2.

「船長、お目覚めですかい」

 松明を光源とする薄暗い洞窟。船長と呼ばれた男はハンモックから身を起こす。

 二度寝から目覚めたその男の名はレック。いかにもならず者という風貌だが、身なりはそこまで悪くない。軽く背伸びをし、顎鬚を撫でながら棚の上に並べられた昨夜の火事場泥棒の成果を眺めた。

「大したものはありやせんでしたね」

「ああ。せっかく危険を冒したというのに」

「一番いいのでこのジャケットですか?」

「そうだな。裏地に術式が組まれてある。着てみろ。結構防護性能高いぞ」

「へえ、よくわかりやせんが」

 昨夜は仕事の帰りだった。襲撃した船が座礁するというアクシデントこそあったが、そちらの戦利品の方がよほど実入りがよい。これで少なくとも数か月は確実に食うに困らない。

 要するに、偶然によって降りかかるものになど期待するなということだ。欲しいものは自分の手で掴み取るのだ。

 あのときは慌てていたのもあるし、熱くて奥まで進めなかったのもある。なにかの魔術研究施設らしいことはわかったが、暗いし散乱しているし、めぼしいものはすぐには見つからない。興奮は収まらなかったが、穴の上で見張りをしていた部下から憲兵が近づいていると知らされ、即座に退去せざるを得なかった。

 そんななか回収できたのはいくつかのラグトル鉱片とやや高価そうな衣服、そして文書。麻袋に詰めるだけ詰めてきたが、今となってはなにをそんなに必死だったのかと思う。

「あとはこの本? ですか。なんか実はものすごく価値があったりしやせん?」

「本というか、たぶん研究記録だな。読んでみるか?」

「いえ、あっしは……」

「なんだ、文字の勉強はしてないのか?」

「し、してますよ」

「してないか。ま、無理にとはいわんが、教養はつけとけ。損はしない」

 とはいえ、レック自身も昨夜は大して読みもせず放っておいたものだ。パラパラめくるかぎり内容は学術的なもののようだし、字に癖が強くて解読に時間がかかりそうだと思ったからだ。もう一度あの場所を調べに行けば他になにか見つかるかもしれない、が……。

「どうだ」

 見張りから戻ってきた部下に尋ねる。

「ダメですね。やっぱり軍が囲んでます」

「あれだけの音がしたら当然か。しかも軍が出張ってきてるってことは……やっぱなにかあったんだろうな。惜しい」

 部下には遠視の長けたものもいる。見張りをしていた彼がそうだが、いくら日中とはいえさすがに軍に気づかれない距離では穴の内部までは見通せない。

 結局、昨夜なにが起こったのかはわからないし、あの場所がなんだったのかもわからない。きっと、これからわかることもないだろう。好奇心を満たせる望みは未読の文書にのみ託されたことになる。

「しかし、軍が近くにいるってのは落ち着きませんね」

「近くって。展望台に上がればお前は見えるかもしれんけど。結構距離はあるだろ?」

「そうですが……」

「ま、いざとなりゃ逃げるくらいはできる。クルーガー、元気にしてんだろ?」

 彼らは犬を飼っている。獰猛で大型の、人の味を覚えた黒犬。ほとんど放し飼いのような状態で、魔物を狩らせて餌とすることが多いが、それでも餌代は馬鹿にならない。世話係も大変だ。だが、それだけのコストを支払う価値はある。だからこそ飼っている。

 黒犬クルーガーがいるかぎり、軍ですら不用意に近づけば死体の山が積みあがる。むろん、軍の兵士の。


 ***


 情報機関〈風の噂〉――皇都デグランディに本部を置く、軍や憲兵とは独立した第三の安全保障機関だ。

 国内外の情報を収集、分析し、対策する。比較的新しい組織で規模も練度もまだ十分とはいいがたいが、その役割は大きい。

 そのうちに内部犯罪調査室がある。その名の通り、軍、憲兵、政府、はては〈風の噂〉まで、国家機関の内部に蔓延る汚職や職権濫用、情報漏洩、敵性国からの潜入といった犯罪を摘発する。任務の性質上、あらゆる指揮系統から独立した皇王直属の組織である。

