第三章 光の照らすもの-7

ほどなくして、一行はオアシスへとたどり着いた。そこには、湧き水だろうか、大きな湖と、そのほとりに小屋がある。見れば、20人はゆうに泊まれそうな大きさだ。面々は、食料や腐りやすそうな積み荷を小屋へ運び入れると、あたりに敷物を出し、あるところでは火を起こし、あるものはオアシスに足を浸し、思い思いにくつろぎ始めた。

「よーし、しばらく休憩だ。担当のやつは食事の準備しろ。お前ら、オアシスにつかるのは自由だが、間違っても生水は飲むなよ。腹なんか下したら体中の水垂れ流して干からびるぞ。」

ラングは、手慣れた様子で指示を出すと、ほかの面々もこれまた慣れた様子で各々過ごし始めた。シトリーたちが少々所在なさげに敷物の端に座り込んでると、オアシスのほとりで休憩していた二人組が声をかけてきた。

「おーい、三人とも、ちょっとこっち来てみなよ。ほらほら、こっち足つけてみな。砂漠の疲れなんか吹っ飛ぶぜ。」

「そうそう、こんな砂漠を歩いたんだ。少し足をいたわってやらないと、もたねぇぞ。」

「そうですか?じゃあ、せっかくだし・・・ね、姉さん。」

「そうね、行きましょうか。」

姉妹が連れ立って湖のほうへ歩いていく。どことなく、楽しげな様子が見える。気が良いとはいえ、なれない人たちの中で三人はわずかに緊張していた。声をかけた二人組も、それを見て取っていたはずだ。感謝しつつシトリーは微笑し、その後に続いた。

オアシスのほとり、声をかけた二人の隣に座り込むと、倣って足をつけた。ひんやりとした水の感触が、それぞれの足を撫でた。三人の顔から、みるみる緊張が洗い流されていくようだった。

「どうだ、気持ちいいだろ。」

「えぇ。」

「本当に…。」

シュリとシトリーは、声少なに答える。クリネは、返事の代わりに目を細め、しなやかな足で水を蹴り上げた。涼やかな輝きが、水面を乱した。灼熱の砂漠を超えてきた後では、足から滴るしずくさえ、美しく見える。

「砂漠はつらいだろ。自然はもちろん、盗賊や、最近はアクマに襲われる回数もとんでもなく増えやがった。・・・それでも俺たちは、この砂漠に立ち向かって生きてきたんだ。」

「・・・。」

シトリーたちは黙って聞いている。彼の顔は、穏やかな誇りに満ちていた。

「ところが近頃はどうだ。訳の分かんねぇ宗教みたいなのが出てきやがった。時々その連中に襲われることもある、砂漠の向こうの村々では、ヒトが続々その宗教にイカレちまって、帰ってこないこともあるそうじゃねぇか。」話す男は、うつむいた。すると、もう一人が暮れかかる空を仰ぎ、かみしめるようにつぶやいた。

「・・・その連中は、砂漠と生きるつらさに負けちまったのかもしれねぇな。それどころか、生きる中のちょっとした理不尽にも負けちまって、ただただ救ってくれる相手を求めたんだろうか。どっちにしろ、ぞっとしねぇ話だ。」

