第三章 光の照らすもの-6

 食事が終わるとシトリーたちは、二人と別れてまっすぐ宿へと戻った。熱砂に包まれた砂漠の街とはいえ、夜は涼やかだ。むしろ、肌寒くすらある。別の大陸から来た朱里たちには、昼間とは全く違う青みを帯びたこの光景が、たまらなく美しく、そしてわずかな切なさを湛えているように感じられた。酔いがさめ、昼間の凄惨な殺し合いが思い返されてきたせいかもしれなかった。

「夜は冷えるんですね。」

 誰ともない、シュリのつぶやきにシトリーが答える。

「えぇ、どことなく澄んですら見えます。」

「ずいぶん…遠くまで来たんですね。私たちの国では、こんなことはなかったわ。」

「僕たちも、国を出たころとはずいぶん変わったように思いますね。あんまり時間はたっていないのに、まるで戦争を経験したみたいですよ。」

「あら、シトリーさんは、ずっと変わっていないと思いますよ。ずっと、頼もしく戦ってくれています。私たち姉妹二人では、今日に昼間のような戦いは乗り越えられなかったわ。」

「それは、お互い様ですよ。」

「…ふふ、でも、あなたはずいぶん変わったかしら、ねぇ、クリネ?」

「ちょっと姉さん!…もう、…でも、そうかもしれませんね。」

「大人になったわね、クリネ。」

「…変ないいかたしないでください。」

 三人がじゃれあうように話している間にも、気温は一段と下がったようだった。昼間の熱はすっかり遠くへと忘れ去られた。この二面性こそ、砂漠の持つ牙の一つだった。この気温差の他にも、砂漠はたくさんの牙を持つ。蔓延る盗賊やアクマ、目や鼻を襲う砂塵、そして、往く者の方向感覚を狂わせる砂の海。それはさながら、樹の無い樹海の様でもあり、壁のない迷路であった。そんな砂漠を、素人三人で超えるのは不可能だ。そこで助けてくれたのがラングさんだった。


「一緒に、ですか?」

 シュリが驚いた声をあげる。

「あぁ。砂漠は危険が多い。もう腹いっぱい体感しただろう。残念だが、三人で砂漠を抜けるなんて無理だ。そこで、だ。」

 ラングさんが、シトリーたちをねめつけるように見渡す。

「俺は隊商を率いている。丁度、セティの一歩手前、ハヴォックまで行かなきゃいけないんだが、最近砂漠の危険も増したからな。用心棒を何人か調達しようと思ってたんだ。シトリーたちなら、何も問題はない。お互い、いい話だろう?」

 シュリが代表して口を開いた。

「そうですね。私たちも、人数が多い方が安心です。ラングさん達なら、願ったりかなったりだわ。よろしくお願いします。」

「よし、決まりだな。じゃあ、明日の朝、そうだな…こいつの店の前で合流するか。」

「えっ。俺ですかっ?」

「何を用意すればいいですか?」

 ラングさんに尋ねる。トマさんは、あきらめたように笑っていた。

「そうだな。食糧なんかの物資はこっちで持とう。その代り、戦いの装備はしっかりしておいてくれ。あと、砂漠では肌を曝せない。ローブかマントは必須だな。」

「あ、じゃあ俺の店で買ってくれよ。いいやつを見繕っておく。安くしとくからさ。」

 トマさんが、先ほどから一転、抜け目なく商人の動きを見せた。・

「ふふ、わかりました。じゃあ、明日の朝、またお会いしましょう。」

 クリネが楽し気な笑顔で答える。

「おう、待ってるぜ。綺麗どころ二人と一緒の旅だ。楽しい仕事になりそうだ。」

 そう言って、だれもが笑顔で別れたのだった。


 宿に帰った三人は、それぞれあてがわれた部屋で慎重に装備を確かめた。シトリーは杖へ魔力を流し、異常がないか確認する。シュリとクリネも念入りに目釘を改めた。翌朝、僕たちは約束通りラングさんと合流した。トマさんの店でも、忘れずに人数分のマントを買った。昨日の言葉通り、かなりいいものをくれたようだ。しかも、町を守ったお礼だと言って、ずいぶんと安くしてくれた。慌てたクリネがこんなに安くていいのかと尋ねると、

「俺は一緒には行けないが、餞別も込めてな。値引いた分は、また無事に帰ってきてうちの店で買い物してくれよ。必ず、必ず、だ。」

 そう言って、別れ際まで笑っていた。

 隊商と合流したシトリーたちは、砂漠への門の前にいた。ラングさんの隊商は十人、シトリーたちを入れて十三人、加えてラクダが十頭ほどいる。彼らが馬車のように荷を引いていた。隊商の面々はみな気のいい人たちで、口々に歓迎の声を上げた。

「あなたたちが、今回の用心棒だったんですか!」

「昨日の戦いの英雄じゃないですか。今回は楽できそうですねぇ!」

「お前、気を抜いて砂漠に食われるても知らねえぞ。」

「ラングさん、こんな別嬪さん迎えるなんて、やりますねぇ。」

「お前ら、あんまり浮かれすぎんなよ。」

 ラングさんは渋い顔で怒鳴ったが、それほど効果はなさそうで、砂漠に出るまで軽口は続いた。早速注目を浴びるシュリとクリネは、あいまいに笑っている。不思議と、嫌な気分ではなさそうだ。この面々の人懐っこさがどこか憎めない。

「じゃあ、出発するぞ。まずは、途中のオアシスまで行くぞ。そこで、一泊だ。」

 シトリーたちは砂漠へ足を踏み出した。目の前には、ただただ砂漠が広がっている。ここへ三人で足を踏み込むことを思うと、震えがくる。先ほどまでふざけていた隊員たちも、砂漠に出ると急に口を結び、真剣な顔つきになった。その変化がまた、砂漠へ挑む無謀に似た旅路を、それを生業にする者の鋭さを感じさせ、三人の緊張をあおった。それを見てか、隊商の面々は、時々三人に砂漠の話を語って聞かせた。三人の旅の話も、楽しんで聞いた。いつの間にか、三人もこの隊の仲間だと、自然に思うようになっていた。

 シトリーたち三人は、先の防衛戦で戦ったスプレーンやハイエナのようなアクマを退けつつ砂漠を進んだ。敵と遭遇する回数は多いものの、みな少数で、シトリーの魔法やクリネの剣の前にあっという間に倒れ伏した。三人の技がさえるたびに、隊商からは歓声が上がっていた。本来の戦闘要員もいるのだが、まったく出番がなく、ほかの隊員に冗談交じりに小突かれている始末だった。

 街を出発したのはまだ陽も昇り切らない明け方のことだったが、何もない砂漠を進むうちに時間間隔さえ失い、気づかないうちに日は傾きかけていた。

「ラングさん、今日はどこまで進むつもりですか?」

 苦しそうな顔でクリネが、先頭を行くラングに尋ねる。

「そうだな。今日はもうすぐ…っと、ほら、向こうに何か、見えるだろう?」

 ラングが指さす方向を見ると、砂の向こうにぼんやりと、樹のようなものが見える。

「あそこにオアシスがあって、人が休めるような小屋がある。今日はそこまで行って一泊だ。」

 そして振り向くと、声を張り上げた。

「おい、お前ら!今日はあのオアシスで休憩だ。あとひと踏ん張りだぞ。」

 すると、後続の面々からうれしそうな、威勢の良い声が張りあがってきた

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