11.
皇国英霊騎士団。
狂暴魔術犯罪対策として機能する超個人特殊戦術群であり、現在21名からなる皇国軍の最大戦力である。構成員は最高の魔術階級「騎士」を有する。平時においては各地方の9師団に2名ずつ、余剰団員は皇都を含むヴァンデミ州を管轄とする第1師団に配備されている。
実のところ、騎士を上回る魔術能力を有するものはそう珍しくはない。「魔力は狂気に宿る」――狂気に侵されたものほど高い魔術能力を有するという経験則だが、これに当てはめるなら「体制に属する」という選択の時点で狂気度は低い。逆に、高すぎる魔術能力を有する狂えるものは犯罪者として世を騒がせることがしばしばだ。そういった狂暴魔術犯罪者に対し、騎士団は練度と数によって対抗する。狂気に犯されたものは、一方で群れることがほとんどないからだ。
今回の相手もまた、騎士の戦闘技能を上回る狂暴犯罪者であると判断された。
セーヴァ基地襲撃事件。
9年前。レッドキャッスルの遺跡より発見されたラグトル純結晶を移送中に襲撃され、これを奪われた事件。その日は厳戒態勢なのもあり、基地には獅士6名、重士200名、衛士800名、兵士4000名が配備されていた。さらに警備には騎士も2名参加していたが、一人は重傷、一人は死亡している。基地は機能を失うほどに破壊され、1000人以上の死傷者が出た。暴風雨にも似た突如の脅威に、生存者の多くも恐怖に心を壊し軍を退役している。
奇襲だったとはいえ、それは軍事基地に対するもの。油断などあるはずがない。そのうえ、警護していたのはラグトル純結晶という国家にとって最重要ともいえる資源だ。それでいて襲撃者は基地に壊滅的な被害をもたらし、これを奪取、逃走している。
このときの襲撃者は突出した戦闘技能を持つ2名と、それを補助する部下が約30名。ほとんどの被害は前者の2名によって引き起こされた。そして、この2名は長年軍が追っている麻薬組織の首領と同一であることがわかっている。
この事件から、騎士団はこの2人の戦力を高く見積もっている。それは、少なくとも騎士を超えるというものだ。今回、ついにその組織の本拠地が割れた。〈風の噂〉がこれを突き止めたらしい。
たった一人でも動くなら瞬く間に重大事件を解決することで知られる騎士団だが、今回騎士団はこれに対し異例の9人編成で討伐へ向かった。
そのうちに一人、敵が紛れ込んでいるとも知らずに。
***
MMドラッグはその服用時に特有の魔力波ノイズを発生する。術式を組み込めば、その波はより精妙に制御できる。
彼らがその薬物に求めた本来の効用はそれだった。魔力の増幅は副次的なものでしかない。
魔力波を各地で発生させることで、それは創死者デュメジルがラグトル暗室を作成するための定位観測を助けた。最終仕上げの段階でそれはなくてはならなかった。
すなわち、彼らは主な役割をすでに終えている。セーヴァ基地襲撃によるラグトル純結晶の奪取は彼らの独断であり、計画にとってはもともと必要なものではなかった。が、結果としては功を奏したといえる。彼らの脅威度をアピールすることができたからだ。
彼らにはもう一つ重大な仕事がある。その最後の仕事は、騎士団を可能なかぎり無力化すること。自らの本拠機に誘き寄せ、これを殲滅する。たとえ命に代えてでも。計画の最終段階でそれは実行されるはずだった。しかし――。
「おかしい。騎士団がもう動いてやがる」
エオスは両眼を閉じ、代わりに右手の〈掌眼〉を見開いていた。
彼の固有魔術であり、壁すら貫通し夜の闇も無関係に半径9km以内を見通せる。9km先までなら人影が確認できる、というようなものではなく、9km先までなら手に取るようにわかる。その場にいるかのように様子を見ることができる。そういう能力だ。
