第三章 光の照らすもの-8
それからシトリーたちは、サイラスを交えて四人で遺跡へ向かった。砂のレンガで作られたその遺跡は、砂漠を煮詰めたような象牙色をしている。遠くからは砂の海に埋もれてわからなかったが、近づくにつれてその威容を露にした。四角形を重ねて作られた凸型の建物に、華美に過ぎない程度の装飾が施されている。以前は宗教施設だったと聞かされていたが、女神か天使のような像が壁に彫り込まれていた。辺りには、はるか昔の住居の残骸が、わずかに基礎を残している。しかし、その遺跡だけは、特別手をかけて作られたのだろう、時間に取り残されたかのように在りし日の重厚なつくりを残していた。四人は、残骸に身を隠しながら様子をうかがっている。
「あれがクリストラルの遺跡だ。・・・と、こっちは遺跡の正面側なんだが、あれを見てください。」
指さす方向を見て、シトリーが声をあげる
「ずいぶん立派な入口ですね。でも…閉じられてる?」
「あぁ、あいつらも馬鹿じゃない。こんなに目立つ大きな入り口は閉じてしまって、裏口を使っているようです。さ、こっちから裏のほうに回ってみましょう。」
四人が裏手に回ってみると、小さな入口に二人の見張りが立っている。
「あれだ。見張りが立ってら。」
瓦礫の陰から覗くサイラスに、クリネが並ぶ。
「本当。だけど、どうするんですか?何か忍び込む方法のあてでもあるんですか?」
二人の後ろで、シトリーとシュリも首をかしげている。
「忍び込む?まさかぁ。こんな砂漠じゃ隠れて近づくのも無理でさぁ。正面から、堂々とだ。本来、あそこの盗賊たちはそこまで強くない。俺達なら、問題ないはずです。」
「でも、昨日の見張りは一突きだと聞きましたが?」
楽観的なサイラスの言葉に、シュリが疑問を投げかける。
「それなんですよ。どうにも、一人二人、手練れがいるのかもしれませんね。気を付けて行きましょうや。ささ、準備はいいですか?」
場数ゆえか、サイラスは実に落ち着いている。シトリーたちも、その気に充てられてか、緊張無く獲物を抜いた。それを確認して、サイラスが歩き始める。その手には一振りの武骨な槍が握られていた。
「ん?お、おい、お前ら!一体何もんだ。」
堂々と近づくシトリーたちに、一瞬あっけにとられた見張りが声をあげた。サイラスは構わず近づきながら続ける。
「おいおい、怒鳴ることはないだろう?あんまり暑いんでな、ちょっと中で一休みさせてくれないか?」
「ふざけんな!そんな物騒なもの握って一休みもクソもあるか!おいやろうどm」
風が通るように、穂先が回り、言葉途中で二人の見張りは倒れ伏した。
「だから、がなるなって。ただでさえ熱いんだから。さぁ、三人とも。行きましょうや。外は暑くて敵わない。」
「え?あ、あぁ。待ってください!ほら、シトリーさんも姉さんも!」
そう言って、何事もなかったかのようにサイラスは歩き出す。あっけにとられていた三人もあわてて後を追った。
遺跡の中は、外の砂漠が嘘のようにひんやりとしている。レンガで作られた遺跡は、ところどころ欠けたり崩れたりしているが、それでも十分、建物として機能しているようだった。裏口から入ると、左右に小部屋のある、細く入り組んだ廊下が続いていた。
「どうやらこの辺りは、昔から紛争が絶えなかったようで。この遺跡も、有事の際には戦闘拠点として使うことも想定したようです。だからこんな、入り組んだつくりなんでしょう。俺も、この中はどうなっているかよく知りません。とりあえず、進んでみましょうや。」
奥へと続く道程を、四人で進む。途中には見張りらしき盗賊の姿もあったが、みな声もたてず倒れた。サイラスの楽観的な意見の通り、四人の相手になるような盗賊はいなかったのだ。しばらく歩くと、廊下の正面に大きな部屋があらわれた。食堂のようだった。
サイラスは廊下の角からそっと食堂のほうを伺う。シトリーも、そのそばに身を寄せた。
「どうやら廊下はここまでのようですぜ。だが、妙だな。盗賊の数が少ない。中には、多少声を上げたやつもいたってのに、あんまり騒ぎにならなかった。どう思いますか、だんな。」
