1.

 明朝。

 メフィ州竜口湾沿岸。

 現場を訪れた憲兵たちは困惑に包まれていた。

 人知れない海辺の小高い丘。周囲にはかなり広い範囲で岩や融けた鉄の破片、あるいは破片と呼ぶには大きすぎるものまでが放射状に散らばり、丘に穿たれた大穴を中心にしていることが見て取れた。穴からは今もなお上昇気流を生じて煙が吹き出ている。昨夜になにか巨大な物体が丘に衝突したのだろう、というのはすぐに推察できた。それらしい光を目にし、音を聞いたというものもいる。それも、12kmも離れた町からだ。

 現場からは濃い魔素も検出されている。これは衝突によって生じたものというよりは、衝突の結果漏れたものである可能性が高いと判断された。というのも、大穴の下に広がっている空間がそれを物語っていたからだ。

 そこには得体のしれない居住空間があった。昨夜の衝突の余熱か、冬だというのにまだ仄かに暖かい。息苦しいほどに埃も舞っていた。内部は様々な物品が乱雑に散らかっている。破損した魔術器具の数々や、大量の文書。机や箪笥だったであろう家具。衣服や魔具。遠距離霊信装置だったと思しき残骸。壁や床に様々な術式の痕跡も見られる。さらにそこら中に散らばるラグトル鉱片。全体は五階層からなる広い空間であり、最下層に見える鉄の塊によって貫通され、大きな吹き抜けが形成されていた。

 なにものかの隠れ家か。散らばっている物品の数々がただの個人ではないことを示していた。素人目にもかなりの規模の魔術研究施設であることはわかる。あるいは、国家規模のものに匹敵するほどの。だが、少なくとも皇国はこのような施設を認知していない。

 彼らは現場を荒らさないよう慎重に階を下っていく。階段はもはや崩れ使い物にならないため、吹き抜けにロープを垂らしながら。

 そして最下層。鉄の塊が貫くその場所に足を踏み入れた彼らは、〈風の噂〉への連絡を決めた。


「〈風の噂〉内部犯罪調査室のサルヴァドール岡島です」

 なにもない空間が突如縦に引き裂かれ、横に開かれる。そこから男がひょっこりと顔を出す。岡島と名乗ったのは三十代後半から四十代前半ほどの男だ。続いて出てきた眼鏡の男はその部下、曠野あらの。最後に出てきた若い男は空間歪師のレグナだ。

 連絡からわずかな時差もなく現場へ到達したその移動手段は彼、レグナの固有魔術による。任意の空間同士を接続する魔術である。列車移動よりはるかに融通が利き、はるかに速い。皇国内でも極めて希少なその術者を保有するというだけで、内部犯罪調査室という組織の強度が伺い知れた。

「はじめまして。スコット・リードマン少尉。現場指揮はあなたが?」

「え? あ、はい」困惑しつつも肯定し、言葉を足す。「あの……なぜ私の名を?」

「ああ、書類を見ただけだよ。ここからは我々が引き継ぐが、状況は?」

「見たままとしか。ただ、あなた方を呼んだ理由は下です。案内します」

 連れられ、岡島は最下層へ降りた。それは目を見張る光景だった。

「まさか」

 損傷は激しいが、部屋中に描かれた術式は違法出力のラグトル演算装置のものだった。中央に直径2mほどの鉄の塊が突き刺さり、瓦礫も散乱してはいるが、判断材料はそこかしこに見られる。演算装置の重要な構成要素である鍾柱の跡も9本はあった。これほどの出力は兵器製造などの転用危険性から皇国の管理下でなくては製造も保有も使用も禁じられている。そもそも、国家規模の事業でなければ製造などできるはずもない代物だ。

「なるほど、我々が呼ばれたのはそういうことか」

 つまり、国家規模の犯罪が関与している可能性がある。由々しき事態だ。どのような企てがあったかは定かでないが、結果としてこの鉄の塊によって文字通り粉々に砕かれたとみてよいだろう。

