18.

 永続海底研究都市。

 叡海深度地下ラグトル調査坑のために建設された、その名の通りの海底都市である。わざわざ海底に建造された理由は、海洋地殻が大陸地殻に比べて薄いためである。

 可住人数2000人に対し、現在都市内で生活するものは研究員200名、施設維持のための職員300名、警備・保安要員100名、その他道楽で居住するものが数十名である。建造費や運営費の回収のため一般居住者の受け入れもはじまっているが、観光で訪れるものはともかく外界から隔絶されたこの環境にわざわざ生活しようというもの好きは滅多にいなかった。

 建造時は資材の搬送や掘削物の撤去などに空間転移が多用されたが、現在は対魔術障壁をはじめとする複層障壁により常時防衛され、空間魔術による進入はできない。ゆえに、移動のためには皇国第二艦隊が管轄する潜水艇を利用する。

 現在、その移動は司令官の命令によって封鎖されいた。その理由は機密であるとされている。


「海軍に潜入しているはずの被造物クリーチャーが見つからない? なるほど、すべてを知っていると思ってた君にも知らないことがあったのか。すべての記録が残っていたわけではないのだな」

「そうです。知っているのでしたら教えてください」

「知っている。名前が変わったのだよ」

「名前が……? しかし、現在将官となっているものをいくら調べても……」

「まだ続きがある。彼は海軍に入隊する前に、ある貴族の娘に婿入りした。そのために姓が変わったのだが、問題はそのあとだ。彼も私と同様に順調に昇進を重ねていたが、ある海上輸送任務で事故に遭った。神獣シィルに出会ってしまったんだよ。海に棲む災害だ。艦隊は壊滅し、彼の乗っていた艦も沈没した。そして帰らぬ人となった」

「つまり、海軍に被造物クリーチャーの潜入者はいない?」

「そうだ」

「だが、代わりがいるはずだ。そうでなくては計画が成立しない」

「もちろんそうなる。父の計画にとってこれは数少ないアクシデントの一つだった。私ならまだ代えは効くが、海軍第二艦隊に潜入者はどうしても必要だった。ゆえに、やむを得ず人間を引き入れたのだ」


 岡島は潜水艇に乗り、深度200mの海底都市を目指す。潜水艇の乗員は4名。操縦者と岡島で二人、同行するのはレグナ、そして騎士団長のカリスだ。海底都市への移動手段は現状これしかないため、かなり不便していると聞いている。岡島自身もそれを実感するところだ。

「すまないな。制圧のためにはどうしても武力が必要だった。まだ本調子でないようだが」

「構わん。借りも返せていないからな」

「ん? いつの借りだ?」

「騎士団を全滅の危機から救ってもらった」

「ああ、それか。こちらもリミヤを助けてもらった。もう十分だよ。そういえば礼がまだだったな。ありがとう」

「なんだ、もう借りは返せていたのか。なら帰らせてもらう」

「いや待て。さすがに薄情が過ぎる」

「で、どうすれば帰れる」

「手段がないことに気づいてくれると助かる」


「彼は父に不死を約束され、我々の味方となった。父としては異物を仲間に加えることは極力避けたかったが、計画の最終段階は迫っていた。彼は臆病な男で信用もできなかったが、前払いの報酬や呪印を施すなど様々に保険はかけた。7年前のことだ。幸いにも、彼から計画が露呈することはなかった。いや、皮肉にも、というべきかな」

「現在、第二艦隊司令官の命令により海底都市は封鎖されています。彼はそこに立て籠もっていると?」

「おそらく。彼には計画の全容はほとんど伝えられていないが、おそらく独自に調べてはいたのだろうな。定期連絡の不通、贄木の自殺、麻薬組織の壊滅や私の拘禁、様々な状況証拠から我々の計画が破綻しつつある、あるいは破綻してしまったことに気づいたのだろう」

