15.

「で、身体の構造は人間と大して変わらないわけだね?」

「はい。贄木の遺体を解剖しましたが、そのようにいえます。骨にしても筋肉にしても密度・強度ともに人間の水準をやや逸脱していますが、基本は同じです」

 曠野を後ろに下がらせ、ディアスは独房に繋がれた女の前に出た。

 被造物クリーチャーアリンダ。彼女は騎士団によってここに捕らえられていた。

「さて、これからすることだが……えっと、なんだっけかな」

 ディアスは女に話しかけるが、女は目を合わせようともしない。なにが始まるのかなど明白であるのに、ディアスはへらへらした態度でとぼけていた。

「これだよ」ディアスは懐から肉厚のナイフを取り出す。

「ん? 俺としたことがなんでこんなものを……」と、わざとらしい演技でナイフを放り投げる。すると床に落ちようとするナイフはそれを拒否するかのごとく一個の生物のように飛び出し、アリンダの右肩に突き刺さった。だが、彼女は声も上げず、表情も変えない。こんな下らぬ演出にはなんの興味もない、そういいたげに。

 まるで痛みなどないかのような反応だが、ディアスの目は誤魔化せない。彼女は、明らかに堪えている。ならばつけいる隙はある。いつもと変わらぬ仕事だ。

「不幸な事故もあるものだ」ひゅー、と口笛を吹く。

「さて、気を取り直して」今度は医療用の鉗子のような、金属製の歪な器具を取り出した。「そだね。まずは目でも抉り取ってみようか」

 彼は嗜虐趣味からこのような言動をとっているのではない。楽しくないといえば嘘になるが、心理的な揺さぶりを狙ってのことだ。

 用件など拷問に決まっている。だが、いつまでも本題に入らない。なにを聞きたいのかを告げずに淡々と痛めつけたり痛めつけるような素振りを見せる。恐怖と不審感を煽り、対象の脳内でグルグル疑問を渦巻かせる。そうやって相手から口を開いてもらえれば、もうあとは芋づる式だ。「用があるなら早くしろ」「なにが知りたい?」そこまでくれば陥落したも同然だ。

 今日の相手はなかなか手強く、その段階を誘発するのは難しいだろうというのがディアスの見立てだ。しばらくはゆっくりと、ねっとりと、痛めつけたり痛めつけなかったりする。

「気づいたか? なにかを口に出そうとすると、雲が晴れるように気分がよくなっていくのを。うーん、その調子!」

 拷問という方法には、従来大きな問題点がいくつかある。相手が本当に情報を持っているかどうかを判断できないこと。苦痛から逃れるためにありもしない情報を吐くことがあること。ディアスの固有魔術はその問題を解決する。苦痛から逃れるためではない。真実を話すほど気持ちよくなってしまう。痛みが快楽へと変換される。そんな魔術だ。ただ、前者の問題については完全に解決しているとはいいがたく、話すべき真実を持たぬものは延々と苦しみ続けることにはなるが。

「そう、ようやく思い出した。俺は君に聞きたいことがあったんだ。君たちが使っていた隠れ家。緊急事態に逃げ込む先。その場所が知りたい。一つ答えるたびに、この世のものとは思えない天に昇るような至福が訪れる。もちろん俺も嬉しい。答えてくれないなら、まあそれはそれで嬉しいかな」

 繰り返すが、サディストじみた言動はあくまで彼の演技である。

「試してみたいことはいっぱいある。神経を直接引きずり出したり、肋骨を一本一本へし折ったり、君は自分の内臓を食べたことはある? なにせ、君らなにをやっても死なない、すぐに再生してしまうというんだ。こんなことって、なかなかないよ?」

