第三章 光の照らすもの-9

 サイラスたちの後ろにいたシトリーとクリネは、いち早くその異常な物音に気付いたようだった。

「シトリーさん、この音…。」

「えぇ、挟み撃ち、ですか。」

「なんとも、古典的な手を使うものですね。」

 マツィデが大仰に手を広げる。

「古典的。カチカチ、良いじゃないですか。それだけ有効な、カチ、手なんですよ。」

「ふざけたことを…。」

 槍を手に、サイラスが睨むが、こうして挑発を繰り返すうちにも物音は近づき、濃厚な殺気が匂ってくる。

 立ち位置から、自然、シトリーとクリネが背後の廊下を抑える形になった。僕らはあっちを、短く言い残して二人は音のする廊下へ身を躍らせ、部屋にはシュリとサイラス、そしてマツィデと三人の盗賊が残された。

 さぁ、始めましょう、と言ってマツィデが剣を抜く。それが合図のように、そばにいた三人の盗賊もいっせいに獲物を抜いた。緩やかに弧を描く、曲刀だった。

「この三人は、外にいたやつらとは、カチ、違います。手練れですよ。」

 それはどうだか、とつぶやいてサイラスが向き合う。その横でシュリは短刀に手をかけマツィデを睨んだ。

 それからは、凄惨な切りあいだった。三人の盗賊は、まっすぐにサイラスを狙って走り寄り、曲刀を振りかぶる。襲ってきた剣をかいくぐりながら、サイラスは全身に総毛立つのを感じた。この三人は、なるほどマツィデの言の通り、単なるごろつきではないらしい。戦いが始まるや、緩んだ笑顔をかき消し、右へ左へと剣を繰り出す盗賊らには狼の機敏さがあった。サイラスは、器用にくるくると槍を取り回し、何とかその攻撃をしのいでいたが、次第に押され始めていた。

 盗賊の三人は、先ほどのにやにやとした顔が嘘のように無言だった。一人が右から剣を振り、わずかに間をおいて入れ替わるように、もう一人が逆から攻め立てる。そして、残りの一人はいつでもカバーに入れるよう少し距離を置きながら隙を見て攻めて来るのだった。

 ―こいつはまずい。なら…

 なりふり構っていられないな、と心の中で毒づくと、右側の盗賊が剣を振りかぶったのに合わせ、す、とひざを折りしゃがみこんだ。ずっと打ち合いを続けていた盗賊は思わず剣を空振りし、わずかにつんのめる。すぐ左側の盗賊が前に躍り出るが、サイラスは槍の石突をそばの椅子に引っ掛け、思いっきり盗賊たちに振りぬいた。飛んできた椅子に、前面の二人の盗賊がわずかに動きを止めてたじろぎ、後ろの一人がたたらを踏んだ。そこにできた、一髪の隙を、見逃さなかった。サイラスはしゃがみこんだまま槍をくる、と回すと一人の盗賊の足を切り裂いた。風を切る槍さばきだった。しゃがんだ体勢からだったためか、傷は浅かったが、相手がひるんだ隙にサイラスはすっと立ち上がり、ふっ、と小さく気合を込めると、槍を回した勢いのまま小手を打った。剣を持つ手が、ぼと、と鈍い音を立てて落ちる。血が飛び散る。

 うぅっ、と絞り出すような苦痛が響く。そのままその盗賊は手を押さえて倒れ、それを見たサイラスは、まだやるか、と声を上げたが、残りの二人は無情なほどに一瞥もせず、猛然と切りかかってきた。そのあたりが、単なるごろつきとは違う不気味さだった。

 ―ひどい喧嘩屋だ。

 サイラスも槍を合わせ防ぐが、盗賊たちの動きは、仲間の血を浴びてより冴えたようだった。動きに一切の容赦がなくなり、ただただ相手を殺すための殺意の塊となって、急所を打った。餓狼のような剣だった。サイラスは、改めて二人の盗賊と向き合った。槍を中段に構え、穂先は柔らかく二人の間を指している。そうして、ひとつ、ふたつ、相手の呼吸を伺った。幾拍か間がある。と、一人の盗賊が焦れたように足を送り、上段に剣を振りかぶってすさまじい速度で切り込んだ。サイラスは、滑るように前へ出ると、勢いが乗り切る前に、相手の剣に柄を打ち付け、はじき上げる。続けて襲い来るもう一人へ穂先を叩きつけると、するすると距離を詰め、続けざまに激しい打ち込みを繰り出した。嵐を思わせる、暴力の塊だった。霰のように襲い来る穂先と石突に、盗賊たちは次第に圧倒され始める。何度目かの打ち合いの末、ついに石突が一人の盗賊をとらえた。相手に苦悶の表情が走る。その隙を見逃さず、ヒュ、と音をさせて槍が躍る。深く胸をえぐられた盗賊が、崩れ落ちた。サイラスは、倒れる相手に一瞥もくれず、残る一人に迫る。これまでに繰り広げた濃密な切りあいの中で、手足は鉛をまいたように重く目がくらむ。戦いの熱で気づいていないが、体はあちこち浅い切り傷を刻み、衣服はぼろのように垂れ下がっていた。しかし、同時に戦いの中で研ぎ澄まされた神経は鋭さを増し、目はまっすぐ相手を見据えている。獣のような気合が響き、苛烈な突きが放たれた。気迫に押されたのか、相手の受けがわずかに遅れる。サイラスの穂先はまっすぐに敵の胸を貫いた。


