12.

「やはり状況設定は一対一のままでよいと思う」

 長官との面会前。岡島、リミヤ、ヌフはある議題で話し合っていた。

「やっぱそうだよね。一対一でいいよね」とリミヤ。

「いや、さすがに無理があると思う。仮に状況設定に合致したとしても、相手が被造物クリーチャーでは一対一で勝てる保証はないし」とヌフ。

「だよねー。めちゃくちゃ強いらしいし」

「だが、かといって他にどんな状況設定がある? 多対一にするにしても、“誰と共闘するか”まで定めておかないと状況設定はうまく機能しない。49時間前からその状況を読み切るのは困難だ」

「そうそう。なんだかんだいつもそうなっちゃうの」

「でも、ふつうなら一対一で勝てるはずのない相手に一対一で挑むって、状況として不自然じゃない?」

「そう不自然」

「一対一設定の強みは、その状況にならなかった場合――たとえば多対一なら能力を発動するまでもなく有利である場合があるということだ。素の戦闘技能でもリミヤは推定獅士くらいはあるわけだからな」

「あるわけだから」

「そうねー、僕ら以外にリミヤの固有魔術は知られていない。それを従来通り隠しつつ能力を発揮するという意味でも、一対一設定は望ましい」

「望ましい」

「逆にいえば、一対一になってしまった場合の保険、といえなくもない。そういうわけでリミヤ、状況設定に変更はなしだ。……リミヤ?」

「寝てる……」ヌフはリミヤの頬を軽く叩いた。

 リミヤの固有魔術〈状況設定〉。

 固有魔術とは個人の資質に大きく依存し他者による再現性が低いものを指すが、多くの場合は唯一無二というほどでもなく、似た能力を有するものが他に複数見られるのがふつうだ。一方、リミヤ持つ固有魔術は極めて希少性が高く、他に類例を見ないものだった。

 それは、「49時間以上前にあらかじめ設定した戦闘状況おいて大幅に魔力が増強される」という能力だ。厳密に設定された状況に完全に合致するならリミヤは最強の存在たりえる。 が、これが難しい。

 場所、時間、戦闘に参加する人数、共に戦う仲間、あるいは敵。設定項目として想定されるものは多いが、一つでも該当しなければ能力の恩恵は大きく下がる。ゆえに、設定はほとんどの場合「一対一」というシンプルな状況で固定されている。

 ただ、この「一対一」という状況も厳密で、「周囲に観戦者がいる」「すぐにでも増援が可能」というような状況は「一対一」とはみなされづらい。確実に「一対一」という状況が完成するには、完全な無支援状態で数分から数十分の戦闘継続が要求されることがある。

 この設定が上手く嵌ったとき、リミヤが負けたことはない。だが、今回は相手が相手だ。一応納得はしたものの、ヌフは不安が拭えない。

「ま、リミヤが被造物クリーチャーと戦うという状況がそもそも考えづらい。少なくとも今のところはな。さすがにあれは騎士団の仕事だ」

「戦う……誰と……?」リミヤは寝ぼけ眼だ。

被造物クリーチャーとだ。まずない可能性の話ではあるが」

「うーん、そうなったら、なんだかんだ頑張って倒すよ」

「ダメだ」岡島は険しい顔で告げる。「お前が心優しいのは知っている。だが、仮にやつらと戦うことになり、逃げることもできないのなら……確実に殺せ。殺すつもりで戦え。そうでなければ、お前が殺されることになる」

 リミヤも、その言葉の前に目が覚めた。

「……わかった」

 だが、返事にはどこか力がなかった。


 ***


 人知れぬ山奥に、100年以上前に放棄された古城がある。北からの動きを監視する小さな軍事拠点だったが、現在は無用の長物となっている。城壁が一囲みし、監視塔が二本、食糧庫に武器庫と宿舎、最低限の施設だけ備えられている。

 エオスとアリンダはその古城を修繕し、麻薬組織の本拠地として再利用していた。地下牢は拡張され、クロミユタケの栽培とその精製を行っている。対認知・対魔術・対熱・対衝撃など基本的な障壁防護も整えてあるが、籠城戦は想定されていない。

「すぐそこまで来ている。迎え撃つぞ」

 騎士団は南から、すでに掌眼に頼らなくても目視できる位置まで接近していた。

 そして、途中から参加した見知らぬ4人。軍とも異なるように思えた。単なる増援なのか。認識妨害障壁はなんだったのか。わからぬことは多いが、ニサの脱落もないまま進軍が続いているのを見れば、少なくとも計画がなんらかの形で露呈したという最悪の可能性はない。

「まずは小手調べね。戦局が混迷してきたらニサと挟み撃ちで片を付ける」

 役割を終えたあとでも彼らがMMドラッグの製造と貯蔵を続けていた理由は複数ある。単純に手駒の強化に利用でき、あわよくば動乱を引き起こし軍の牽制にも使えると考えたからだ。今回は前者の用法になる。

