減少の一途を辿っていた。 

スマホやタブレットの台頭により、ずっと1人で居てもなんだかんだ楽しめてしまう時代。

 寂しさよりも煩わしさを嫌いがちな風潮は、恋愛を全くせずにずっと1人でいる<ぼっち>を加速度的に増加させていった。

 そのような国家の危機に対抗すべく、政府は画期的な手段を講じる。

 独身で彼氏彼女がおらず、作る努力もしない人間の収容施設<ぼっち刑務所>の設立である。


「やめろ! やめてくれ! オレは1人がいいんだあ! 恋愛なんてクソ食らえだ! 1人でやりたいことが腐ることあってそれどころじゃないんだ! やめろー!!」

 また1人、新たなぼっち囚がこの刑務所に収監された。

 彼は、中肉中背、容姿は普通、不潔感もなく、穏やかな性格で勉強も運動もほどほど。

 女性の方から寄ってくるほどモテることは無かったが、頑張ってアプローチすれば十分恋愛できるポテンシャルは備えていた。

 しかし、今まで恋愛経験はゼロ。

 1人で過ごすのが大好きで、たまに誰かと遊びたいと思った時でも、昔から仲の良い気心の知れた友人で十分満足していた。

 新しく一から人間関係を築いていく時間があるなら、1人で色々楽しみたい……なんて思っていたら、警視庁ぼっち課の刑事に逮捕され、ぼっち刑務所に入れられた。

ぼっち囚は最初の1週間、独房で過ごす。

 その間、膨大な量の質問を投げかけられる。

 新入りの彼もまた、恋愛に関係する質問から全く関係なさそうな質問まで、喉がかれるほど答えさせられた。

懲役では無いので、食事もお風呂も自由、何らかの作業をさせられるなんてこともないのだが、誰にも邪魔されない1人の生活に慣れてるぼっちにとっては、なかなかキツい日々だった。


 そして、1週間後。

「よし、ぼっちナンバー239、出なさい」

 看守に促され、男は独房から外に出た。

 彼は大きく息を吐きながら、ようやく釈放かと安堵していた。

 しかし、それは大きな間違いだった。

 看守についてひたすら歩いていくと、紫に塗られた派手な鉄格子が見えてきた。

「よし、この中に入りなさい」

 男は、鉄格子と同じ紫を基調とした房の中に入った。

 そこは、さっきまで入っていた独房より一回り広く感じた。

しかも、房の隅っこにはドアがあり、その中にもう一つ別の部屋まであるようだった。

「239番、ペア房への収監完了しました。そちらもよろしくお願いします」

 外から鍵を掛けながら、看守が無線機ごしの相手に伝えた。

 すると、まもなく女性看守がやってきた。

 その後ろには、女囚の姿。

「よし、ぼっちナンバー86、この中に入りなさい」

 看守に促され、女は素直に房の中へと入った。

 そして、すぐに鍵が閉められ、看守たちは廊下の先へと消えて行った。

「えっと……どうも、初めまして239です」

 男が女の顔をチラッと見ながら会釈した。

「あっ、こちらこそどうも。86です」

 女はニコッと笑って返す。

 このペア房こそ、ぼっち刑務所のメインステージとも言える場所。

 男女のぼっち囚を収監し、恋愛を育ませようという狙いである。

 当然、今まで全く恋愛に興味が無い人間同士がすぐに仲良くなれるはずもない……と、思いきや意外とそうでも無かった。

 彼らだって、どんな状況でも独りぼっちで過ごせるわけでは無い。

 スマホなりゲームなり、TVなりネットなり、小説なり漫画なりがあるからこそ、1人で十分楽しめているだけで、何も無い独房に1週間入れられたらそりゃ淋しくもなるってものだ。

 その直後にペア房行き。

 しかも、徹底的な質問攻勢によって彼らが異性に求める好みは完全に把握され、好きなタイプに最も近い男囚と女囚がマッチングされる仕組みとなっているため、距離が近づくのにほとんど時間はかからなかった。

「86さん……って、名前聞いてもいいかな?」

「あ、うん、本当はダメなんだよね? でも、こっそり……」

「ありがとう。ちなみに僕の名前は……」

 それから、2人は1日中ずっと喋り続けた。

 お互いにお互いのことを少しでも知りたくて、質問し続けた。

「あれ、これって独房に居たときと同じことしてる」

「はは、ホントだ」

 と、2人は笑った。

 

 そして、一週間後。

ペア房に看守がやってきた。

「はい、刑期終了。お疲れさま。ではまず、男性の方から出てください」

 個人情報保護の観点から、ペア房からの出所時は男女時間をずらす決まりになっていた。

 しかし、2人は見つめ合って動こうとしない。

「やだ、行かないで……。ずっとこのまま一緒にいたいよ……」

 女が目を潤ませる。

「ああ、僕もだよ……。大丈夫、外に出てもきっとまた会えるよ」

 男は、自分も泣きたいところをグッと我慢しながら笑顔を見せた。

 そして、荷物を持って、檻の外にでる男。

 涙ぐんだ目で、男の背中を見送る女。

 廊下に響く、男の足音。

 そして……

 ガチャ、バタンッ。

 男は、ぼっち刑務所から外の世界に戻っていった。

「……もう大丈夫?」

 女囚が看守に問いかける。

 看守は無線を通して監視室に連絡を取った。

「はい。239は出所したとのこと」

「そう、ありがとう。……ふう。疲れた。今回の人、質問攻めが凄くて」

「ははは。ご苦労様です」

「えっと、次の仕事までどれぐらい空くのかな?」

「はい、最低1週間は完全休暇、その後、あなたを好みのタイプとする囚人が現れた場合、連絡が行きますので」

「そう。じゃあ、しばらく1人でのんびり過ごそっと」

「ははは、1人で居すぎると、別の意味でこの刑務所に呼ばれますよ」

「あっ、それはヤダ。ちゃんと彼氏と会う日も作らなきゃ」

 そう言って、女は刑務所の隣にあるビルへと向かった。

 そこはペア房派遣会社の事務所。   

もちろん、そんな看板は掲げられていない。

 政府が秘密裏に運営している覆面企業で、ペア房に男の囚人が入った際の相手の女囚を派遣している。

 今まで恋愛経験の無い男性が、一週間独房を過ごした後にペア房で女性と二人きりになる……。

 そんな時、我を失って無理矢理女性に襲いかかるなんて事件が起きたら、ぼっち刑務所の存続に関わってしまう。

 それを考えたら、とてもじゃないが素人女性をマッチングするなんてことはできるわけないのだ……。

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