人間裏コマンド

 ゲームの裏技のように、人間にも<裏コマンド>が存在していることを俺は知ってしまった。

論より証拠ってことで、いまリビングのソファで携帯ゲームに夢中になっている小学生の弟で試してみよう。

 ゆっくりヤツの背後に近寄っていくが、全然気付く気配は無い。

 よしこれならいけそうだ……えいっ! えいっ! ええいっ!

俺は、右耳たぶを1回、左耳たぶを1回、そして再び右耳たぶを今度は2回引っ張った。

この一連の作業を2秒以内に行うと……

「いやん、ちょっとお兄ちゃんやめてよもう! いきなり耳引っ張るってどんだけ~」

 ……おわかり頂けたであろうか。

 弟が、完全にオネエ言葉になってしまったのだ。

「もう、もう、もう、結構痛かったんだから、も~う」

 と、言いながら俺の体をペチペチ叩いてくるが、全く痛くない。

「ごめんごめん、何かモチモチしてたから」

「やだもう、モチモチとか恥ずかしいんだから。でも……悪い気はしなかったゾ」

 オエッ。なに言ってんだコイツ……あっ、そっか。

 最後の耳たぶ引っぱりは2回じゃなくてホントは3回だった。

 まあ良い。この裏コマンドは、3分もすれば元に戻るんだから。

 と、その時。

 ピンポーン

 インターホンが鳴った。

 時間的に言って、姉貴が帰ってきたんだろう。

 どうせお母さんが出る……って、あれ、なんだろう、俺は無性に自分が迎えたくて仕方無い思いにかられながら、足が勝手に玄関のほうへ歩き出していた。

 そして、ドアを開けるとやっぱり姉貴だった。

「あら、アンタが出てくれるなんて珍しい」

「うん、お姉ちゃんお帰り! 淋しかったよ~」

 ……えっ? なに言ってんの俺?

 お姉ちゃんとか気持ち悪い……と頭で思うのとは裏腹に、口が勝手に動こうとする。

「俺、お姉ちゃん大好きだから! ほらほら、早く中に入って遊ぼうよ~」

 オエ~。なんだこれ。

 普段ほとんど姉貴とは口も聞かないのに……

「うふふ、しょうがないな~コイツったら。トランプしようかトランプ」

「やったぁ! お姉ちゃんとトランプトランプ!」

 グエェ~。なにが悲しくて、姉貴とトランプなんかしなきゃなんないんだっつーの。

 って、これはもしや……。

「お姉ちゃん早くトランプしよ! お姉ちゃ……グ……あ、姉貴……な、なんかしたのか……」

 俺は、なんとか勝手に動こうとする口に抗い、真相を暴こうとした。

「あれ? もしかしてバレちゃった??」

「……や、やっぱり……そ、そうか、もしかして朝のアレ……」

「なんだ、もう終わり? チェッ、これじゃまだ先輩には使えないか。もう少し、修正の余地が……」

「……や、やっぱり……アレが裏コマンドだったのか……」

「あれ、アンタも裏コマンドのこと知ってるんだ。そっか、しょうがない。じゃあ特別にアンタにも使う権利をあげよう」 

「えっ?」

「ほら、アンタも学校に好きな女の子とかいるんでしょ?」

「ああ、それぐらい一応……って、なんでそんなことを」

「朝のアレ。自分の事を好きにさせる裏コマンドだから。まあ、まだ未完成だけどね。でも、少しの間は良い思いができるはず」

「た、確かにそうかも……」

 俺はさっきの自分の行動を思い出し、それを学校のアイドル的存在のあの子が俺にやってくれるのを想像した。

「ほら、ニヤついてる。早速、明日やってみな。私が考えた裏コマンドなんだから、どんな感じだったか報告してよね」

「おう、ありがとう! ってことは、今朝姉貴が俺にかけてきた裏コマンド……まず相手の右肩を2回さすって左耳に息を吹きかけて、左肩を18回さすって右耳に息を吹きかけて、右肩甲骨の溝のとこを人差し指で16連打して左耳に息を吹きかけて、小指でヘソの穴をグリグリして、お尻を5回叩いて左耳に息を吹きかけようとして吹きかけずにフェイントで右耳を引っ張って、左脇の下をコチョコチョしつつ膝かっくんして、最後に脇腹を2分間モミモミするだけで、あの子が俺のことを少しの間好きになっちゃう……って、できるわけね~。そんなことした日にゃ即退学~」

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