 アリンダは固有魔術〈使役〉によって各地から狂暴犯罪者を中心に手駒に加えている。魔術性能はその名の通り生物、無生物問わずに使役する能力であり、人間であれば脳に手を入れることで従属させられる。そうして集められた人間は、40人に及んでいた。


 砦へ向かう騎士団の前に組織の構成員がぞろぞろと立ちはだかる。

 中央に立つのは6年前に消息を絶った狂暴犯罪者〈愚闇の腕〉ヴォルダフード。

 酒場で口論が激化した結果、相手の頭部をを肥大化した腕で叩き潰し、その仲間9人も同様に殺害。逃亡中も軍の追っ手を返り討ちにし、死傷者は17人にも上る。

 彼は手に持つ黒い粒を5錠、口に放り込む。致死量に近い量、しかしそれだけに効用も大きい。内より膨大な魔力が漲り、全身は脈動し、表情は殺意に満ちる。スキンヘッドに血管が浮き出る。黒き波動、空気が濁っていく。右腕に、殺意が集中した。

 団長カリスもそれに応えるよう剣を構える。そして、斬った。

 遠隔斬撃。剣を持つ魔術師にとって基本的な攻撃手段の一つである。ゆえに、距離がある場合にはまず警戒される攻撃でもある。そして、警戒さえしていけば躱すことは難しくない。

 そのはずだった。 

 だが、彼女はただ圧倒的練度の高さでもって、MMドラッグによって高められた反応速度を優に上回った。

 袈裟斬り。左肩から右脇腹へ、斜めに剣筋が通る。男は死んだことにすら気づいていない表情で、ぼとりと上半身を零した。

 文字通りの瞬殺。実力差は明白。だが、敵は怯まない。アリンダの魔術によって使役させられているため、彼らは死を恐れるということがない。40もの狂気の群れは同様にMMドラッグを服用し、吼える。それに対し騎士団も各々に武器を構えた。


「……ニサが動かない」

 エオスは砦の中から戦況を観察していた。特にニサの様子を。騎士団の後方に待機し戦況を見守っているようだが、まるで動く様子がない。予定であれば、騎士団がアリンダの手駒との戦いで注意を引きつけられている最中に背後より奇襲し、それに畳みかけるようにエオスとアリンダが出る段取りだった。好機と思える局面は幾度も過ぎた。静観している間にも次々と手駒は潰されていく。ここまでくれば、もう認めるほかない。

「信じがたいが、ニサはすでに騎士団に懐柔されているらしい」

 具体的な経緯まではわからない。だが、それだけは事実だ。

「すまない。これは俺の判断ミスだ」頭を抱える、が、俯いてもいられない。「ニサが向こうについた以上、二人で出ても無駄死にするだろう。騎士団を殺せたとしてよくて2~3人。悪ければゼロだ。ここは俺が足止めする。その隙に逃げろ」

「いえ、足止めというのなら私の能力の方がはるかに適している。どちらか一方が逃げるというなら、あなたが」

 エオスは苦渋の表情を浮かべる。アリンダの提案は理に適っていた。そして今は、一刻の猶予もない。

「……わかった。だが――」お前も生き延びろ、とは口には出せなかった。それはあまりに儚い望みだったからだ。


「灼熱獄」

 団員が一人当たり4~5人を同時に相手にするなか、カリスは雑魚を無視し、極大炎熱魔術を砦に向けて放つ。それは極小の太陽。それはまるで砲撃のように。夜の闇を引き裂くように。

 砦を覆う対熱・対魔術障壁に激突。甲高い境鳴音が響き渡る。障壁は浪打ち威力を拡散させる。拮抗している、が、すぐにひび割れが走る。ただならぬ熱が障壁を焦がし、赤熱化していく。融解、そして蒸発。障壁の破壊、そして砦の崩壊は数瞬後に控えていた――が。

 追加障壁。それは炎熱の塊を瞬く間に消し飛ばした。

「ようやく本命が現れたな」

 城壁の上に姿を現したのは、アリンダだった。

「だが一人か」

 遠隔斬撃。挨拶代わりに三度浴びせる。逆袈裟、右薙ぎ、唐竹。が、涼しい顔のまますべて片手で弾かれる。

「ニサ! これはどういうことだ!」

 アリンダが声を張り上げ、後方で縮こまるニサを問い質す。だが、ニサは顔を伏せたままこれに答えない。

 アリンダは顔をしかめた。敵に回ったのか。それとも無力化されているのか。いずれにせよ、ニサが助けとなることは期待できない。逆に敵として警戒せねばならないだろう。

 眼前の敵を見やる。「ニサ」という呼びかけに動じる気配はない。すでに知っているということだろう。騎士団8人。これだけでも、ふつうに戦えば勝てる相手ではない。ならば、せめて時間を稼ぐ。地に降り立ち、髪をかき上げながら敵に声をかける。