「厄介ではあります。海底都市に立て籠もられ、潜水艇が使えないとなると移動手段がない。立て籠もりもいつまでも続けてはいられないでしょうし、時間はかかるにせよ第三艦隊に掛け合うという方法もありますが……」

「潜水艇なら我々〈風の噂〉が保有している。君らには知らせていなかったかな。場合によっては彼を始末する。そのための保険だ」


 借り物の潜水艇。借り物の武力。借り物の知恵。「独立した指揮系統」とはお笑い草だ。偶然手にした数々の証拠から優位には立てていたが、結局はそれだけでしかない。我々の力はあまりに弱い。

 だが、やるべきことはやる。

 海底都市の姿が見えてきた。都市は巨大な球形をしている。地盤に向かって一本の太い柱が伸び、都市を支えると共に叡海深度まで調査抗が貫かれている。

 海底都市の障壁は一番外側に対魔術、その内側に対衝撃、対圧力などが施されている。防衛上のものでもあるし、都市がその形を保つためにも欠かせないものでもある。潜水艇は対魔術障壁を通過し、その内側に入った。

「現在海底都市は司令官の命令により封鎖されている。所属と渡来目的を述べよ」

 海底都市より拡声器で音声が水中を伝わってくる。

「〈風の噂〉内部犯罪調査室サルヴァドール岡島だ。捜査目的で来た」

 隠したり嘘をつく必要はない。なにをいったところで進入許可が下りることはないのだから。そして、対魔術障壁の内側まで入ったのならこちらの勝ちだ。レグナが目測で都市内に穴を開く。仮に誤って海中に開いてしまえば大惨事となるため、極めて慎重を要する作業だ。

「許可できない。司令官は相手がなにものでも、いかなる目的でも封鎖を解くことはできないとおっしゃっている」

「理由は?」

「機密だ。これもまた開示することはできない」

「どうしても進入できないのか?」

「できない。それ以上近づくなら攻撃する」

 時間稼ぎは済んだ。レグナの空間接続は無事都市内へと開いた。

 都市内の戦力はカリス一人でも制圧可能なものだ。ただ、海底都市での戦闘は可能なかぎり避けたい。外壁に穴でも開いてしまえば大事だからだ。

「第二艦隊司令官デュボア・アヴリーヌ中将を外患誘致罪の容疑で逮捕する」

 警備の兵たちは侵入者を前に、互いに顔を見合わせる。前に出てきた女が騎士団長カリス・フィールドであるのに気づき、彼らは武器を置いた。

「中将はどこだ?」

「それが……どこにも。潜水艇が接近してきたという報告を受けてから姿を消したようで……」

「停泊している潜水艇を監視してくれ。都市の外へ逃げ出そうという動きがあればそこで捕らえる」

「わかりました」

 兵はすぐに岡島に従った。さらには捜索にさえ協力してくれた。この変わり身の早さは驚くべき人望のなさというべきだろうか。

 都市内は中央の吹き抜けを巨大な一本の塔が貫いており、そこから円周の通路に向かって渡り廊下が放射状に延びている。吹き抜けからは上階も下階も展望できる9層構造。それぞれ実験区画、栽培区画、漁業区画、商業区画、居住区画などに分かれている。一言でいえば、かなり広い。そして、広さのわりに人気はなく、寂れているように感じられた。窓の外から見える光景は神秘的な美しさだが、アクセスが定員数名の潜水艇のみとあってはやむなしだろう。

「中将? いや知らないけど」

「あ、見てくれショモツクラゲ! 奥に見えるサメは……あれ、まさか未発見の新種じゃないか? ってなに、君ら。軍には全然関わってないから知らないよ」

「んー、見たような気がするなあ。たしか二日くらい前。え、違う?」

 研究員、職員、居住者など聞き込みを続けたが、中将は都市内のどこを探しても見当たらなかった。ならば、逃げ込む先は一つしかない。

「最後に調査抗の昇降機を使ったものは?」

「えっと、中将ですね。なにか、とても慌てた様子でした」

「昇降機の制御はどこでしている?」

「監視はしていますが、特にどこかで制御しているということはありません。こちらから降りたければ降りればよいし、下から登りたければ登ればよい。こちらの制御で下から登れないようなことになっては大問題ですからね。非常用の階段はありますが」