 再度繰り返すが、サディストじみた言動はあくまで彼の演技である。


「きびしいねえ。さすがの抵抗力だ。ある程度は聞き出せたが、これ以上は壊れちまう」

 本部に戻ったディアスは曠野と共に室長執務室にて岡島に報告をしていた。

「記憶を読んだり、心を読んだり、もっとこう、そういうやつに任せた方がいいんじゃないの?」

 ディアスには珍しい弱音だった。

「〈風の噂〉にはそういった術者はいるにはいますが……そういう魔術は逆走魔術で対策されやすい。難しいでしょうね」そんな愚痴に曠野が応える。

「安心安全尋問官は俺だけかよ。世知辛いねえ」

「……で、どこまで聞けた?」

 岡島は話題を本題へ戻す。

「アリンダからは、緊急時に備えて用意していた隠れ家の場所をいくつか。実りがあるのはこれくらいかねえ」

「ニサの方はどうだ?」

「あー、あれか。なぜ騎士団に素直に従ったのか。なぜ拘束もされず大人しくしていたのか。なぜ潔く捕まったのか。そんな感じだよな」

「そうだ」

「残念ながら、断片的な言葉しか引き出せなかった。“信じていたから”だそうだ」

「信じていた? なにを?」

「肝心のそこが聞き出せなくてねえ。アリンダはあれで絶望の根が深い。偉大なる父とやらがすでに死んでることを教えてやったら、そりゃもう。一方で、ニサはまるで絶望していない。こういうやつはちょっと厄介でね。心を解体してく作業は少しばかり時間がかかる」

「いや、貴重な情報だ。しかし、絶望していないと来たか。デュメジルの死を伝えたとき、彼女の表情は明らかに絶望そのものだった。アリンダがそうであるようにな。だが、その後なんらかの希望を見出した……?」

 カリスはニサを信じた。今思ってもあれは狂気の沙汰としか思えない。だが、優れた魔術師は狂気を現実化する。偶然には違いない。おそらく、たまたま利害が一致したのだ。結果としてその判断は正しかった。正しいものにしてしまった。

 絶望を失っていないように見えるのはユーサリアン長官――ゲフィオンも同様だ。彼らにはまだ逆転の目が残っているとでもいうのか。もしあるとすれば、それは我々がまだ知らない真実の中に隠されている。

「曠野にも併せて聞いておきたい。贄木の遺留品からはなにか見つかったか? つまり、海軍に潜入したという最後の被造物クリーチャーだ」

 被造物クリーチャーはぜんぶで7人。

 創死者の秘書・助手として傍に仕えていたフローラ。

 贄木という名で商人として活動し資金面を担当していたヒギエア。

 陸軍に潜入し〈風の噂〉長官にも就任したゲフィオン。

 麻薬組織として活動していたエオスとアリンダ。

 騎士団に潜入していたニサ。

 そして海軍に潜入しているはずのぺスタ。彼もまたゲフィオン同様に軍に潜入し、海軍において将校まで登り詰めている計画だった。その人間としての名も創死者の日記や記録からもわかっている。だが、いない。海軍でその名について調べても該当する人物が見つからないのである。

 永続海底研究都市の警護は海軍第二艦隊が担当している。そこに被造物クリーチャーを潜入させ海底都市への通行を確保しておくことは計画にとって必要不可欠だ。潜入者は絶対にいる。にもかかわらず見つからない理由は複数考えられるが、確実な手掛かりは解読不能にまで損傷した最新の日記の中にあるだろう。キースに依頼し復元を任せてあるが、いつ完了するかはわからない。そのときにはもはや手遅れかもしれない。なんとしても他の手がかりを見つけ出さねばならない。

「残念ながら。贄木の屋敷は隅々までひっくり返して調べましたが、そもそも他の被造物クリーチャーとはほぼ交流はなかったようです。せいぜい、魔術機材などを創死者に送るためその秘書フローラと接触していた、くらいなものでしょうか」

「ディアスはどうだ?」

「こっちも同様だ。ニサもアリンダもその点については本当に知らない様子だった。いや、ニサは微妙だな。あれはなにか知ってるかもしれん。かもしれんが、日記の復元とどっちが早いかだな」

「ご苦労だった。ディアスは引き続き捕虜から情報を聞き出してくれ。曠野は……もう一度海軍の記録を調べて欲しい。名前が変わっているのかもしれん。いずれにせよ、第二艦隊の将校クラスの地位にいる可能性は高い。そのへんに当たりをつけて経歴を洗ってみてくれ」

