デリケートバンパイア
我が輩はバンパイア。
いわゆる吸血鬼ってやつだが、時代の流れに応じて体質が変化し、普通の人間と同じように食事も取る。
まぁやはり、何と言っても一番美味しく感じるのは血だがな。
血を飲む瞬間の高揚感、全身に行き渡る血の温度、体の奥底から湧き出る活力……とにかく血は素晴らしいモノだ。
いま、夜の11時。
我が輩は、人の血を求めて夜の街をさまよっていた。
……いたぜ。
1人で歩く女。その雰囲気からは、全く警戒心を感じられない。
肩まで伸びた美しい黒髪、色白の肌、吸血ターゲットとして絶好至極。
我が輩は、極限まで気配を押し殺し、後ろからその女に近づいて行く。
そして、美味しそうな首筋まであと50cmまで来たその時。
……こいつ、マスクしてやがる!
耳に掛かる白い紐の存在が、髪に隠れて全く気付かなかった。
なんてこった。この女、風邪を引いてるのか?
我が輩はとにかく風邪が一番嫌いなんだ。すぐに高熱が出ちゃうタイプだし、妙に長引くタイプだし、プリンぐらいしか食べられなくなるしで最悪ったらありゃしない。
待てよ、それともアレか? すっぴん隠す時のヤツか?
そうだ、最近そういう理由でマスクしてる女も多いって聞くからな……と、我が輩は最大限まで気配を押し殺し、女の隣に並んでチラッと横顔を見た。
クソッ! 化粧してやがる!
はい消えた。すっぴんの線消えた~。やだ~。もう知らね~……って待てよ。
会いたくない人に気付かれたくないって理由で、マスクしてる女も結構いるって何かで聞いたぞ。
おぉぉ、高まるぅぅぅ!
それだ、絶対それだ!
そう言われてみたらこの女の背中からは、会いたくない人に気付かれたくないっていう匂いがプンプンするぜ。
コイツぅ、ハラハラさせやがってこのぉ。
よし。じゃあ、ちょいと血を一口頂きますかね──
ヘックシュン!
「うわっ!」
「えっ……? だ、誰? キャー!!!」
女のクシャミに驚いて思わず出た我が輩の声に驚いて女が逃げていった。
クソッ、やっぱり風邪引いてたのか。うそつきうそつき!
って、待てよ……風邪じゃなくて、もしや花粉症では?
そうだ、あのクシャミは完全に花粉症のクシャミだ。
ってことは、まだワンチャンある……ってないわ!
もう、遠くの彼方まで逃げ去ったわ。
そして今夜も、血にありつけないまま我が輩は肩を落として家路に……って、ん?
首筋にチクっとした感触。
反射的に、その辺りを平手でパチンと叩いた。
すると「ブーン」という鳴き声と共に、一匹の蚊が我が輩の目の前に姿を現した。
「蚊!」
すかざず、両手でパチンと挟み殺そうしたが、蚊はするりと身をかわし、我が輩を嘲笑うようにブーンと言いながら夜の空へと飛び立っていった。
そして、残ったのは首筋のかゆみだけ。
「クソクソクソ! カユカユカユ!」
我が輩は、プックリと膨れた首筋を後先考えずにかきむしった。
血を吸えなかったばかりか、逆に自分の血を蚊に吸われるってもう赤字じゃないか。
って、待てよ……。
さっきの蚊、ヒトスジシマカだったらどうする……。
デング熱でお馴染みのヒトスジシマカだったら……。
あー、そう言われてみたらなんかさっきのヤツ、ヒトスジシマカっぽい感じっぽくなかったか……。
いや、絶対そうだ。アレはヒトスジシマカに違いねぇ。
見たことは無い。ヒトスジシマカがどんなルックスかなんて見たことは無い。
でも、我が輩には分かる。
代々受け継がれた高潔なる吸血鬼の血が、アイツはヒトスジシマカだって囁きかける。
「アァァァァァ! やられたぁぁ! この世の終わりだぁぁぁぁ!」
我が輩は、夜空に浮かぶ満月に叫びながら、急いで近くの病院に向かって歩き始めた。
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