 その会議室、長机の上は膨大な数の書類で雑然としていた。

「わかった。落ち着いてくれ。順を追って?」

「軍に潜り込んでるんだ! 陸軍にも、海軍にも! 第三期生物、噴煌を利用して! 計画は300年も前からはじまってて!」

 やや太り気味の男が唾を飛ばしながら捲し立てる。岡島は困惑の表情を浮かべながらこれをなんとか宥める。

「ヌフシャペラ。落ち着け」

 資料の分析を担当していたヌフの報告は要領を得ないものだった。だが、その慌てようと断片的な情報からただ事ではないことは岡島にも察せた。

「まずは深呼吸だ。吸って、吐いて。それから水だ。落ち着いたか?」

「まあ、うん。落ち着いた、かも」

「よし、順を追って話してくれ」

「順を追ってといっても……」目線を右上に泳がせしばらく考えたあと、言葉を続ける。「文書はまず何種類かに分類しておいたよ。そのうちなにかの研究記録だか計算記録みたいなのは僕には理解不能だから保留してある。あとで専門家に見てもらって。興味深いのは日記かな。どこから読んでいいものかわからなかったけど。なにせ700年前から続いてる」

「700年? つまりそれは……」

「そ。断絶前からの記録。それも連続的な。彼が生まれたのは術現時代。アイゼルすら建国以前。生誕地はクルミアってあったけど、室長は覚えある?」

「ないな」

「日記は10歳のときから書き始めてる。それから一日も欠かさず。まめだよね。当時の日記が現在まで残ってるのは保全魔術の効果。17歳のときに師事した〈魔導師〉ドルカのもとで会得して、一年ごとに更新することでより精度を高めてる。残すこととか、永遠とか、そういったものへの強い執着はこのころから顕著に見られて――」

「あー、すまない。彼というのは、創死者デュメジルのことでいいんだな?」

「そう! デュメジル! あの彼! 皇国の記録では300年前に突如現れ猛威を振るい、いつの間にか姿を消した彼だよ!」

「そのあたりから頼む。彼は300年前に奪ったラグトル純結晶をどうした?」

「心臓に組み込んだみたい。より不死の精度を高めるために。彼の不死性はそのときまで肉体の部品交換を繰り返すによって実現されていたけど、そのときはじめて同一での肉体による不死を手に入れる」

「だが死んだ」

「まあね。当時の日記からは彼の興奮が伝わってくるけど、ほどなくして不死はまだ完全ではないことに気づきはじめる。老いや病からは解放され、たぶんホントなにされてもまず死なないだろっていう不死性は手に入れてたんだけど、完全ではない」

「彼の研究というのは、つまり完全なる不死?」

「それ以上だね。不死は結果としておまけについてくるってレベル」ヌフは一度呼吸を落ち着け、脂汗を拭いた。「ラグトルの全的支配。それが彼の目的」

「なに?」

 岡島は耳を疑う。ヌフは気にする様子もなく早口に続けた。

「まだ全部読めてるわけじゃないんだ。特に星振歴1300~1400年あたり。わかる? キールニールの時代! やっぱ名前のとこ黒塗りになってんだよね。でも文脈から間違いなく彼! せっかくの保全魔術だったのにイニアの断絶はどうしようもなかったっぽい。デュメジルもそのことは悔しがってる。でさー、キールニールからの逃亡劇がさー、手に汗握っちゃって! 脚色なしのただの日記なのに!」

「うーむ、そのへんはあとでな……」興味がないわけではないが、黙って聞いていてはいつまでも終わりそうになかった。「ところで、さっき軍に潜り込んでるとかなんとか」

「あ、それね。それについてはまず話すことがあって、計画そのものは300年前、星振歴1502年にラグトル純結晶を奪ったあたりから構想がはじまってて、いやもっと前かな。キールニールに煮え湯を飲まされてたから。それで、より強い生物、それでいて自らに忠実な下僕、手足となる存在を求めた。うーん、これの構想自体は魔界に下ったあたりからあったかな」