「了解」「了解した」

「俺の方は……エオスと決着をつける」


 ***


「ちっ、ここもダメか」

 エオスとアリンダはもしものために、本拠地とは別にいくつか隠れ家を用意していた。どちらかといえばこれは慎重派だったアリンダの発案であり、エオスはむしろ消極的な姿勢だった。障壁術式の準備。遠距離霊信装置。備蓄非常食。使わずにいても維持にはコストがかかる。そこまでする必要はあるのかとエオスは考えていた。

 その「もしも」のときは訪れた。アリンダは正しかった。だが、行く先でそのすべてがすでに軍に押さえられていた。すでに三件目になる。

 エオスは岩陰の草むらに潜みながら、9km先でその様子を確認する。

 なぜ隠れ家の位置までバレているのか。これについては父さえその場所を知らない。アリンダ以上に慎重だった父が報告を拒んだからだ。「そのような隠れ家が必要になるときは想定外の事態が発生している」「ゆえに、隠れ家を知るものは最低限に留めるべきだ」というのが父の言葉だ。隠れ家に移ったのなら、その際に連絡すればいいという考えだ。

 とすれば、情報源はアリンダしかいない。拷問に屈するとは思えないが、記憶を読んだり自白を強要する魔術もある(思えば、アリンダもその類の魔術を有する)。逆にいえば、アリンダはまだ生きていることを意味した。

 それはエオスにとって福音だった。情報を漏らしたことを責める気持ちなど微塵もなかった。

 だが、喜んでばかりもいられない。隠れ家を接収した軍がこちらへ向かってきているのに気づいたからだ。思い違いや偶然ではない。9kmも離れ気配を殺しているはずのこちらへ、確実に向かってきていた。

 心当たりにはすぐに思い至った。銃弾だ。あのときの銃弾がまだ体内に残っている。おそらく銃弾に追跡術式でも施されていたのだ。放置していればいずれ体内で分解排出できるが、それを待っていては遅い。エオスは傷口を抉り出し、これを摘出する。傷口を自ら広げる羽目になる地味な嫌がらせだ。

「いい加減イラついてきたな……」

 エオスは身を隠す場所を変えた。連中は銃弾を摘出した岩陰を探すはずだ。そこを待ち構える。

 こちらへ向かってくる敵の数は兵士・衛士が10人、重士3人、指揮官の男は獅士のようだ。規模としては一個小隊といったところだろう。この程度ならわけもなく殲滅できる。1分もかからず皆殺しだ。

 掌眼の向きを変える。他2人は隠れ家に残り、遠距離霊信装置を扱っていた。増援を呼ぶつもりだろう。接収した設備を即座に転用するとは抜け目がない。そして、増援が呼ばれるなら騎士団が来るはずだ。

 何人来る? 砦には9人編成で来ていた。ニサを除いて8人。彼らが任務を継続しているなら最大で8人。一人で相手をするにはあまりに多すぎる。

 到着まではどのくらいかかる? 騎士団は空間歪師を擁していない。だが、あの日、あのなかには確かにいた。空間歪師が現れ、逃走経路も塞いだ。彼がまだ協力しているなら――いや、協力していないわけがない。ならば、騎士団は連絡からほぼ時間差なしに現れる。

「くそっ!」

 逃げるしかない。憂さ晴らしなどしてはいられない。

 エオスは再び逃げ出した。いまだ休む暇はない。いつまでこの逃亡は続くのか。いつまで続けられるのか。ゴールはどこにあるのか。

 より遠くへ逃げるなら列車にでも忍び乗るべきだろう。だが、鉄道は乗っていることがバレてしまえば移動先もすぐにバレてしまう。駅での待ち伏せもありうる。駅が危険なら線路の途中で飛び乗り、線路の途中で飛び降りればいい。行き先はやはり国外か。そこまで逃げ延びたとして、あとはどうなるのか。

 一人では限界がある。アリンダはまだ生きている。

 殺されていないのは利用価値が残っていると判断されたからか。ああそうか、司法に則り正式な手続きとやらで殺す。人間社会にはたしかそういった決めごとがあった。

 いつまでもこのままではいられない。どこかで、状況を打開しなければならない。


 ***


「岡島、いつまでもこのままではいられないぞ。いつまで彼をああしているつもりだ。私の権限にも限界がある」

 岡島はレックを連れて第三皇子のもとへ訪れていた。長官はいまだ処分が定まらぬまま暫定的に皇子のもとで拘禁してもらっている。これには法的根拠が乏しく、相手が陸軍大将であり〈風の噂〉長官であり、そのうえ千年勲章まで授与された英雄とあっては、そう長くこの状態は維持できるものではなかった。

