肝試し専門幽霊ジュン

「はい、じゃあジュンさん、M市立高校の修学旅行先で行われてる肝試しに1枠空きが出たんで、ピンチヒッターお願いしまーす」

「あ、はーい」

 ボクは幽霊派遣会社のタナカさんから受けた指示通りに勤務地に向かった。

 

 到着する頃にはちょうど夜も更けていて、これからまさに肝試しが始まるというタイミングだった。

 若い男女が、誰とペア組むだのなんだのワイキャイ盛り上がっている。

 ボクは「チッ」と舌打ちしながら、スーッと可愛い女子の背後を横切った。

「キャッ! なんか後ろに変な感触したんですけど!」

 その子は驚いてピョンと跳びはねる。

「なんだオマエ、もうビビってんの? 始まってもないのに、くくく」

 チャラい感じの男子が茶化すと、可愛い女子は「プーッ」とほっぺたを膨らませた。

 ……チッ。

 脅かし損かよもう。

 若い男女が、とか言ったけど、ボクだって彼らと同世代なんですけど。

 本当だったら、ボクもあんな感じにワイキャイやってたはずなのに……バカみたいに自転車で全力で坂道下って勢い余ってトラックにはねられなければ。

 ……嘘です。

 生きてたとしても、女子とあんな自然に仲良く出来てる自信ないっす。

 勉強もスポーツも笑いのセンスも中途半端で、挙げ句の果てには死んで幽霊になっても正社員になれずに派遣社員止まりっていう。

 しかも、心霊スポットみたいな華のある職場じゃなく、派遣されるのは肝試し会場ばっかり。

 まったく、一度ぐらい廃病院とか行ってみたいもんだ……って、やばいやばい。

 もう始まっちゃってるし肝試し。

 ってことで、指定場所に急がなきゃ。


 スーッ。

 よし、墓場前に到着っと。

 おっ、早速誰か来た。

 しかも、ちょっとボクのタイプの女の子っぽい。

 よし、これは全力でいこう。

「うらめじやぁぁ~」

「キャー!」

 フッフッフ、驚いてる驚いてる。

 ボクはブルブル震える女子高生の背中を見送った。

 いやぁ、この瞬間こそが、幽霊冥利に尽きるってやつだ。

 幽霊なりたての頃は、誰かを脅かしてなにが楽しいのかさっぱり分からなかったけど、最近じゃ脅かすことに快感すら覚えるようになってきた。

 特に、可愛い女子の悲鳴の美味しいこと美味しいこと。

 いや、その発言って何か変態チックだと思われそうだけど、幽霊ってそういう生き物なんで、そこんとこよろしく。

 あっ、次の人が来たぞ……って、男か、チッ。

 ボクは3割の力で「めしや~」と適当にうなり声を上げた。

「うわっ、で、出た!! ヒィィィィ」

 怖がりだったのか、手抜きだったのに男は情け無い声をあげながら逃げていった。

「お、おう……」

 悲しいかな、それが男のものであっても、悲鳴を聞いて喜んでしまう自分が居た。

 おっ、誰か来た。

 ちょっと顔が見づらいけど、女の子っぽいことは確かだ。

 って、隣に誰かいる。チッ、男だ。

 ペアかよ、チッ。

 まあ、いいや。全力でいってやろう。男をチビらせるぐらいに……

「う゛う゛う゛う゛う゛らぁ~めぇ~しぃぃ~やぁぁ~」

「うわぁぁ! で、でたぁぁ! 出た出た、ほらユイ、出た出た!」

「ひぃぃぃぃ! ……って、あれ? お兄ちゃん?」

「……えっ? ユイ?」

 なんてこった。

 よく見ると、女子のほうは妹のユイだった。

 幽霊憲章第7条……知り合いに化けて出る事は許されているが、バレてしまったら罰金。

 そういえば、幽霊教習所に通ってた時、初めてコッチにおどしに来た時も、ユイに会ったりなんかしたっけ。

 それ以来か……すっかり大きくなったなぁ……

「って、隣の男はなんなんだ!?」

 ボクは思わず声を荒げてしまった。

 つーか、バレたら罰金だってば。

 ボクはできる限り思いきり顔を歪ませながら、

「ごろじでやる~、ごろじでやるぞぉ~」

 と恐ろしい言葉を並べて脅かすことでごまかそうとした。

「なに言ってんのお兄ちゃん。ってか、随分前にもこんなことあったような……」

「だから身内バレしたら罰金なんだって……うらめしや~」

「罰金とか知らんし。なにその謎システム」

「郷に入ったら郷に従えって言うだろ。幽霊界には幽霊界の事情があるんだよ……うらめししや~」

「あっ、噛んだ」

「うっせえ! 調子狂うなもう!」

「はは、普通に喋ったお兄ちゃん」

「えっ? ユイ、お兄ちゃんってなに?」

 ここで突然、隣に居た男子が口を挟んできた。

「あっ、前に話さなかったっけ? 何年か前に死んじゃったお兄ちゃんだよ。幽霊だけど」

「へー、そーなんだ。お兄さん、初めましてチーッス」

 さっきまで悲鳴上げて怯えてたのに、急に冷静になりやがってなんだこの男子はおい。

「って、ユイ、この彼はなんなんだ? もしかしてアレなのか? まさかアレなのか?」

「アレってなに、わけわかんないお兄ちゃん」

「あ、うん、そっか。なら良いんだけど」

「そうそう。単なる彼氏だよ」

「そうか、彼氏か……って、おい、うらめしや~。積み木しか興味なかったお前が、そんな嘘だろ……引くわ~、うらめすわ~」

「積み木っていつの話だよ! もう、お兄ちゃんったら。彼氏って言っても、ピュアな感じだから安心して。全然エグい感じのアレじゃないから、ね」

「そ、そうか、エグい感じのあれじゃないんなら安心しや~……なぁ、彼氏君」

「えっ、なんすかお兄さん?」

「ま、まあ、こんな妹だけどよろしくしや~。もし泣かせたらうらめしや~」

「うぃっす! 自分、結構ユイに本気っす! 絶対泣かせたりしないっす!」

「りょうかいしや~……ほら、次の子が来ちゃうしや~……」

「うん。何か死んでるけど元気で働いてるみたいで良かったよ! ママたちにも伝えとくね。まっ、お兄ちゃんのことなんてすっかり忘れてるけど」

「そうかそうかよろしく……って……うらめしや~……結構マジショックしや~……」

「ふふふ、じょーだんじょーだん。じゃ、またねお兄ちゃん!」

「またしや~……」

 ボクは妹と彼氏の背中を見送った。

 すぐに仕事の顔に戻し、間髪入れずやってきた次の子たちを脅した。

 ひたすら、うらめしやうらめしや言い続け、仕事を終えるとボクは人間界を後にした。


 スーッ。

 ここは幽霊界。

 仕事が終わったことを報告しに、幽霊派遣会社にやってきた。

「あっ、ジュンさんお帰りなさーい」

 すぐに、担当のタナカさんがやってきた。

「今日の肝だし案件、無事終わりました~」

「はい、お疲れ様……って、おや」

「えっ? なんかありました?」

「ジュンさん、なにか隠してません?」

「えっ……あ、えっと妹の件ですかね、ハハッ、ハハハってなんでそれを……?」

「それは秘密ですけど、とにかく今月の給料から罰金分、天引きしておきますので」

「えっ……厳しい……」

「厳しくないです。法律違反ですので」

「そんなぁ、結構頑張ったのに……うらめしや~」

「うるさい」

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