「散らばっていた文書については?」

「まだ手をつけていません。現場の保全を優先しました」

 岡島は脳内から心当たりを探したが、いまのところかすりもしない。まずは現場の視察から。あまりに膨大な未知。慎重に丁寧に検証すべきだが、大規模な犯罪の証拠であるなら迅速な対応が要求される。

「室長、こちらを」

 吹き抜け越しに上階から曠野あらのに声をかけられる。岡島はロープを伝って曠野のもとまで登った。

「足跡です。憲兵のものではありません。物色された跡もあります」

「物色された……?」

 そうはいっても、この散乱ぶりだ。岡島には一目でそれがどこを指すのかわからなかった。曠野から詳しく聞くことでようやく理解が追いついた。

「共感追跡できるか?」

「可能です。23時間以内のものですから。しかし……」

「逆走魔術による反撃の危険性がある、か」

「おそらく。それでも一瞬でしたら居場所の特定は可能ではあると思います。相手術者の腕によりますが」

「まだ待て。それは最後の手段にしよう」

 衝突は今から約6時間前。深夜だ。そのとき雷のような光と音、わずかな揺れを感じたという証言は憲兵からも得られている。魔術障壁が作動する際の独特の境鳴音を耳にしたというものもいた。

 その段階でまず、一個分隊が偵察に向かっている。近づくにつれ夜闇の薄暗さと土煙で視界は最悪であり、さらにはかなり熱がこもっていたという。

「結局、どこまで近づいたんだ?」その当事者も現場にいたので尋ねてみる。

「穴までですね。穴の手前です。覗き込んで、中になにかあるのまではわかったんですが、降りる手段がなかったので」

「そのとき人影は見なかったか?」

「うーん、なにぶん暗くて。土煙もひどかったんですよ」

「現場に到着したのはいつごろだ?」

「途中までは馬で駆けてたんですが、降りてからはおっかなびっくりでしたから……そろそろ夜も明けそうな頃合いでしたかね」

 話をまとめると、衝突から彼らの現場到着まで約2時間。侵入者がいたとしたらその間になる。憲兵の対応は迅速なものだったとはいいがたいが、それ以上の早さで現場へ侵入したということはこの事態をあらかじめ知っており、近くで待機していた可能性が高い。

「ありがとう。あとの現場検証は我々が行う」再び曠野と現場を見て回る。散乱している物品としては、とにかく書類が目につく。この施設の実態を探るうえで重要な資料となるだろう。

「ところで、火災はなかったのか? 燃えやすいものも多そうだが」

「全階層に耐火術式が組まれています。大部分が消し飛んでいますが。紙自体も耐火性のパトラ紙が用いられてますね。ふつうはここまで徹底しないものなんですが……。ここ、かなり高度で大規模な魔術工房ですよ」

「衝突そのものも障壁によってかなり威力が和らげられた、とみるべきか。これほどの施設だ、相応の防護を固めていたのだろう」

 想定されるシナリオは、〈風の噂〉ですらまったく認知しない二つの勢力同士の抗争。それも両者とも国家規模。秘密裏に軍施設並みの魔術工房を保有するものと、それを破壊するもの。

 さすがの岡島からも冷汗が滲み出る。

「現場を物色した犯人はこの攻撃を行ったものと同一の勢力、ということになるか?」

 岡島のぼやきに曠野が反論する。

「待ってください。まだ人為的なものとは決まっていません」

「これは明らかにこの施設に対する攻撃だ。それとも、自然災害がたまたまここに直撃したと?」

「魔術災害、あるいは事故かもしれません」

「うーむ」

 岡島も自分の頭が混乱していることを自覚した。こんな経験ははじめてだ。あらゆる文献や記録の知識を遡っても類例は思い至らない。

「そういえば出入り口が見当たらないな。我々は穴から降りてきたが」

「空間転移に頼っていたのかもしれません。滅多に外へ出ない場合に限られますが。閉鎖性の非常に高い施設です」

「そのわりには死体がないな。その滅多にない不在時だったのか?」

「死ななかったのかもしれません」

「……冗談ではなく?」

「この施設には生活用品がなさすぎるんです。せいぜい衣服くらいなもので、食器や食糧、寝具、トイレすらない」

「生活空間はまた別にあるということか」

「かもしれません」

「衝突は深夜だった。この施設の使用者は生活空間に戻り、就寝していた。轟音で目覚めると施設が攻撃――とかかぎらないのだったか、とにかくなにかが起きていた。慌てて施設の様子を見に来た。足跡もそのときのもので、持ち出したのはなにか重要な証拠……」