「第三期生物」

「そう! あれ、なんで知ってるの」

「さきほど口走っていた単語を拾っただけだ。それで、そいつはなんだ?」

「新々成生物――彼は第三期生物と名づけた。噴煌に乗じて生み出した。あるいは被造物クリーチャーとも。後期はこっちで呼ぶことのが多いね」

「魔獣とは違うのか?」

「んー、ぶっちゃけ似たようなものかも。当時は魔獣とか魔術生体を生み出す技術ってなかったし。でもまあ、明らかに違う点もある。それは成長し、知性を有する。彼自身と同じく高い不死性を有する。噴煌の莫大なエネルギーを利用して生成された人型の魔獣。人間をもとにその様々な不合理を解消し完全なものとしてデザインし直した生物。そんなとこかな」

「なるほど。脅威だな」

「彼が生み出した被造物クリーチャーは7体。いずれも優れた固有魔術を有して基礎能力も極めて高い。個々の戦闘技能は騎士すら超えると彼は評価している、えーっと、それから、なんだっけ?」

「軍に潜入しているというのはそいつらか?」

「……資料読んだ?」ヌフは訝しげに顔をしかめる。

「話の流れから」

「ま、そゆことなんだけど、そのへんはなんか抜けててね。資料が。損傷して微妙に読めなかったり、他にも抜けてるのいろいろあるけど、このあたりはごっそり。ざっと見た感じここ50年分くらいはまるごと抜けてる。未整理の資料もまだ多いけどね」

「おそらく、奪われた文書がそれだろう」

「え? 奪われてるの? 取り返してよ」

「そのつもりだ。だが……、そうだ、日記には彼と敵対する勢力に関して記されてはいなかったか?」

「なにそれ。いずれ敵対するであろう勢力として警戒してるみたいなのならあるけど。皇国とか」

「我々もまったく知らない組織の名、というようなものは?」

「うーん、なにかあったかな。そうだ、600年前くらいに……」

「最近で頼む」

「でも最近のはないから」

「彼は誰にも知られずひっそりと暮らしていた?」

「そだね」

「現在までその生活は変わっていない?」

「そじゃない?」

「となると……考えられるのは裏切り者、被造物クリーチャーの離反か」

「なんの話?」

「研究施設の破壊が、なにものかによる攻撃と仮定した場合の話だ」

「え? 破壊されたの? そんなん書いてなかったけど」

「というか聞いてなかったのか? レグナか曠野あらのに」

「聞いた気がする」

「とにかく、破壊の直後にいくらかの文書が回収されている。なにか現在進行している犯罪の重大な証拠が奪われた可能性がある。だが、その正体が掴めない」

「えっと、そこまでわかってるってことは痕跡は残ってるんだよね。曠野の追跡魔術で一発じゃない?」

「逆走魔術を警戒している」

「いやいや、早くしないとどんどん逃げちゃうよ。痕跡残してる時点で大したやつじゃないって。施設破壊したやつとはたぶん関係ないよ。だってあそこ、もう100年以上もガチガチの障壁で守り固めてて……え、そんなんどうやって壊したの」

「それも調査中だ。巨大な鉄の塊が落とされたらしい、ということしかわかってない。で、なにをいおうとしていたんだ」

「そうそう、もしそんなんを壊せるなんてのがいたら、彼、創死者デュメジル以上にとんでもないやつってこと! だとするとさ、証拠を隠滅するのももっと大規模にスマートにやるんじゃないかってこと。それがこんだけ大量の文書残してさ、一部だけこっそり持ってくってなんかおかしいでしょ。しょぼすぎ。たぶんそれ、破壊したのとは無関係だよ。火事場泥棒かなにかじゃない?」

「……その線は考えてなかったな」

 ヌフの意見はかなり筋が通っている。反論はすぐには浮かばない。むろん、確定というわけではないが、なんらかの当たりをつけて捜査を急ぐ必要があるのも確かだ。

「レグナ。リミヤを呼び戻せ」

「彼女は軍との合同訓練に参加している最中だったと思いますが」

「中止だ。彼女の力が必要になる」

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