その眼によってエオスは騎士団の姿を捉えていた。騎士団9名は確実にこちらへ向かっている。その報告にアリンダも首を傾げる。
「計画では一週間後だったはず。そのうえ連絡も取れない状態で……」
「わからん。なにが起こっている?」
明らかな異常事態だ。迎撃すべきか。逃走すべきか。騎士団のなかには仲間である
「ゲフィオンはなにをしている。やつがなにかやりやがったのか」エオスは毒づく。
「いずれにせよ、明らかに計画が狂ってきている。いったんこの場を離れるべきよ。まだ早い。本来の計画なら一週間後のはず。それに、ここを守る必要もないのだから。いったん態勢を整え直して――」
「いや、ニサもいる。このチャンスがもう一度訪れる保証はない。9名――ニサを除けば8名、一気に殺せるなら騎士団の戦力はかなり削れる。今やろうが一週間後だろうが、それに変わりはねえ。そしてニサと合流し、可能ならばゲフィオンに真意を問う」
「そうね……」
アリンダは慎重論を唱える。だが、時期さえ除けば計画通りに事態は進行している。ゆえに、あえて退く必要はないとするのがエオスの判断だ。
「なに、認識妨害障壁だと?」
だが、それも崩れ始める。
「なにが起こったの?」
「空間魔術かなにかで、なにものかが進軍中の騎士団の前に現れやがった。そいつが認識妨害障壁を展開した。こんなもんすぐに剥がせる、が……俺の能力を知ってやがるのか?」
***
「カリス、久しぶりだな」
騎士団の進路上に空間接続の穴が生じる。出てきたのはサルヴァドール岡島、レック、リミヤ、レグナの4人だ。
呼び止められたのは騎士団・団長カリス・フィールドである。
「……?」
カリスは岡島の顔を見て疑問符を浮かべていた。
「緊急事態だ。認識妨害がいつ破られるかわからんので手短に話す」
「思い出した。岡島さんか」
思わぬ言葉に岡島は呆然とする。
「……おいマジか。忘れてたのか。その段階か」
岡島の完全記憶とは対照的に、カリスは忘れっぽかった。
「最後に会ったのは4年前だが……忘れるものなのか?」
二人が知り合ったのは10年前。すなわち、例の獅士暗殺未遂事件だ。第三皇子に命を狙われていた当時の獅士、それがカリスだ。
「我々は任務中だ。なんの用だ?」
「悪いことはいわない。今すぐ作戦を中止して引き返せ」
「? あなた方には我々に命令する権限はない」
「命令ではなく忠告だ」
「同じことだ。こちらも急ぐ必要がある」
カリスは岡島を無視して進軍を続けようとする。
「待て。だから待てといっている。このうちの一人は、俺がなぜ止めに来たのか理解しているはずだ」
岡島は後続の団員に向かってそう語る。今のところ、団員は誰一人動じる気配はない。
「お前だ。ユウナ・ラブストーン。いや、ニサと呼ぶべきか」
この名指しに、彼女はわずかに動揺を見せた。
「ニサ?」
聞き覚えのない名に団員はざわめく。
「なにをいって――」ユウナ、あるいはニサが口を開くが、岡島はそれを遮るように話を続けた。
「お前たちのことはすべてわかっている。ゲフィオンのことも、これから向かう先にいるエオスとアリンダのことも」
ニサはさすがに動揺を隠せなくなってきていた。
「あんたはユウナの……なにを知っているんだ?」
割って入るように団員の一人スタン・ヴォルグが詰め寄ってくる。
「一通りの経歴とその正体」
「正体?」
「彼女は人間ではない。そして力を隠している。15年前、彼女は当時ノイマン魔術学園の学生だったユウナ・ラブストーンを秘密裏に殺害し、成り替わった。ゲフィオンと同じ固有魔術である恒常変容を使って。表向きには、そのころから人の変わったように突如才能を開花させ、軍へ入隊後は立て続けに功績を上げ瞬く間に騎士へとなっている。そして9年前、セーヴァ基地の防衛にも参加し重傷を負う。その実態は、仲間である襲撃者を招き入れていた。いわばスパイであり、これからの作戦では君たちを後ろから刺すつもりだった」
