第三章 光の照らすもの-3

「なるほど、それは心強いな。街を防衛とは言っても、こちらは傭兵などが多くて面子の入れ替わりも多い。それに最近では砂漠のアクマがやたら強く数も多くなっている。ぜひその仕事ぶりを見せてくれ。」

そう言って、これが商人かと疑うほど逞しい体つきの男は、白い歯を見せたのだった。シトリーたちの前に立つこの壮年の男は、ラングと名乗った。この町で一番の商会を率いる実力者である。褐色に焼けた肌、丸太のような腕に岩のような体躯を持ち、腰に大剣を下げている。商人としての力量もさることながら、その人望、そして腕っぷしから、町の防衛組織の長を任されている人物だった。

「さぁ、さっそく作戦にかかってもらおうじゃないか。」

そういうと、手短に作戦を説明され、シトリーたちは前線へと駆り出されるのだった。


「なんですか、これは。ものすごくたくさんいるじゃないですか。」

シトリーたちは、外壁に作られた櫓から砂漠の方をうかがっていた。そこには、まだ距離はあるが非常に多くのアクマ達が、陽炎でも揺れているかのようにひしめいていた。蛇のようなアクマ、猫や象の形をしたものなど、様々な種類のアクマが大挙している。多くは獣のようにがむしゃらに向かってきていたが、中には、知性の高そうな、ヒトに近い姿をした一団も見えた。街の中では、兵たちが撃退の準備を進める音が聞こえる。鉄の擦れ合う、耳障りなほど重たい音が、この光景を前にするとひどく頼りない。

「ほんと…こんなに相手をするんですか?私たちだけで…」

クリネが不安そうにつぶやく。

「そうはいっても、何とかするしかないでしょう。しかし…少し妙ですね…」

シトリーが首をかしげる。

「本来、アクマ達はこんなに多種族でつるむことはないんです。マルバスの時のように、力と高い知性を持つリーダーがいるのかもしれません。」

「マルバスの時と同じ…ですか。」

「それに…あれを見てください。」

シトリーが指さす先では、なんとヒトの一団が、アクマとともにこちらへ向かってきていた。

「ヒト⁉なぜヒトが…」

クリネが驚きの声を上げる。

「わかりません…僕たちみたいにヒトとアクマが一緒に行動することは、あり得ないわけではありません。ですが、ここまで組織立って、しかも略奪ともいえる戦闘行為を仕掛けてくるなんて聞いたこともない…」

シトリーも動揺を隠せない。シトリーとクリネに、わずかに尻込みが見える。相手はアクマとばかり思っていた。ヒトが襲ってきているなどと考えもしなかった。


「これも、例の宗教が関わっているのかもしれませんね。」

二人の横で、シュリの目が厳しくアクマの一団へと向けられる。

「とにかく、ヒトがいるとはいえ相手が襲ってくる以上黙っているわけにはいきません。私たちも、覚悟を決めて戦いましょう。リーダーがいるのなら、そのリーダーを捕まえて色々と聞き出せば良いだけのことです。」

強い声音で言い放った。


「っ…、うん、うん。そうですね。」

ひとつ、ふたつ、息を置いて、クリネがぽんっと頬を叩いた。

「私たちも、覚悟は決めているはず。戦いましょう。」

満足そうにシュリが見つめる。


「…そうですね。さぁ、そろそろ行きますよ。」

そういって、シトリーも顔を上げ、杖を握りしめた。


シトリーたちに与えられた作戦は、単純なものだった。本来、この街には体系化された戦い方があるようで、そこにシトリーたちがいきなり入るのも難しいらしい。そこで、三人は遊撃部隊の一つとして、守りの薄そうなところを選んで適宜戦ってまわれということだった。

