マッチョ激動の年

 その年は、世界的に有名な科学者ガーチム・チーダネ教授が1月に発表した画期的な論文に世間が沸いて始まった。

 

 ガーチム教授は、マッチョの研究に果てしないほどの年月を費やした人物である。

 マッチョとは、一般的に筋肉ゴリゴリの人を表した言葉であるが、ガーチム教授はそのマッチョに関する重大な性質を解明・実証することに成功した。

 

 論文の詳細に関しては一般人にはとても難解すぎるので割愛するが、要約すると<マッチョな人間から発する特殊なエネルギー波が、地球の温暖化・異常気象などを好転させる働きを持っている>とのこと。


 

 その論文に関するニュースは瞬く間に世界中を駆け巡り、全人類がざわついた。

 マッチョ関連企業の株価はうなぎ登りで連日ストップ高。

もちろん、マッチョ自身の株も急上昇で、いわば<歩くエコロジー>とも言える彼らは生きてるだけで環境保護に貢献する存在として各方面で重宝された。

 

 全社員の中でマッチョの割合が高ければ高いほど、エコロジー企業としてイメージアップに繋がると考えた各企業はこぞってマッチョを雇用し、既存社員のマッチョ化を積極的に進めて行った。

 マッチョと言うだけで多額の特別手当を支給され、マッチョの平均所得は医師やパイロットをも凌ぐほどになった。

 

 ついには、子供が将来なりたい職業第1位にマッチョが急激に票を稼いで選ばれる始末。

 その結果、季節が夏になる頃には、街中にタンクトップを着たムキムキのマッチョが溢れかえった。

 

 マッチョと言うだけで異性にモッテモテで、逆にどんなにイケメンだろうがマッチョじゃなければ全く相手にされなかった。

 

 TVを付ければ、司会者もマッチョ。芸人コンビはツッコミがマッチョでボケもマッチョ。アイドルグループもマッチョだらけ。マッチョバンドの全国ツアーは連日満員御礼。

 衆参総選挙ではマッチョな候補者が軒並み当選し、新たな首相も当然マッチョ。閣僚も全員マッチョ。それを伝える記者もニュースキャスターもマッチョ。それを観る視聴者もマッチョ。

 

 まさに、マッチョのマッチョによるマッチョのためのマッチョ。

 世界はマッチョを中心に動いていると言っても過言ではなかった。


 

 が、しかし。

 あのガーチム・チーダネ教授が11月に発表した新たな論文により、その風向きがガラリと変わってしまった。

 

 相変わらずマッチョ研究を重ねていたガーチム教授は、地球全体におけるマッチョの割合がある数値(マッチョ限界点)を越えると、むしろ地球活動に悪影響を与えてしまうことに気付いてしまったのだ。

 

 マッチョを心から愛して止まないガーチム教授は、当初その件は公にせず、自分の心の内にそっとしまっておこうと考えていたらしい。

 なぜなら、ガーチム教授にとってマッチョが溢れるこの世界は紛れも無く理想郷に他ならなかった。

 

 しかし、マッチョを心から愛しているがゆえに、このさき地球に様々な支障が出てきたときに実はマッチョが原因だった……と判明したときのマッチョバッシングを想像すると、いまこのタイミングで真実を発表すべきだと決意したのだ。

 

 その結果、マッチョへの優遇は無くなり、それに合わせてマッチョ人口も激減した。

 結果、全人口におけるマッチョの割合は、ほぼ以前のものと同程度になった。

 

 そして、あくまでも増えすぎた場合に悪影響が出てくるだけで、適度な人数であれば環境保護効果があることに変わりは無く、マッチョの立場が危ぶまれることは決してなかった。

 美味しい食材に限って取り過ぎると健康を害するものだが、だからと言ってその食材が食べられなくなることは無いのと同じように……。

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