ニサは沈黙している。代わりにスタンが口を出す。
「セーヴァ基地……あのときか。偽装のためにあれだけの怪我を負ったってのか?」
「それも変容魔術だ。怪我の偽装など容易い」
「さっきからなにデタラメを……団長とは知り合いみてえだが、そもそもあんたはなにものなんだ」
「内部犯罪調査室サルヴァドール岡島」
「聞いたこともねえ」
「……宣伝はしていないからな。ちなみに君らがこれから討伐へ向かうエオスとアリンダの情報も保有している。エオスは固有魔術〈掌眼〉を持つ。9km圏内を壁越しでも視認できる。唇を読んで会話の内容を知ることも。認識妨害を仕掛けているのはこのためだ。すでにやつの視界に入っているからな。そしてアリンダ、固有魔術は〈使役〉。組織の構成員はこの能力によって従属させられている」
「団長、彼のいっていることは信頼に足るのですか?」今度は別の団員、M・ポーターの発言だ。
「ユウナ、いやニサと呼べばいいのか? 彼、岡島の話は本当か?」
それを受け、団長は本人に問い質す。
「いえ、まったく身に覚えがありません。彼はなにか誤解しているのかもしれません」
震えていた。気丈になにかを噛み殺して、絞り出された精一杯の嘘。もはや誰の目からも明らかだった。
「とぼけるのか。俺がなぜここまで知っているのか、気になって仕方ないだろうに」
返事はない。岡島は畳みかける。
「すでにおおよそは察しているだろう。本来ならこの作戦は一週間後に実行されるはずだった。なにかがおかしい。創死者――君らがいうところの偉大なる父からの連絡もない」
ニサは拳を握り締め、ただ立ち尽くし、岡島の言葉に耳を傾ける。
「創死者デュメジルは死んだ。ゆえにその計画は完全に露呈し、完全に破綻した」
ニサが顔を上げる。驚愕と呆然と様々な感情が入り交ざり、苦虫を噛み潰したような、泣き出しそうな顔をしていた。
「おおよその話は理解した」カリスが応える。「この作戦は敵の仕掛けた罠で、我々は危うく全滅させられるところだった。そこのニサを除いて」
要点をついた正確なまとめだ。
「さすが団長を務めるだけはある。理解が早い。では、すぐに――」
「行くぞ。ニサ、お前もだ」
団長は向き直り、再度進撃の指示を出した。岡島には理解しがたい行動だった。
「待て! 話を聞いていたのか? これは罠だと」
「ん? その罠はもう解除されたも同然だろう? ああ、すまない。礼をいうのを忘れていた」
「そうじゃない! 作戦を続行するにしても、せめてニサはこの場で拘束すべきだ」
「それでは優位を活かしきれない。これは逆に好機だ。途中まで罠にはめていると思わせておけば、やつらを仕留められる成功率は大きく上昇する」
岡島は困惑していた。そもそも話が聞き入られない可能性は最悪の事態として想定していた。しかし、話が聞き入られた上での作戦続行という判断は想定していなかった。が、聞けば筋は通っているように思う。いや、違う。やはりその判断は根本から誤っている。
「ニサは無力化されたわけじゃない。敵の増援をわざわざ届けるようなものだ。不意打ちをされないというだけでリスクが高すぎる」
「問題ない。ニサはもはや我々の仲間だ。彼女は我々を裏切ることはない」
「なにをいって――」
「私はニサを信頼している」
霊信:1。嘘ではない。彼女は本心からニサを信頼している。
狂っている。岡島にはもはや彼らを止めることはできない。これ以上の反論がないと見るや、騎士団は進軍を再開した。
「魔力は狂気に宿る」という言葉がある。ならばこそ、騎士団の団長を務めるほどの人間が、狂っていないわけはなかった。
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