「まだ私をどうするか決めかねているのかね」

 ユーサリアン長官――ゲフィオンはまだなにもしていない。これからなにかするつもりもない。そのうえ、他の被造物クリーチャーを捕らえるため協力的な姿勢を見せている。

「もう一度伺います。今後なにもするつもりはない、というのはどういう意味ですか」

被造物クリーチャーとして、あるいは偉大なる父――創死者デュメジルの手足として、一切の活動を行わないということだ。当然のことだな。父の死によって計画は完全に破綻し、私が生きる意味もなくなった。あとは残された余生をせめて穏やかに過ごしたい。私の望みはそんなささやかなものだ」

 霊信:1。嘘ではない。

「もちろん、地位への執着などもない。ことが済めば軍も退役し長官も辞任するつもりだ」

「ことが済めば、というのは?」

「他の被造物クリーチャーをすべて無事捕らえられたのなら、ということだ。そのために私の地位は役に立つだろうからな。これなら安心か? それとも、こんな口約束では信用できないか?」

 霊信:1。嘘ではない。

 だが、その真意がわからない。彼の言葉は誤解の余地なく明白だ。だからこそ不気味だった。

「エオスとアリンダはどうなった? ここにいてはなにも情報が入ってこない。無事捕らえられたか? そしてニサは?」

「答える必要はありません」

「そうかね? なにか聞きたいことがあって私のもとへ訪れたのではないのか?」

 すべて見透かされているようだった。デュメジルの死という情報を手にし、その計画について全容を知り、第三皇子を介した奇襲により圧倒的優位に立っていたはずなのに、いつの間に逆転されているように感じた。相手は200年以上を生き、二度の軍役でいずれも将官まで登り詰めている。年季の差があまりに違いすぎるのだ。

「……おっしゃる通り、聞きたいことがいくつかあります」

「よろしい。君は私に頼ればいい。これまでもそうしてきたようにな」

 ラガルド・ユーサリアンは岡島にとって恩人でもあった。その本性は暴いたはず。だが、岡島にはいまだに彼の本性がわからない。

「エオスを捕まえる方法を教えてください」

 なりふり構っている場合ではなかった。早くしなければリミヤの働きが無意味なものになる。それだけは認めることができなかった。

「エオスを? 彼は取り逃したのか。なら、他は捕らえたのだな」

「はい」

「もう少し詳しい状況が知りたいが……あれから二日は経ってるな。騎士団も追跡に参加しているなら、エオスもそろそろ限界だろう」

「ですが、いまだ捕らえられずにいます」

「君たち人間が被造物クリーチャーである我々を捕らえたり打倒するためには戦力の集中が不可欠。エオスが逃げに徹しているかぎりそれは叶うまい。なら簡単なことだ。彼を誘き出せばよい」

 その意味は岡島にもすぐ察せられた。

「……アリンダを餌に使うということですか」

「そうだ。案として考えたことくらいはあるようだな」

「ですが、仮にその処刑を宣言するとして……彼は助けに来るのでしょうか。明らかな罠と知って」

「来るんじゃないか? 私は彼ではないから断言はできないが。ダメ元でやってみる価値はある」

「合理的な判断では無視以外あり得ない。もし救出を試みるなら、それは情に動かされてのこと。被造物クリーチャーにもそのような仲間意識のようなものはあるのですか」

「こうして平気で仲間を売ろうとしている私を目にしていては信じられないか? だが、私はともかく彼らは常に二人で行動してきた。人間には個性というものがあるだろう? 我々も同じだ。身体構造も精神構造も人間と大して変わらん。彼らにはきっと仲間意識だって生じただろう」

「……わかりました。他に方法がないのであれば。そしてもう一つ」

「なんだ」

「海軍に潜入している被造物クリーチャーについてです」

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