「昇降機は二機か。入れ違いになる可能性もあるな。中将が登ってきたら拘束しておいてくれ。頼む」

「ええ、まあ……。しかしあの人、そういう人だったんですか……。今回の封鎖命令も意味不明でしたし……」

 そうして、岡島、レグナ、カリスの三人は昇降機に乗った。7kmを下る、長い長い昇降機である。閉所恐怖症であれば発狂死しかねない。そうでなくとも、かなり気は重い。

「あ」乗り込んだあと、カリスがなにかに気づいたように声を出す。「レグナ、だったか?」

「はい」

「こんな昇降機に乗らずともレグナの空間接続で下まで行けたのでは?」

「冗談言わないでください。こんなところ来るのはじめてですし、地下7kmって……そこまで遠いと当て推量じゃ無理ですよ」

「そういうものなのか。不便だな」

「……この魔術を不便だなんて、生まれてはじめて言われた気がします」

 岡島もせめて空間転移の術式でも用意してもらえないかと思ったものだが、術式を維持するためのコストは重い。転移先に人がいる必要もあるとなっては、さすがに予定でもないかぎり用意はできないのだろう。空間転移で人間を送る場合はたまに転移事故もある。もっとも、安全性の面ではこの昇降機の方がやや不安だ。

 会話はすぐに続かなくなり、沈黙に空気が重くなる。

「それにしても、脱魔術の理念を実現すると称しながら魔術工学の粋を凝らした海底都市に長大極まる昇降機とは、皮肉なものだな」

 岡島は無理矢理話題をひねり出したが、誰も乗っては来なかった。気まずい。

 そして12分後、ようやく叡海深度まで到達する。

「すごい濃度の魔素だな。そしてあれが……」

 巨大な空洞が口を開けている。その下に光り輝く青白い海が広がっている。照明すら必要なく、その光源だけで空間は明るく照らされていた。ここからは階段を下ることでより叡海に近づくことができる。

 多くの研究機材が立ち並び、何本もの管が叡海に向かって伸びている。測定用術式もそこかしこに描かれていた。研究員は不在だが、今も機材は観測データを取得し続けている。

 叡海こそがすべての魔術の源。ジェローム教授の講義を思い出す。この場所こそが、創死者の辿り着きたかった場所なのだ。そう思うと、多少感慨がないでもない。

 創死者はこれを支配しようとしていたのだ。

 ヒギエア=贄木に集めさせた大量の爆薬。さらに極めつきは螺旋巻きで発見された遺物。遺物表面に記された刻印から「リトルボム」と呼ばれるが、どうやらそれは未知の機構による爆弾らしい。同種のものが実験によって島一つを消し飛ばしたことが知られている。これらによって叡海の活動を局所的に一時低下させ、その復元反応に乗じて人工ウイルス術式そのものと化した自らが飛び込み、ラグトルと直接対決する。それが彼の計画だ。

 仮に知識がなかったとしても、この光景を前にしただけでそれが途方もない考えだと理解できる。理解させられてしまう。それほどの壮観だった。

「で、中将はどこだ。最下層まで降りているのか?」

 どこにもいない。入れ違いになったようだ。

「レグナ」

 岡島らは先回りし、昇降機から降りた中将を逮捕した。


 ***


 同日。

 ラガルド・ユーサリアンは自らの正体を明らかにしたうえで陸軍を退役、長官職を辞任。

 また、彼を慕う士官102名の署名による免罪の懇願が皇王に提出され、これは受理された。

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