4.

 リミヤ、レグナ、曠野あらのの三人はデュメジルの魔術工房跡に来ていた。

 作戦はまず残された足跡に対し共感追跡の魔術を仕掛けることからはじまる。

「え、あ、足跡あるんだ。なんでさっさとやらなかったの?」

「前の任務で手痛い目にあいましたからね。逆走魔術で返されて……って、知ってますよね?」

「そだっけ?」

「今回は大丈夫だと思いたいところです。ま、前回も居場所の特定まではできましたし、私が倒れてもお気になさらず」

「その場合は二人か。正直きついな。相手もそのぶん手強いわけだし」とレグナ。「ましてやリミヤと二人というのは……」

「そうそう、私がいるから大丈夫だって。……って、あれ?」

「ま、滅多にないんですよ逆走魔術なんて。足跡なんて残さないのが普通です。杞憂ですよきっと」

 曠野は屈み、足跡に対して親指から中指の指を三本揃えて右手を翳す。足跡の影が幽霊のように浮かび上がる。影は駆け出し、その持ち主の跡を追った。

「地図を」

 追跡魔術は成功した。逆走魔術による反撃もない。これにより対象のおおよその方角と距離がわかる。

「どうやら室長の読み通りですね。目星をつけていた場所の範囲内です。レグナ、行けますか」

「問題ない。皇国内ならほぼ全土踏破済みだ。まずは近くに覗き穴でも繋げよう」

 レグナはまず小さく空間を切り裂く。直径20cmほどの円ができる。そうすることで、目標地点の風景を覗き込むことができる。

「岩石海岸だな。入り組んでいて足場も悪い。なるほど、見つかりづらく侵入しづらい。逆にいえば死角も多い。おっと、見張りがいるな」

 一通り様子を把握したレグナはいったん穴を閉じる。

「洞窟がある。アジトはその中だな。展望台に見張りがいるから、その死角に穴を繋げる。罠もあったから気をつけろ。そこまで行ったら洞窟内に直接繋げる。さすがにそこまで入ったことはないから当て推量での接続になるが」

「ねえねえ」話の腰を折るようにリミヤ。「前から思ってたんだけど、レグナのそれって強すぎない?」

「まあな」

「めっちゃ便利だし」

「そうな」

「ずるい。なんか弱点ないの」

「そりゃあるにはあるが……。いいから行くぞ」

 三人はレグナの開いた穴を通り岩場へ。音を立てず、静かに。

 そのとき不意に、洞窟内から怒声が聞こえた。どうにも「逃げろ」とか、そういう命令調の言葉に聞こえる。

「あれ? バレた?」

「そんなはずは……」

「ほらほら、だよ。なかに繋げてほらはやく」

「待て待て、当て推量だと調整が……よし、行け!」


 ***


 切り立った岩石海岸。足場の悪いゴツゴツとした岩場。その奥の洞窟に海賊のアジトはあった。

 展望台の上に見張りは立ててあるし、岩場には罠も仕掛けてある。脱出経路も確保している。ましてや、遠目とはいえ軍の姿が確認されているとなれば、普段より警戒度は高い。

 しかし、海賊ごときの警戒など、と一笑に付すかのよう、瞬く間のうちに急襲はなされた。

 見張りも岩場の罠も無意味に、突如として少女が洞窟内に現れる。

 一見して華凛、しかしすぐに海賊たちはその脅威に気づく。少女は自身の身長ほどもある鉱鉄棒を構え、臨戦態勢にある。目を丸くするばかりの海賊たちも、怒号を上げ武器を構えようと、その挙動の出鼻で。

 後頭部、脊椎、側頭部、眉間、顎、頭頂部、喉。まずは7人、糸を縫うような正確さでそれぞれ一打ずつ。全員がその一打をもって、意識を失い膝から崩れ落ちた。

「馬鹿な」

 レックはその様子を見ていることしかできなかった。声を上げることすらできずに倒れた部下の姿を。魔術能力があまりに違いすぎる。手も足も出ないとはこのことだ。あれは棲む領域の違う存在だ。

 部下は殺されたのか。いや、まだ息はある。やはり目的は文書か。おとなしく渡せば見逃してもらえるか。いや、きっと口封じに殺されるだろう。ならば足掻くしかない。

 指笛を吹く。それは本来なら入口を警護している番犬を呼び出すものだ。

 黒犬クルーガー。全長4m。体重360kg。大型の魔犬を魔術的に調教したもの。毛皮の上からわかるほどに隆起した筋肉。肉を引き裂くための爪。骨を噛み砕くための鋭い牙。少女との体格差は歴然としていた。

 見た通りなら期待されるのは少女の残虐なる死。敵ながら憐みすら覚える光景。すぐにでも黒犬の胃袋に収まり餌代の節約になる。だが、レックには見えていた。倒されるのは黒犬の方だろう。ただ、少なくとも時間稼ぎにはなる。