「事実上の放任ですね。」

やぐらを降りて、町の門へ向かいながらシュリが笑う。

「まぁ、その方が私たちも戦いやすいでしょう。いきなり連携を取らされるよりは。」

クリネが答えながら剣を抜いた。門の外には、すでにアクマの大群とヒトがにらみ合っている光景が見えていた。今にも両軍がぶつかりそうである。三人は門の外へ躍り出た。

門の外には、木柵などで簡単な陣が築かれていた。しかしよく見ると、すでに籠城の時は過ぎたのだろう、あちこちで剣戟の音が上がっている。

「シトリーさん、まずはあれを。」

シュリの指さす先には、木柵の外、少し離れた場所から友軍に弓を引く一団があった。

「えぇ。まずはあそこからたたきましょう。」

三人は木柵の隙間を縫って、そのアクマへ走る。

「あれは、スプレーンというアクマです。」

うろこの皮膚、蛇の顔つきに四本の腕、六臂の姿を持つアクマが4、5人、弓を構えている。相手がこちらに気付く。シトリーは見るよりも速く魔法を紡ぐ。杖先にぼうっと小さく赤い明かりが灯ると、敵一団の中心に雷のつぶてがさく裂した。その光と音にスプレーンがたじろぐ。無論、それですべての敵が倒せるわけではない。しかし、その一瞬の動揺をついてシュリとクリネが風のように走り詰め、一息に残りのスプレーンを斬り伏せてしまった。集団戦で魔法に必要なのは、轟音と恐怖である。暴力の銃口を突き付けてやれば、後の二人がその引き金を引いてくれる。

一挙に敵一団を討った三人へ、背後から小さく称賛の声が上がる。その声を受けつつ、シトリーたちは次の相手へ向かっていた。戦場は、ヒト、アクマ入り乱れての混戦だった。先のスプレーンの他にも蛇型のナンタ、ヒト型のオークやゴブリンのような者たち、中には鎧を着こみ、立派な武具を構えたものまでいる。三人は、眼前のアクマを退けつつ敵のリーダーを探していた。連戦もさることながら、砂漠の熱に身体を焼かれ、消耗著しい。そんな時、三人の前にヒトが立ちはだかった。


「なんだか見ない奴がいると思えば、砂漠には慣れていないようだな。息が上がってるぞ。」

 一人が口を開いた。相手は三人、軽鎧の上にマントを羽織り、剣を握っている。その刃を振るうことにためらいなどない、荒事に慣れた雰囲気を纏っていた。

「やれますか?」

シトリーはそっとシュリに耳うつが、

「もちろんです。」

 とあっさり返されてしまった。真っ直ぐ、相手を見据えている。

「なぜ、あなた達はアクマと一緒になってヒトを襲うのですか?」

「お前たちだって、アクマとつるんでるじゃねぇか、なあおい。」

 彼らは余裕の笑みを隠そうともしない。

「まぁいい。お前たちは何も知らないみたいだな。そもそもヒトもアクマも関係ないんだよ。魔神様の前ではな。」

「魔神?」

「あぁ、みんな救ってくださる、魔神様が。この街の連中は、魔神様を信じねぇ。魔神様のために働かねぇ。だから見せしめにしてやるのよ。さぁ、話は終わりだ。じゃまするってんなら消えてもらうぜ。」

 魔神。ぐっと確信に近づいたようだ。相手が三人とも剣を構える。しかし、彼らにはマルバス達のような気迫は全く感じられない。荒んだ空気と裏腹に、構えもシュリ達と比べるとどこか頼りなかった。

―所詮、ゴロツキか。

 拍子抜けし、緊張の反動か思わずシトリーは杖を握る手を一瞬緩めてしまう。さすがに、その隙を見逃さず一斉に斬り込んできた。拙くも、残虐さを秘めた剣であった。

「何をしているんですか。」

 咄嗟に、先頭の一人とクリネが打ち合わせると、二、三合の内に斬り倒してしまった。一瞬たじろぎ、距離を取ろうとする賊へ、勢いのまま身を寄せると一瞬でもう一人切り付けた。その間に、残る一人はシュリが倒していたようだ。動かない賊の横で、短刀の血をぬぐっている。

「こんなにも簡単に、ヒトは殺せてしまうのですね。」

亡骸の横に立ち、クリネがつぶやいた。シトリーが、呆然と口を開きかけると、

「そうよ。だから私たちが戦わなければ、守らなければいけないの。」

 いつになく真剣なシュリの声が制した。マロバスを倒した日の夜のことが頭によぎる。

「…わかっています。さぁ、行きましょう。どうやら、この襲撃の裏にはお目当ての相手がいるようですよ。」

「となると、何としても指揮者を捉えなくてはいけませんね。聴きたいことがたくさんあります。」

そう三人が認め合ったとき、砂漠の奥から戦いの音とは違う、身を揺らす地響きが聞こえてきた。

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