 部屋の中では、もう一つの激戦が繰り広げられていた。シュリは短刀を胸の前に構える。マツィデは、剣を持った手をぶらりと下げたまま、するすると距離を詰めてきた。その表情は、薄ら笑いを張り付けたまま、シュリを見据えている。そして、十歩ほどの距離になったとき、ぐ、とマツィデの姿が縮み、乱暴な速さを持ってシュリを切りつけた。すっと足を送って一髪の差で刃を交わすと、シュリの短刀がマツィデを襲う。マツィデは勢いのまま走り抜け、担当の一撃を躱した。振り返り、あり変わらずの薄ら笑いでシュリを見ると、乱暴に言い放った。

「ほぉ、なかなか。では、これはどうかな?」

“ミル”

 シュリに向けられたマツィデの手に、青白い光が集まる。それを見るや、シュリは言いようのない危機感を感じ、とっさに短刀へ魔法を込めた。

“ヨルスク”

 マツィデの手から、音を置き去りにする、高圧の水柱が放たれた。砂漠に似つかわしくない魔法だった。シュリはとっさに短刀を叩きつけた。何とか魔法が間に合い、緑の光をまとった短刀は、水柱をはじき散らした。ヨルスク。武器や防具に魔法をまとわせ、その頑丈さ、防御能力を上げる魔法だった。

「魔法か。ヒトの身でなかなか面白い。だが、どれだけしのげるか。」

 シュリが使った魔法に、マツィデはわずかにうろたえて見せたが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。

“ミルーリ”

 マツィデの手の先に、一抱えもある水球があらわれる。それはどんどんと成長し、ヒトの二、三人くらいはゆうに飲み込めるサイズになった。大質量を持った水の塊が、まっすぐシュリに放たれる。辺りの空間すら飲み込むようなうなりを上げる塊に、シュリは怖じず片足を引いて力を籠めると、歯を食いしばり、短刀を振りぬいた。刃が水球に触れた瞬間、ぱっと音が響き水球がはじけた。しかし、はじけ散った水滴は消えることなく、カーテンのようにシュリを覆った。視界が、奪われる。

 ―しまった。

 水のカーテンに紛れ、一閃の刃が迫る。とっさに身をよじって躱すが、肩に灼けるような痛みが走った。そのまま、マツィデは、たたっ、と走って距離をとる。

 ―…やられた。

 肩に手をやると、ぬるりとした血が触れた。苦痛に、顔がゆがむ。魔法で治療をしようと力を籠めるが、マツィデがそれを許すはずもなく、すぐ水の奔流が押し寄せた。そして、マツィデ自身も飛び掛かり、壮絶な切りあいになった。シュリも何とか刃を合わせて防いではいるが、脂汗が噴き出しているさまは、あまり余裕がないこと如実に語っていた。

 マツィデは、手負いの相手などすぐに圧倒できると思っていた。しかし、しばらく打ち合ううちに妙なことに気付いた。シュリは、確かに打ち合う力こそ弱くなっているが、切りあいが始まったその場から一歩も引いてはいなかった。それどころか、柳に風を吹き付けるように、すべてがのらりくらりと躱され、今一つ攻めている感覚がない。

 ―なんだ。何を企んでいる。

 戦士としての直感が警鐘を鳴らした。だが、少し遅かった。シュリの持つ短刀が、たっぷりと持ち主の魔力を吸い、深紅に輝いていた。

“ドラスク”

 光。あるいは熱が通り抜けた。シュリの姿が一瞬ぶれたかと思うと、感覚を超える速さで刃が振りぬかれた。わき腹から肩までたっぷりと切り裂かれ、マツィデは仰向けに、はじかれたように倒れた。おびただしい血が溜まりを作る。ドラスク、刃に熱をまとわせ、その切れ味と威力を増す、シュリのとっておきの魔法だった。

 戦いが終わり、シュリは膝をついて喘いだ。負った傷と疲れに、口がからからに乾く。しばらくは動けそうにない。ふと横を見やると、同じように力なく座り込むサイラスと目が合った。互いのぼろのような姿に、笑みがこぼれた。安堵で身が包まれた。

 だからだろう、その奥で、倒れたはずのマツィデが最後の力を振り絞り、道連れにすべくシュリに魔法を向けるのに気づかなかった。気が緩んだと後悔したが、遅かった。血だまりの中で、マツィデの手に青い光が満ち、今まさに弾けんとしていた。シュリは、とっさに目をつむる。

“ルドラ”

 しかし、一向に水流が押し寄せる気配はない。恐る恐る目を開けると、大量の土くれに押しつぶされ、今度こそ本当にこと切れているマツィデが視界に入った。振り返ると、部屋の入口に、後続の敵を片付けたシトリーがほっとした表情で立っていた。

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