「ワンちゃん」しかし可愛くはない。「わるいワンちゃん」

 黒犬は唸りを上げ、リミヤににじり寄る。

「おすわり! ……ダメ?」

 ダメのようだ。黒犬は前傾の低い姿勢でじりじりと間合いを詰め、後ろ脚の太腿を収縮させる。そして、引き絞られた弓から放たれた矢のように、一息に跳び掛かる。

 鼻先、下顎、側頭部、首、下腹部、後ろ脚。撫でるような軽い殴打で、それはまるで流れる作業のように。気づけば少女の姿は黒犬の真後ろにある。通り抜けたかのように爪も牙も触れもしない。狩る側だったはずの黒犬も、全身に残る打たれた痕跡に、自身が複数回殺されていたことを理解する。

「おすわり」

 恐怖に、黒犬は子犬のように縮こまり、震えた。

「さて、あとは……」

「ひい」

 足が竦んで動けずにいた残りの海賊も、ひとまず捕縛しておく必要がある。

「ふざ……けるなよ」

 海賊の一人が奮起する。仲間の制止すら振り切って。

 そして、ポケットから黒い飴玉のようなものを二粒取り出し、口に放って飲み込む。

 明らかな変化が生じる。ただ凡百な小物だったはずの男から、不釣り合いなほどの魔力が溢れる。

「おおお!」

 力を込めた右手から赤黒い刃。魔力によって形成された刃だ。

 目は血走り、表情は尋常のものではない。まるで鬼のようだ。仲間も彼のそのような姿は目にしたことがなく、困惑していた。

 消える。瞬く間にリミヤの側面へ。その刃を彼女はかろうじて防ぐ。ギャリギャリと不快な金属音が響いた。刃が鉱鉄製の棒を蝕んでいる。融けているのだ。赤黒い刃は甚大な熱を帯びている。

「こわ」

 弾き返し、距離をとる。そして姿勢を崩した男の喉を突いた。

「ぐふっ」が、倒れない。

 ダメ押しにこめかみにも一打。今度は倒れた。


 レックは駆けた。出入り口は一つではない。こういったときに備えて緊急用の非常出口が存在する。黒犬の声がやんだ。部下を失った。アジトも失った。倉庫には未整理の財宝も残されている。だが、命まで失うわけにはいかない。

 レックは一心不乱に駆けた。しかし、その望みすら絶たれようとしていた。

「すみません、ちょっとお話を」

 立ち塞がるように見知らぬ男が、目指す先の出口から現れた。一見して穏和そうな、眼鏡をかけた男――曠野だ。

 背後では少女がただの一人でアジトを制圧しようとしている。が、たった一人で攻め込んでくるはずがない。逃げ場などはじめからなかったのだ。

「軍か? どういうことだ。どうやって……そうか、空間歪師か!」

「おお、よくご存じ。私じゃないですけど」

「……目的は文書だな」

 その言葉に、男は意外そうな表情を見せる。

「まさか、ただの海賊ではない……?」

 男の警戒度が上がった。これは手痛いミスだったか。だが、読みは当たった。

「目当ての品ならあっちだ。向こうの部屋にある」

 右手で指差す。初歩的な視線誘導。左手は後ろに短剣を鞘から抜く。

 投げる。容易く躱され壁に刺さる。次は右手で、距離を詰め切りかかる。これも躱され、それどころか腕を掴まれ関節を捕られる。

「ぐあっ」

 まだだ。レックは魔術を発動する。曠野の背後で壁に刺さっていた短剣が独りでに浮き上がり、半回転して再び標的の背に。しかしこれもすぐに察知され、曠野は腕を離し身を躱し、飛んできた短剣を手で掴んだ。

「やはりただの海賊ではない」

 奇襲は失敗し元の木阿弥、結果としてさらに警戒度を上げてしまう。

 強い。あの少女ほどではないかもしれない。だが、この少人数で攻め込んできているのだ。弱いはずがない。

「こっちは終わったよー」

 背後から少女の声。終わったというのは、黒犬を倒し、19人いた部下を全員捕縛し終わったということだろう。

 となれば、残るはレックだけだ。彼らが現れて数分も経っていない。あまりにも早すぎる。

「まいった。降参だ。文書は渡す。だが一つ、部下は見逃してほしい」

「それは命という意味ですか? ご心配なく。欲しいのは情報であり命ではありません」

「……俺は殺すのか?」

「その点もご心配なく。というわけで、大人しく捕まっていただけると助かるのですが」

 嘘はついていない。レックにはわかる。

 ひとまず最悪の事態は避けられた。もはや観念するしかない。


 ***


 レック・サミュエルはケスラ近郊の漁村で、漁師を営む家の一人息子として生まれた。

 幼いころから両親の手伝いに明け暮れていたが、ある日に村は魔物に襲われ壊滅する。両親も、親戚も、友人も、故郷を丸ごと失った。彼は一人になった。その逆境からレックが生き延びるには犯罪に手を染めるほかなかった。街へ出て、貧民窟の片隅で雨風を凌ぎながら、窃盗に強盗で糊口を凌ぐ。そんな生活も長くは続かず、やがて憲兵に捕まり監獄へ送られる。

