空から大量の銃が降ってくる

 朝から良く晴れた日曜日。

 渋谷のスクランブル交差点は、相変わらず数え切れないほどの人間が行き交っていた。

 そんな中、昼過ぎになったあたりで、今まで綺麗な青一色だった空を急速に雲が覆い始めてきた。

「こりゃ、一雨きそうだぞ」

 誰かが呟いた刹那。

 黒い塊がもの凄い勢いで空から落ちてきた。

 そして、カツンッ、と音を立てながらアスファルトに当たって跳ね上がった後、クルクル回りながら転がっていく。

 それがちょうど交差点の真ん中あたり。

 何が落ちて来たんだ!? と、横断歩道を渡っていた人たちは軽いパニック状態になり、信号が赤に変わっているのも気付かずに立ち往生していた。

 青信号なのに前に進めない車たちがブーブーと悲鳴を上げ続ける。

 すると、1人の青年が自分の足下に転がってきた黒い塊をジッと見て ついにソレが何か気付いた。

「銃だ! 空から銃が降ってきた!!」

 興奮気味に叫ぶ青年。

 と、同時に、ヒュー、と音を立てながら、また銃が降ってきた。

 さらに、ヒュー、ヒュー、と続けて銃が降ってくる。

「逃げろ、逃げろ!!」

 誰かが叫んで注意を促すが、走った先にも銃が落ちてくるという銃のどしゃ降り状態で、スクランブル交差点は悲鳴と銃の落下音が合わさって、地獄のような状況に陥っていた。

 通り雨もとい"通り銃"は、5分ほど続いて止んだ。

 時間にするとそう長くは無かったのだが、その場に居た人たちにとってはまるで永遠のように感じられただろう。

 こんなに多くの人間でひしめき合っていたにも関わらず、声を掛け合った事で幸いにも頭に銃の直撃を食らった人間は1人も居なかった。

 ただ、跳ね返った銃が足などに当たって痛がっている人が何人か見受けられた。

 しかし、本当の恐怖はこれからだった。

 地面には、灰色のアスファルトと白の横断歩道がほとんど見えないぐらい、大量の黒い銃で埋め尽くされていた。

 銃の所持を禁止されているこの国において、ほとんどの人間は本物のそれを生で見るのはこれが初めてだっただろうが、それが簡単に人を殺せる武器だと知らない者は居ないだろう。

 と、その時。

「キャーッ! あ、あの人……あの人……」

 若い女性が、誰かの事を指差しながら悲鳴を上げた。  

 その指の先には、スーツを着たサラリーマン風の男。

 その右手には、黒い銃が握られていた。

 どこでそんな物を……なんて思う人間はもちろんこの場には居ない。

 そこら中に落ちてるやつを拾うだけで手に入るのだから。

「ちょ、ちょっとキミ、落ち着きなさい。危ないから、そんな物、持ってるだけで危ないから……」

 初老の男性が、銃を持った男に声を掛ける。

 すると、男は銃口を初老の男性の方へ向けた。

「わっ! す、すまん! 悪気は無い、悪気は無いんだ!!」

 両手を上げて命乞いする初老の男性。

 周りの人々はその様子に釘付けで、少しでも動いたらその銃口が自分に向けられるような気がして、一歩も動けずに居た。

 と、その時。

 緊張から来る大量の手汗のせいで、男の手からスルッと銃が地面に落ちた。

 それを見た周りの人々は、まるで口裏を合わせていたかのように、一斉にかがみ込んで自分の足下に落ちてる銃を拾った。

 銃から身を守るためには、銃を持って自衛するしか無いという思いが、彼らの体を脊髄反射的に動かしていた。

 結果、スクランブル交差点に立つ全員が黒光りする銃をギュッと握りしめ、誰にとも無くその銃口を向けていた。

 いつの間にか、立ち往生する車も一切ブーブー言わなくなっていた。

 何かの動きや音がきっかけとなり、誰かが発砲してしまう事を恐れているのだ。

 そして、誰か1人でも銃の引き金を引いた瞬間、それに反応した誰かが発砲し、それに反応して別の誰かが……と、恐怖の連鎖が起きることをみな直感していた。

 静止画かと思うぐらい誰も動かず、空き家の中に居るかのようにシーンと静まりかえっったスクランブル交差点。

 と、その時。

 静寂を切り裂いたのは、意外な声だった。

「ハイ、始まりましたぁ始まりましたぁ。当店恒例タイムセール。イチゴにバナナにブルーベリー。チョコにメープル、生クリーム。どいつもこいつも30円。クレープ全品30円均一セールがぁ、始まりましたぁ、ああ、始まりましたぁ~」

 日本一美味しいと話題のクレープ屋から流れるアナウンス。

 今日は、年に1度しか無い、クレープ全品30円均一セールが行われる日だった。

「すげぇ、全部30円だって!?」

「やべぇ、マジ30円」

「嘘みたいだろ、10個買っても300円だぜ?」

「やだ、ってことは100個買っても3000円ってこと!?」

「急げ急げ!」

「そーだそーだ。売り切れたら一生後悔すっぞ!」

 と、みんなついさっきまでギュッと握りしめていた銃をまるで空き缶のようにポイッと投げ捨て、クレープ屋に向かって駆け出した。

 ちょうど入れ替わるように、事態を聞きつけて駆けつけた警官たちが素早く地面に落ちた銃を回収していく。

 念のため、クレープ屋から出てくる全員の所持品検査が行われたが、銃を隠し持っている人間は1人も居なかった。

 そう、平和を愛するこの国の人々にとって、お得なタイムセールの前では銃なんてものは雨粒ほどの価値しかないのだ……。

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