第三章 光の照らすもの-5

 目の前に迫った脅威を退けたのはいいが、シトリーたちはみな肩で息をし、喘いでいた。シュリがシトリーと目を合わせる、重い口を開いた。

「そちらも終わりましたか。」

 シトリーは、みじめに垂れ下がったローブの袖を掲げて答えた。

「なんとか。ただ、あちこちやられてしまいました。傷は浅いですが、なかなか相手も油断ならないようですね。」

 そう言って笑ってみせると、シュリが驚いた顔で駆け寄ってきた。

「何を笑っているんですか、そんなにけがをして。」

 シュリがシトリーに手をかざし、唱える。

“アムル”

 すると、傷の周りに光の粒が舞い、みるみる傷がふさがっていった。

「破れた服までは治りませんが、傷の方はこれで大丈夫でしょう。」

「あ、ありがとうございます。治癒の魔法ですか…まともに扱える人は久しぶりに見ました。」

 驚きに、まじまじと自分の体を見詰めた。

「そういえば、シトリーさんの前で使うのは初めてでしたかね。」

 そう言って、いたずらっぽく笑う。三人がカルドやヴェータラを倒したことで、賊の侵攻はおさまったようだ。どうやら、あいつらがこの指揮者だったのだろう。

「姉さん、シトリーさん、敵が引いていきますよ。ですが…」

「えぇ、なんとも見事な引きっぷりですね。」

「まったく。そこいらのゴロツキとは思えません。シトリーさんが戦っていた相手は魔法も使っていたのでしょう?」

「えぇ、なかなかに手強い相手でしたよ。でもまぁ、おかげでというべきか、今回の敵の姿がぼんやり見えてきたようですね。」

「アンリ教ですか…。」

 敵の撤退は、見事なほどに整然としており、あっという間に全軍が遠く離れてしまった。

 その後姿を眺めながら、シトリーはヴェータラの言葉を思い出していた。

 アンリ教という宗教、そしてかの信徒たちが崇める魔人という存在。そして…

 ―魔人のもとに集い、アクマとヒトが手を取ってヒトを襲う…

 手がかりは集まっている。そうであるはずなのに、余計にこれから挑む敵が不気味さを増し、濃い靄に覆われていく。

 昼の盛りを過ぎてなお、ぎらぎらした熱を注ぐ火を浴びながら、重い足取りで三人はバルケの街へと戻ったのだった。


 街へ戻った三人を迎えたのは、熱烈な喝采だった。シトリーたちが多くのアクマを倒し、リーダー格であろうカルドとヴェータラをも討ったことはすでに知れ渡っているようで、指揮を執っていたラングさんにも大いに称賛された。お礼だ、と今夜の宿などもすべて手配してもらった。ラングさんから夕食、という宴会の誘いをもらったが、昼間に露店の店員と約束をしていたことを思い出し、一旦は丁重に辞した。すると、

「なんだ、あの男か。よし、じゃあ夕食の場にあいつも呼んでやる。話はそこでするといい。」

 と、結局日没後に食事の約束を付けられてしまった。三人は手配された宿へ入り、思い思いに休んでいたが、程なくして日没を告げる鐘が鳴り響いた。心なしか、昼間よりも穏やかに、のびのびと響くように感じられる。

 今までいたハチボリやカナシロでは、日が沈んでもしばらくは赤い光が漂っているようで、平和であればまだ子供たちがそこらで遊べるようなものであった。しかしバルケの街では、帳の足は速いようで日が落ちるとあたりはすっと暗くなった。シトリーたちは、連れだって約束の料理屋へ向かった。そこでは、ラングさんと約束していた店員の二人が待っていた。

「お待たせしました。お二人だけで?」

「あぁ。来たがってるやつはたくさんいたんだが、こいつと話があるんだろ?あまり人数が多いと、ろくに悪だくみもできないと思って、遠慮してもらったんだ。まぁ、また機会もあるだろうと思うしな。」

「まったく、ラングさんから急に呼び出しくらったもんだから、何事かと思いましたよ。あ、ええと…三人とも、大活躍だったみたいだな。改めて、俺はトマっていうんだ。よろしくな。」