「そうですね…もしかしたら、あえて僕たちを奥へと誘っているのかも。」
「罠…ってことですか。」
「かもしれませんね。」
「二人とも、罠かもしれないってのにずいぶんのんきですね。」
呆れたようにクリネがつぶやく。が、その眼はじっと食堂のほうを睨んでいる。手はそっと刀に添えられ、いつでも刃が滑り出る体勢だ。後ろでシュリも短刀に手を添え、攻撃に備える。そしてシュリの刺すような視線も、油断なく食堂のほう、正確にはそこにいる、盗賊の中心人物と思しき人物へと注がれていた。
軽口をたたきながらも、シトリーとサイラスもとっくに、戦いへと備える顔になっていた。
「まぁまぁ、罠でもなんでも、どうやらここが正念場のようで。だが、あの人影・・・ありゃぁ、人間じゃねぇな。」
「えぇ、そのようですね。あのアクマは今までにも?」
シトリーたちが覗く先には、三人の盗賊たちとともにテーブルに着く異形の姿があった。
一見ヒトのような姿に見えるが、衣服から除く肢体には一面深い緑色の羽毛が生えている。そして、顔にはくすんだ黄色の、斧のような嘴が見えた。会話の度に、カチカチと
不気味な音を立てている。
「あんなのは、今までいなかった。どうやら、この盗賊たちもアクマに牛耳られたみたいだな。もしかしたら、うちの連中をやったのもあいつかもしれねぇ。」
「では、少し話を聞いてみましょうか。」
そういって、クリネがそっと鯉口を切ると、
―カチカチ、そうだな。そろそろ入ってきたらどうだ―
部屋の中から声が響いた。四人の間に、一瞬粘りつくような緊張が走る。
「…ご指名の様でさぁ。」
「そうね、期待を裏切っては悪いわ。いきましょう。」
そう言ってシュリとサイラスを先頭に部屋へと入る。後ろに続くクリネとシトリーは、部屋に入ると同時にいつでも武器を抜ける体勢で左右を睨む。盗賊たちがこちらを向いて敵意をむき出しにしている。
「こんなとこまでずいぶん静かに、カチカチ、入ってきたな。一応聞くが、ほかの連中はどうした。」
「おたくの連中かい?あれならかかしでも立ててたほうが良かったんじゃねぇか。あんまり静かなもんで、罠かと思ったぜ。」
「野郎・・・。」
盗賊たちの怒気が一気に燃え上がるのを感じる。
「うちの連中もやられたんだ。昨日の夜な。おあいこだよ。」
言葉尻こそ冗談めかしているが、その声は鋭い。
「あぁ、あいつらか。カチカチ、それなら私がやったよ。ただの商人くずれにしてはできるようだったが、あれならかかしを立てていても、同じだったんじゃないのか?」
緑のアクマが立ち上がり、大仰に手を広げて答えた。
「そうか。荷物も?」
「あぁ、俺たちがいただいたよ。布教にも金が必要なんだ。」
「へへっ何が布教だよ。俺たちのやることなんて変わらねぇじゃねぇか。襲って奪って攫って犯すだけだ。」
「いいんだよ、すべて神の御心のままに、だ。なぁ、マツィデさん。」
そう言って、下卑た顔で笑う。
「あぁ、そうだ。神のために奪い、神のために攫うんだ。その金で、ヒトで、神はさらに力を得られるだろう。」
マツィデ、と呼ばれたアクマが答える。
「そうかい、大した神さんだ。なるほど、ここでも件の宗教か。」
「そうだ。そしてお前たちもここで、カチカチ、奪われるのさ。カチカチ、さぁ、弔い合戦だ。身ぐるみ剥いで、女は好きにしな。」
三人の盗賊がゆっくり立ち上がり、剣を抜いた。
「へへっ、そいつは・・・。」
「おい、やめときな。見ろよ腰のモン。お前なんてナニちょん切られておしまいさ。」
ねっとり、絡みつくような笑みを浮かべる。
「こいつら…。」
クリネが嫌悪を隠しもせず睨む。すでに刀は抜かれ、手本のような青眼に構えられていた。
「おっと、そうだった。貴様、さっき罠のようだと言っていたな。なるほど、あの商人の中では確かに、少しは勘が効くようだ。」
「なんだと?」
サイラスが睨む、その後ろでバタバタと音が聞こえた。
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