 そのとき、レックは牢で同室した老人から字を教わる。そして、はじめて教養というものを知った。字を覚えた彼は貪るように本を読み、新しい世界の扉を開くが、更生には至らなかった。彼自身はともかく老人は無実の罪で投獄されていた。話を聞けばわかる。嘘はついていない。

 真面目にコツコツやったところで突発的な災難の前には一瞬で無に帰し、さらにはこうして捕まることさえある。ならば答えは簡単だ。「次はうまくやる」――そう誓った。

 監獄の窓からは海が見えた。彼は両親から「海の男」になることを望まれていた。だが、決して良い生活とはいえなかった。水平線の手前に船が見える。あの船にはどれだけの積み荷が乗っているのだろう。そう思うといてもいられなかった。

 彼は脱獄し、海賊となった。仲間を集め、金を集め、魔術駆動のガレー船を手に入れた。襲ってみてわかった。南の暗黒大陸より採掘された霊鉱を輸送していたのだ。一度船を襲うだけで仲間全員が年単位で遊んでいられるだけの財宝が手に入った。あとは足がつかないよう慎重に売りさばく。一攫千金、これほどの喜びはなかった。

 それから10年。なんの問題もなく安定した生活を送っていた。


「君の経歴はだいたいわかった。では、昨夜に起こったことを話してもらう」

 レックは取り調べを受けていた。拘束され、空間魔術で連行された先は机と椅子のみの殺風景な狭い部屋。目の前の男はサルヴァドール岡島と名乗った。

「嘘や黙秘は身のためにならないことをあらかじめ忠告しておく。こちらには拷問の専門家がいる。痛みから逃れるための自白ではなく、痛みを求め喜んで自白するようになる」

 嘘ではない。たしかに、彼にはそういう仲間がいるらしい。

「なにから話せばいい? 残念だが、俺自身もなにが起こったのか理解できてはいない」

「座礁した商船が見つかった。これは君らの仕業か?」

「そうだ」

「そのあとはどうした?」

「金目の物を奪った。違うな、あんたらの聞きたいのはそこじゃない。あれだ、なにかが空から降ってきたよ。とてつもない勢いで、雷なんざ比じゃないほどでかい音を立てて。まるで星が落ちたみたいだった。俺たちはたまたま近くにいたんだ。近く、といっても2~3kmは離れてたがね」

「で、その現場に近づいたのか」

「ああ。ただの好奇心だ。煙と熱は酷かったが、俺も多少は魔術の心得がある。丘まで登るとドデカい穴が開いてた。中になにか見えたんで入った。なにかめぼしいものはないかとテキトーに物色した、結果があれだ。くそ、まさか足跡を残してしまうドジを踏んでたとは」

「文書の中身は読んだのか?」

「読んだよ。まだ途中だったけどな。俺でもあれはかなりやばい代物だと気づいた。ちょっと遅すぎたみたいだがな」

「わかった。協力感謝する。海賊の方の罪はこちらでは管轄外だ。後日憲兵に引き渡すことになるだろう」

 レックはなにか気づいたように、ぴくりと眉を動かした。

「……こちらからも一ついいか。部下は今どうしている」

「ああ、それか。君の部下は全員殺しておいた。気の毒だが」

 嘘だ。彼は嘘をついてる。唐突な、意味のなさそうな嘘だ。

「なぜ嘘をつく」

「ん? まさにそのためだよ」

 いってる意味がわからなかった。

「そして俺を憲兵に引き渡すつもりもない。どういうことだ」

「ほう、完璧だな」

 岡島は目を輝かせる。レックにはその真意が掴めない。

「実を言うと、君の経歴については前々から知っていた。わざわざ聞いたのはただの答え合わせだ」

「知っていた、だと?」

 嘘ではない。調べた、ではなく知っていたといったのだ。彼は自分がそんな大それた人間だとは思わない。たまたま知っていた? そんな偶然があるのか?

「国内の犯罪記録はあらかじめすべて目を通してある。君は15年前に一度逮捕されているからね。それだけだ」

 事もなげにいう。これもまた嘘ではない。レックはやがて得体のしれない恐怖を覚えはじめた。

「あとは曠野からの話とも照合して、一つの仮説に思い至った。そう、君の固有魔術について」

「――!」

 ようやく、レックは先ほどの嘘の意味に気づいた。

「嘘を見抜く。それが君の固有魔術だ。さっきは反応からそれを確かめさせてもらった。部下が殺されたと聞けばふつうはもっと慌てるはずだ。嘘だと思ってもね。だが、君は嘘だということがわかっていた。曠野もいってたよ。連行するとき、やけに素直すぎたとね」

「……まいったな。誰にも話したことはなかったんだが」

「で、だ。我々は君を憲兵に引き渡すつもりはない。君のその貴重な能力をな。我々は情報機関〈風の噂〉内部犯罪調査室。君にはその新たな一員として加わってもらいたい」

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