創死者の潰えた夢

饗庭淵

序.

 巨大な質量が天を貫く。

 主成は鉄。直径7m。重量1400t。秒速9km。

 地に向かい一直線に、夜の闇を裂くように炎の尾を靡かせながら、それは海辺の丘に勢いよく突き刺さった。

 七重の魔術障壁がそれを阻む。対熱・対圧・対衝撃・対魔術・対認知。およそ考えうるかぎりの砲撃に耐え、いかなる魔術攻撃も弾き返し、存在秘匿としても機能する。多数のラグトル鉱片と有能な術者によってはじめて構築が可能になる最高水準の魔術防壁である。

 複層術式の防護作用が青白い火花を散らす。その効用は物体の減速と熱衝撃の放散。緊急時即応反応により防護機能はさらに増幅される。しかしその障壁も、大気圏外より加速した大質量による運動エネルギーを前に、一枚一枚、無力にも剥がされていく。

 激しい震動、轟音、熱、光。時間にして数秒に満たない拮抗は崩れ、鉄塊の身はいくらか砕かれ破片と散るも、結果その丘に大穴を穿つこととなる。


 ***


「なんだあ?」

 夜に一筋の切れ込みと、眩い閃光。星が落ちたかに見紛う瞬き。一部始終を見ていた男たちは、続くけたたましい轟音と大地の揺れに姿勢を崩し、地に伏した。本能的に身を屈め、目を塞ぎ耳を覆い頭部を守った。岩の破片がここまで飛び散ってきている。揺れが収まっているのに気づき、立ち上がり物陰まで後退する。まだ震えているのは己が身か。破片の雨はしばらく続いた。リーダー格の男は魔術を発動し障壁の傘で仲間たちを覆った。ひとまずこれで身を守ることはできる。彼らが落ち着きと言葉を取り戻すには数分を要した。

「なんですかね」

「わからん」

 わかるのは、なにかが降ってきたということだ。信じがたいほどの速度で、信じがたいほど天高くから。

 投石器や砲撃だろうか。ありえない。あれほど高く飛ばせるものも、あれほどの威力のあるものも彼は知らない。魔術を用いたところでそれは同じだ。雷を連想したが、そんなものより何倍も恐ろしい。なにか途方もない出来事が起こったのは確かだ。

「様子を見にいこう」

「その……やめたほうがよいのでは。絶対にやばいですって」

 危険を知らせる信号が脳内で鳴り止まない。同時に強い好奇心も刺激される。心臓が荒れ狂う。どうすべきか。

 彼は顎鬚を撫でる。なにか悪意のあるものの仕業なら、同じように着弾地点の様子を見に来るだろう。そこで鉢合わせになる危険性もある。そうなった場合、こちらに害意がなかったとしても、あれだけのことをしでかす存在だ。なにをされるかわかったものではない。

 というよりそれ以前に、近づくだけで危険な状態にあるのかもしれない。たとえば、噴煌災害はその発生直後あまりに濃い魔素のため耐性のないものはそれだけで危険だと聞いたことがある。似たようなことが起きているかもしれない。それはある程度近づいてみればわかるだろう。危険を察知すれば引き返せばよいのだ。

 なにはともあれ、なにが起こったのか。それだけは知りたい。

 我々の棲家もそう遠くはない位置にあるのだ。

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