「ひとまず筋は通っているように思えます」

「いや、おかしい。生活空間をこことは別に用意する場合、少なくとも一日一回以上障壁を解除する必要がある。それでは十分な隠匿性が保持できない」

「障壁を二重に用意すればカバーできます」

「そうなるとコストの問題になるな」

「……たしかに、考えづらいですね。ここまで生活用品を隔絶するからには実際の往復は一日一回では済まないでしょうし」

「逆かもしれん。滅多に使わない施設、あるいは用済みになり放棄した施設」

「どうでしょう。これほどの施設を放棄するとはとても……」

「わからんな。議論だけしていても埒が明かん。一つ一つこなしていこう。文書の整理と分析はヌフシャペラに回せ。最下層にある鉄の塊も撤去する。なにか下敷きになっているかもしれん。足跡の追跡も急ぐ必要があるが、まずはここからだ。なにをしていた施設なのかを知らなければならない」

「鉄の塊の撤去先は?」

「試料分析も必要になる。ホーキンス大学でいいだろう。ラグトル学の権威であるジェローム教授にも話を聞きたい。こちら側の転移術式は曠野で用意してくれ。よし、今から話をつけに行くぞ。レグナ」

「はい」

 レグナは背中から大鋏を取り出し、空間を縦に切り裂いた。「後を頼む」岡島は曠野に声をかけ、向こう側へ消えていった。


 ***


「は? 違法出力のラグトル演算装置?」

 朝早くからの連絡なしでの突然の来客。ジェローム教授は眉をしかめたが、岡島の口から出た言葉には耳を貸さずにはいられなかった。

「待て待て。それだとうちの大学のよりも高性能じゃないか。少なくとも9本の鍾柱だと? 下手すると出力は2万9000Ubwを超えるんじゃないか? だとすると、アッタンのものと同規模だぞ」

「はい。そういうわけで教授には捜査協力を」

 教授は頭を抱えた。よくもまあこの男は唐突にこんな話を持ち込んでくる。

「わかった。応じる。が、くそ、一気に目が覚めたな。嘘ではないんだな?」

「もちろん。まず手始めに地下倉庫をお借りします。空いてるのがありますよね」

「ん? 空いてるが来月から――」

 どぉん、と鈍い音が響き教授の話を遮った。

「届いたようですね。事務に話は通してありますので、空間転移の術式を組ませていただきました。来月からの実験計画はキャンセルになります。ただ、代わりといってはなんですが来年度の研究予算は大幅な増額を約束します」

「お前」

「失礼します。緊急を要するので。感謝に堪えません」

 ノック。レグナだ。同様に空間を裂き、岡島は現場へ戻っていった。


 ***


「ただいま」

「おかえり。早かったですね」

「ああ。教授は話が早くて助かる。ところで……」

 すぐに最下層へ。鉄の塊は空間転移によって撤去され、その下には大きな窪みと、原形を留めない二つの死体があった。

「身元は確認できるか?」

「きびしいですね。男か女かもわからない。人間らしい、というのがギリギリ」

「なにかあるな。宝石……いや、ラグトル結晶か」

「はい。それもかなり高純度な。砕けてしまっていますが」

「位置からすると、死体の心臓部に埋め込まれていたのか……?」

「それだけでなく全身に術式の痕跡も見られます。かなり高位の魔術師のようです。この施設の所有者とみて間違いないでしょう」

 岡島は脳内で記録を遡る。ようやく心当たりに思い至った。

「ラグトル結晶の組成分析を。結果を見れば確信できる」

「確信、というのは?」

「その男は……〈創死者〉だ」

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