「まったく、よくもまあノコノコと現れたわね。あなた方は知らないでしょうが――」

「御託はいい」

 聞く耳を持たず、カリスは突っかけ、斬りかかる。アリンダはこれを鐘杖で防ぐ。

「くっ、援護!」

 横で騎士団と戦っていた手駒が、目の前の敵を放置し自らの死を厭わずにカリスを遠隔攻撃を仕掛ける。左右から二人。一方は魔力を帯びた刃。もう一方からは雷槍が迫る。これに対し、カリスは大きく後退し距離をとらざるを得なかった。攻撃を放った二人はその隙をつかれ、対峙していた団員に斬殺された。

 カリスとアリンダは互いに態勢を整える。

「山猿かなにか? 少しくらい話をしてもいいでしょうに」

 アリンダはカリスに対し呆れたように言い放つ。言葉による時間稼ぎは通用しそうにない。

 アリンダにはわからない。ニサがなぜ動かないのかわからない。どう動くのかもわからない。その一方で、カリスはニサを信じ切っている。ゆえに、動きに迷いがない。

 杖の先で地を打つ。しゃん、と鐘が鳴る。それを合図に、土塊から魔獣が這い出るよう生成された。

 ゴーレム。その数7体。すなわち、アリンダによる無生物の使役である。

 麻薬組織の構成員は次々に討たれている。もう10人も残っていない。はじめから消耗品と割り切ってはいたが、あっけないものだ。一方、騎士団側に欠員は一人もいない。多少の時間稼ぎと、騎士団を多少消耗させる程度の役割は果たしたが、それだけだ。次にその代りを務めるのがゴーレムだ。

 ゴーレムが騎士に迫る。拳を振り上げ、力任せに振るう。動きが大きい。見ていれば躱すのは容易い。騎士を捉えることのできなかった拳は地面に突き刺さり、土煙と石つぶてを巻き上げた。その隙に騎士は仕掛ける。

「硬ってぇ」

 騎士は躱し際に二撃斬りつけていた。が、ほぼ無傷。踏み込んだうえでの攻撃ではないとはいえ、表面をわずかに削った程度だった。

 他の騎士はゴーレムに向け風刃を放った。全弾命中。ゴーレムの身をいくらか削りはしたが、あまり効果があるようには見えなかった。生物であれば皮膚が切れ肉が裂け、出血と痛みで苦しんでいただろう。無生物のゴーレムにそれはない。ゆえに、動かなくなるまで削るほかない。

 動きは鈍い。だが、耐久度は極めて高い。十分な予備動作があれば攻撃力もある。ゆえに無視することもできない。典型的な殿しんがり特化の性能。アリンダの狙いは騎士団にも明白だった。

「よそ見?」

 アリンダは再び同じように杖の先で地を打つ。しゃん、と鐘が鳴ると同時に、カリスの足元が隆起する。大地が、殺意を具現したかの鋭い牙を剥いて襲ってきた。それも何度も、やむことなく。一帯が文字通りの針の筵と化す。カリスは宙へ跳び出した。それはアリンダに見透かされた動きだった。

 目を凝らさなければ見えぬような、透明な影が宙を舞う。風だ。風の怪物。風を怪物として使役したのだ。それは拳を握り、カリスを真下へ向け叩きつけた。鋭い大地の牙に向け、真下に、串刺しにするために。

 爆発。衝突ゆえに、ではなく、衝突の寸前に。牙を粉砕し、激突を避けるために。

 土煙のなかで、カリスは問題なく立っている。自身の爆発系魔術で皮膚がやや煤けたが、それだけだ。そして、風の怪物も同様に爆発系で消し飛ばした。

「……手強いわね」

 だが、手応えはある。ゴーレムを同時7体も使役しリソースを割いているなか、目の前の騎士を仕留めきれないのは仕方ない。互いに決め手のかけるこの拮抗状態もいずれは崩れる。それでも時間稼ぎはできている。エオスを逃がすには十分すぎる。

 しかし、アリンダの笑みはすぐに消えた。異常に気づいたからだ。背後で戦いを見ていただけの、増援かなにかで騎士団に合流した4人。そのうちの一人の姿が消えていることに。


 ***


「なんだてめえは」

 北へ向かい下山しようとするエオスの進路上に、一人の少女がいる。月の光に照らされる一人の少女が。

 騎士団員ではない。しかし、エオスには見覚えがあった。空間魔術で現れた4人のうちの一人。こうして先回りされているのも、やはり空間魔術によるものなのだろう。

「お嬢ちゃん、まさかとは思うけど、俺を止めるつもり……じゃないよな?」

 リミヤは首を横に振る。

「いいえ。私は、あなたを殺すつもりでここに立っています」

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