シンデレラ2.0
ボクは王子。
自分で言うのも何だけど、今夜このお城で開かれている舞踏会の主役だ。
そして、いまボクの隣にはとてつもなく綺麗な女の子が、城のお庭で取れたピーチのジュースを美味しそうに飲んでいる。
名前はシンデレラ。
顔の美しさに一目惚れ。
「ボクと踊っていただけませんか?」
思わず声をかけてしまったが、もちろん返事はOK。
王子パワー万歳!
王子として生んでくれた両親に感謝!
そして、2人でダンシング。
彼女の踊りは可憐でありながらダイナミック。
調子に乗ったボクの激しいステップにもバッチリ合わせてくる。
「凄いねキミ!」
と、褒めたときに照れた仕草の可愛らしかったこと。
その後、VIP席に移動して、ゆっくり二人きりで話をした。
てっきりどこかの国のお姫様だと思ったけど、違うみたいだった。
彼女の事が気になって色々質問しようかと思ったけど、確か質問攻めする男は嫌われる的な事をなんかの本で見たのを思い出し、自重した。
とは言え、おしとやかな彼女は自分からはあまり喋らないから、結果的にボクが最近の出来事とか話すだけになっちゃったけど、彼女は楽しそうに聞いてくれた。
ここぞ、っていうボケにはちゃんと笑ってくれるし、ボクが小さい頃から飼っていた犬が死んじゃった話をしたときは、ちょっと引くぐらい泣いてくれた。
食事の好みも似ていたし、笑いのツボも一緒だし。
素敵な声に心を打ち抜かれ、性格の良さにノックダウン。
彼女に王妃になって欲しい!
……って、さすがに気が早いかな
でも、せめてキスぐらいは……と、欲望むき出しの顔で、隣の彼女を見る。
すると、シンデレラもボクの方を向き、目と目が合う。
まるでサファイアのような綺麗なブルーの瞳は今、ボクだけを映している。
これって……いい雰囲気。
イケる気配……。
うわぁ、やべぇ。
せめてキスぐらいは……とか言ったものの、実は今まで1回もしたことないんだった。
いや、正確に言うとお母様つまり女王様とおやすみのキスをしたことはあるけど、それは回数に入れたらやばいってことぐらいわかる。
うわっ! 目つぶった!
シンデレラちゃん、目つぶった!
マツゲながっ!
唇プルプル!
可愛すぎるだろおい!
いやぁ、やべぇぞ。
軽くチュッってすればいいのか?
それとも、もっとネットリしたやつを求めているのか……。
なんてこった。
こんなことなら、さっきステーキ食べまくるんじゃなかった。
ガーリックもがっつり効いてたし……って、ハミガキしてねぇ!
詰んだ! 完全に詰んだ!
なんてこった……。
一世一代の大舞台。
大チャンスなのに……。
いや、待てよ。
ボクは王子だぞ。
これが仮にむさ苦しいただの庶民の男だったとしたら、ニンニク臭いキスなんかしようものならビンタされても仕方ない。
しかし、ボクは王子。
確か女子は〈ギャップに弱い〉って本に書いてあった。
この、いかにもフレッシュなレモン味のキスをしそうなボクが、パンチの効いたワイルドなキスでもした日には、これはもうギャップ所の騒ぎじゃないのでは。
……いやいやいや。
あぶないなもう。危うく悪魔に魂を売るところだった。
女子が男子に求めるモノ第一位は清潔感。
それは王子だろうがそうでなかろうが変わらない。
いや、王子だからこそ、誰よりも清潔感を大切にするべきじゃないか。
あぶないところだった……って!
シンデレラちゃん、唇とがらしてるぅ!
もう、一刻の猶予もないじゃないかコレ!
ああ、もう行くしかないのか。
軽くタッチするぐらいならバレないだろう。
でも、彼女がその先を求めてきたら……と、その時。
カーン、カーン。
〈あと5分で午前0時〉をお知らせする鐘がなった。
それは、ボクの耳には恋と言う名の列車が駅を発車するベルに聞こえた。
そして、両手で彼女の肩を抱き寄せ……ようとしたら、彼女はカッと目を見開き、踵を返して出口の方へと走って行った。
「ちょ、ちょっと待って!」
もう、ボクの心はスイッチが入ってしまったのだ。
どうして急に駆けだしたのか、なんて事を気にする余裕も無く、ボクは必死で彼女の後ろ姿を追いかけた。
スタイル良いなしかし。その割にお尻はプルンとして……なんて考えながら走っていたら、気付くともう外に出てしまっていた。
シンデレラは、スカートをたくし上げながら、城門へと続く大階段をもの凄い勢いで駆け下りていく。
ケガを恐れて一歩一歩慎重に降りていくボクと彼女の差はみるみるうちに広がる。
「うわっ、あぶない!」
遙か先で、彼女がつまずきそうになったのを見て思わず叫んでしまった。
だが、彼女は何とかバランスを取って持ち堪えた。
シンデレラは、一瞬振り向いて、つまずいた場所に目をやった。
ここからでも何か落ちてるように見える。
しかし、余程大切な用事でもあるのだろうか。
すぐに前に向き直り、階段を降りきって城門を抜け、そのままどこかへと消えてしまった。
もう、追いつけそうも無いので、とりあえずボクは彼女がつまずいた辺りまで階段を降りてみた。
すると、そこにはガラスの靴……とスマホが落ちていた。
まだ温もりが残るガラスの靴を小脇に抱えて、スマホを拾う。
ボクと同じ機種!
……なんて喜んでる場合じゃない。
さて、どうしたものか。
勝手に中身を見るのもアレかな……と思いつつ、好奇心が抑えられない。
いや、これはあくまで落とし物であり、落とし主に返すためにはその情報を知る必要がある。
謎の正論を盾にして、ボクはホームボタンを押した。
幸い、ロックはかかっていなかった。
全く不用心だなもう。あんなに可愛い子なのに。
ストーカーの手に渡ったりなんかしたらどうするんだよ……と、王子らしい正義感を振りかざしながら、ボクは画面をフリックした。
すると、すぐにカメラアプリが起動した。
おや?
画面左下にある〈撮影した写真〉をタップする。
すると、イケメンの写真が。
って、これボクじゃないか。
まったく、シンデレラったら。
憧れちゃってたんだね。まったく。可愛いヤツ。
おや?
ボクはその写真を拡大させた。
すると、満面の笑みを浮かべるボクの口の中。
歯と歯の間に何か挟まってる。
ステーキか!
あぶねぇ! さっきキスしてたら完全にバレてた。
ふぅ~。セーフ。
あの鐘に救われたな。
鐘を鳴らしてる人にチップを渡しておかなきゃ。
そして、スマホをスワイプして写真を遡る。
何枚かボクの顔が続いた後、画面には彼女のアップが映し出された。
確かに、紛れも無く可愛いシンデレラの顔だけど、明らかに自撮り。
顔の角度を変えたりした自撮りの写真が100枚ぐらい続いた。
うわっ……なんだこれ。
ボクも正直ナルシストだけど、さすがにちょっと引いた。
そして、カボチャの馬車の写真。
魔法使い風の老婆の写真。
小汚い部屋の写真。
……五寸釘で体を打ち抜かれた3つのわら人形の写真。
ボクはそっとスマホの電源をオフにした。
城に戻って爺やの姿を見つけて、
「持ち主を探して返してあげて」
と言いながら、ガラスの靴と一緒に渡した。
そして、ハミガキしてから自分の部屋に戻り、ふかふかのベットで眠りについた。
〈了〉
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