「・・・なぁ、三人は相当の手練れだそうじゃないか。これからセティへ行って、あの宗教をぶっ飛ばしてくれるんだろ?」

シュリは、一瞬目を見開いたが、すぐにほほ笑んで答えた。

「ぶっ飛ばす・・・?フフッ、そうですね。宗教だか何だか知りませんが、私たちで目を覚まさせてやりましょう。」

「おう、頼むぜ。連中に一発がつんと、どぎついのをかましてやってくれよな。」

クリネも、楽しそうに答える。

「もちろん。砂漠の熱さなんかよりも、すっときっついのを見舞ってやるわ。」

言うと、五人の中に笑顔が響いた。二人とも、この隊商の面々に充てられたのだろう。いつもよりもずっと砕けていて、活力に満ちた楽しさがあった。

それから、用意された食事をとると、みな早々に片づけを始めた。

「さぁ、片づけが終わったら、もう寝ちまうぞ。早く休まないと、体がもたねぇ。見張りの交代は、忘れんなよ。」

ラングが声をあげると、ウーッスと、幾分気の抜けた返事が返ってきた。

「僕たちは、見張りはどうしましょうか。」

シトリーが尋ねると、

「気にしないでいい。今日が初めての砂漠だったんだろう?俺たちみたいに慣れてないんだ。ゆっくり休んで、明日またしっかり歩いてくれ。」

「わかりました。では、お言葉に甘えさせてもらいますね。ありがとうございます。」

そういって、全員で片づけを済ませると皆すっかり寝入ってしまった。


「おい!起きろ、おい!」

けたたましい声が響く。目を覚ますと、見張りだろう武器を携えた男が声を張り上げていた。

みんな、ただ事ではない様子を感じ取り跳ね起きる。何人かは各々の武器を手に取り駆け寄った。

「おい、なにがあった!」

ラングが険しい顔で尋ねる。

「ちょっと前にふと目が覚めたんだが、見張りの話声も聞こえない。外の様子が気になって、覗いてみたら・・・見張りの二人が・・・殺されてた。」

聴くや、全員が水を浴びたように表情をこわばらせた。

「・・・どういうことだ。」

「俺も良くわかりません。ただ、二人とも胸を一突きでやられてて・・・声も出なかったんでしょう。だから、誰も気づけなかった・・・。」

「わかった。全員、周囲を警戒しろ。お前とお前、俺について来い。亡骸を確認するぞ。お前は荷物の確認だ。」

仲間が殺された。そんな状況にあって、彼らは決して乱れぬ動きを見せていた。これも砂漠の過酷さが生んだ強さなのだろうか。

シトリーたちは、ラングについて行った。亡骸は、武器を抱えたまま横たわっていた。その二人を見下ろし、岩も凍り付くような声でラングがつぶやく。

「俺たちもな、砂漠で商売をしてると、仲間が死ぬことも初めてじゃない。夜襲にあったこともある。だが、これは・・・こんなことは初めてだ。こいつらはみんな、相当の場数を踏んでいる。それが一撃だ。二人とも・・・夜が明けたら、弔ってやる。それから、対策を考えないとな。」

それから、みなあわただしく夜明けを迎えた。結局、それ以降の襲撃はなかったが、荷を確認すると、小屋の外にある積み荷の一部が無くなっていた。盗まれた、という判断が妥当だった。

 その後、ラングたちは、亡くなった隊員を弔った。

「本当は街まで連れて帰ってやりたいんだがな、この砂漠を抱えて歩くわけにはいかない。悲しいが、砂漠で亡くなったものは、砂漠に帰しているんだ。」

誰にともなくつぶやくと、オアシスの片隅、簡素な墓に向けて手を合わせる。シトリーたちも、ほかの隊員も、みなそれに倣った。一時、砂漠の熱も忘れる静寂が響いた。

「…今回の一件、この近くを根城にする盗賊の仕業だろう。」

 そういって、ラングは一片の布切れを見せた。

「これは?」

「死んだ奴の武器に引っかかってた。どうやら奴は、死ぬ間際、最後に一太刀くれてやったらしい。この模様…このあたりで時々見かける盗賊の紋章の一部なんだ。」

荷をそのままにしておくわけにはいかない、仲間の仇討ちも込めて、シトリーたちは、盗賊の根城へと向かうことになった。隊商のだれも、反対などはない。みなにわかに殺気立っている。

「だが、この隊商ごと連れていくわけにはいかない。まだ、荷物も大量に残っている。…だから、本隊はここで待機だ。俺も立場上ここを離れるわけにはいかん。そこで、三人に荷物の奪還を頼みたいんだ。もちろん、こちらからも、この隊商一の腕利きを案内に着ける。どうだろうか、三人の腕なら問題はないと思うが、行っちゃあくれないだろうか。」

「私たちがですか?」

シュリが疑問の声を上げる。

「あぁ、頼む。」

ラングは、まっすぐ三人を見据え、そして、深々と頭を下げた。

本当は、自らが行きたいのだろう。仲間を殺した奴らを、引き裂いてやりたいのだろう。だが、立場があった。

シトリーは、力強く頷く。

「…わかりました。ですが、場所はわかるんですか?」

「あぁ。この近くに盗賊の拠点がある。クリストラルの遺跡といって、大昔の遺跡あとなんだが、そこを拠点にしているらしい。おそらく、盗まれたものもそこにあると思う。いっちょ行って、落とし前つけてやってくれ。」

「任せてください!ただ、一緒に行くというのは?」

クリネが尋ねると、ラングは振り返って声を張り上げた。

「おい!ぼさっとすんな!」

「へい!今行きますよ!」

そういって現れたのは、昨夜三人をオアシスのほとりへと誘ったあの隊員だった。

「あら、あなたは。」

「へへっ、どうも。俺はサイラスといいます。どうぞひとつよろしく。」

そういって、頭を掻きながら昨夜のように人懐こい笑顔を浮かべた。

「こいつはこんなでも、うちで一番の手練れだ。下手すれば俺よりもできる。そこは心配いらねぇ。こいつと一緒に遺跡へ行って、盗賊どもによろしくやってくれ。頼むぞ。」

「という訳で三人とも、こっから遺跡まではそんなに遠くない。早速行きたいんですが、大丈夫ですか?」

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