 それから僕たちは、五人で夕食を囲んだ。どうにも、ラングさんとトマさんの間には覆しがたい上下関係があるようで、二人のやり取りには、どこか滑稽なものすら感じる。お酒も供され、ほどほどに場も温まってきていた。

「しかし、お三方がこんな凄腕だったとは、思わなかったっすねぇ。」

 赤みのある顔で、にこやかに話せば、

「おう、俺も驚いたんだぜ、トマよぉ。おまえ、別嬪さんだからって手なんかだしてみろ、一瞬で三枚におろされてしまわぁ。」

 どこか下卑た冗句が返ってくる、そんな食事だった。だが、三人とも決してそれが嫌ではなく、シュリもクリネもころころと笑っている。昼間の勝利の余韻も手伝って、浮ついた鮮やかな時間が流れて言った。


「ところで、そろそろ本題なんだが、三人はこいつに何を聞きたかったんだ?」

 食事もあらかた終わり、少し時間をおいてよいが冷めたころ、不意にまじめな顔でラングが尋ねる。

「僕たちは、アンリ教について聞きたかったんです。今回の襲撃にも関わっているんですよね?」

 トマさんが口を開いた。

「俺たちが、魔人教なんて呼んでるやつだな。やっぱり、今日の襲撃も奴らか…まったく。よし、順番に話そう。みんな知ってるかもしれないが、もともとこの街は、いやこの国はアランヤ教によって興った国だ。首都であるセティはアランヤ教の聖地を守るためにあった。」

「えぇ。」

「だが、少し前からアクマの先祖返りが増えただろう?ヒトがアクマに襲われる事件が増えたんだ。この街の外壁からもわかるように、元々それ以前からダネット砂漠にはアクマが多くて、ヒトと小競り合いもあったんだ。だが、一時から異常にアクマの襲撃が増えた。数も凶暴性も増したし、ヒトの被害もかなり増えてな、国が大きな不安に包まれたんだ。」

「その時ですか、アンリ教がやってきたのは。」

「あぁ。いつだろうか、ふらっとアクマの神官がやってきてな。布教活動を始めたんだ。最初は一人で演説してただけらしいんだが、何というか、異様に人を引き付けるというか、いつの間にかヒトの不安に付け込んで信者を増やしてしまった。それから、どこからともなくアクマが集まり、近隣の街からもどんどん信者がセティへ向かった。」

「セティへ、ですか?」

「あぁ。その神官は大胆にもセティに居ついてな。仮にもアランヤ教の聖地だぞ?でもそこを拠点にどんどんアンリ教の勢力を伸ばした。そして、そして…あっという間にアランヤ教を追い出してしまった。そこからおかしくなった。」

 そこでトマは、一息つくように水を含んだ。一拍おいて、より低い声色で続けた。いつの間にか、酔いに浮かれた顔は消え、沈痛さを増した面持ちになっている。

「それから、セティからほとんどヒトが出てこなくなった。物の流通はとまり、また布教活動もどんどん過激になった。以前はアクマの神官が近隣の村々に出向いて演説する程度だった。だが、最近は信者じゃないヒトに武力で改宗を迫ることも多い。それが今日の襲撃みたいなものさ。アクマだけじゃない、ヒトがヒトを襲うようになっちまった。セティからヒトが出てくるのは、その襲撃ん時くらいさ。うちらの街は、魔神教を良しとせず、抵抗してるが、そうではない街もあると聞く。」

「アランヤ教の聖職者たちは?」

「魔神教への改宗を迫られたようだが、従わなかった者は、みな殺されたらしい。この話も、セティの商人仲間から聴いたんだが、最近そいつとも連絡が取れなくなった。セティに行ったヒトがどんな生活をしているのか、もう、よくわからない。」

「そうですか…。」

 それまで黙って聴いていた、ラングさんが口を開いた。

「やっぱり、三人はこいつを解決するつもりかい?」

 シュリが答える。

「えぇ。そのために、この国へ来ましたから。」

「となると、やっぱりセティへ行ってみるのが一番だろうな。実際危険だろうが、ヒトがまともに出てこないんで、今日みたいな襲撃でもないと情報が集まらん。腕っぷしには問題なさそうだしな。」

「そうですね。僕たちも、何とかして砂漠を超えたいんですが…。」

 シトリーが答えると、ラングさんはにっと笑った。

「じゃあ、一緒に行くか。」

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