第三章 光の照らすもの-2
港に着くと、三人はすっかり異国の放つ風に当てられていた。砂漠の日射しに耐えるためであろう、白を基調とした緩やかな民族衣装をまとった人たちが、せわしなく行き交っている。その顔は、忙しくも日々を精一杯に生きる活力に満ち溢れていた。砦とも呼べる港町の一画では、バザーが開かれているようで、青い空に露店の幌布の白が眩しく、ひと際にぎやかにはためいている。シトリーたち三人は、その人の熱に惹かれて露店の並ぶ広場へとやってきた。
そこには、砂漠を超えるための食糧、芳醇な香りを放つ様々なチーズや干し肉、色とりどりのスパイス、硬く焼しめられたパン、艶を感じるほどにみずみずしさを秘めた果物が並んでいた。また別の店に目を向ければ、海を砂漠を超えて運ばれてきた交易品がところ狭しと並べられていた。
「すごい…ずいぶんときれいな宝石ですね。」
クリネが目を付けた店には、飴色の蜜のように透き通った石をはめた装飾品が並べられていた。
「本当。でも、すごい値段ね。」
その埒外とも思える値段を見て、シュリはため息をついた。見惚れる女性二人に、店の主が人懐っこい笑顔で話しかけてきた。
「これは、コハクっていう宝石でね。大昔の樹の蜜が固まったものなんだ。砂漠の向こうの街の名産品でね。あまりに綺麗なもんで、ここいらじゃ砂漠の星なんて呼ばれてる。ただ最近は…。」
気のよさそうな店主の顔に、一筋陰りが差した。
「最近は…何か、あったのですか?」
「少し前からかな。その街のあたりで妙な宗教が流行ってるんだ。なんでも魔神を信仰するとかいう宗教で、アクマの神官が広めたらしい。それから街がおかしくなっちまった。砂漠でも、もともと多かった盗賊やアクマに襲われる事件がどんどん増えていった。そのころから、砂漠を渡る商人も減って、コハクの値がどんどん吊り上がっていったんだ。」
シトリーたちは、一瞬横目に互いを見やった。
「そのお話、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
三人を代表するように、シュリが訪ねる。
「詳しくかい?お客さんたち、旅人か?よく考えりゃあ、アクマとヒトの組み合わせってのも最近はだいぶ珍しいな。」
商人に、少々いぶかしげな眼を向けられる。
「私たちは、ほかの国のアクマ祓いです。この国だけでなく、いま、世界のあちこちでアクマによる事件が起きているのをご存知ですか?」
「あぁ、俺も商人仲間からいろんな情報は入ってくるからな。各地でアクマが好き放題しているそうじゃないか。そういえば、最近どこだかのアクマは倒されたと聞いたが…。」
なんと、世間の噂はこんなにも早いものなのか。シトリーとクリネは一瞬狼狽したが、シュリは構わず続けた。
「本当に、よくご存じですね。私たちは、その問題を解決するために旅をしています。その倒されたというアクマなら、ハチボリの街にいた者たちのことでしょう。」
「やっぱり、噂は本当だったのか。」
「えぇ、しかし、好き放題やっている、というのは少し違ったかもしれません。少なくとも、彼らにとっては。」
「ふうん、いろいろあるもんだ、アクマにも。」
そういうと彼は、少し湿り気のある笑いで続けた。
「良いぜ、ここらで起きてること、俺の知ってる限り教えてやるよ。商人の情報網、役に立つと思うぜ。ただ、今は店を開けてるからな。商売が終わって、夜でもいいかい?」
そう言われて三人は、はっと店先をふさいで話し込んでいることに気が付いた。
「あ、すみません。お仕事の邪魔でしたね。」
シトリーが咄嗟に謝ると、
「いや、気にするな。どうせ客なんて、来ないときには来ないんだ。じゃあ、そうだな…この街では日暮れ後、露店が閉まる時間になると鐘がなる。あそこに見えるだろう?」
そういわれ、店主の指の先を追うと、二階建ての民家ほどの大きさで、象牙のような白い石造りの鐘楼が見えた。
「綺麗ですね。」
シュリが眩しそうに目を細めて言った。
「あぁ、この街の名所さ。あの鐘がなったら、またこの店まで来てくれないか?店じまいして待ってるからよ。」
「わかりました、ではまた後程、日暮れ後に。」
「ありがとうございます。」
シトリーたちは、口々に礼を言って別れた。
「日暮れまではまだ時間がありそうですね。せっかくですし、もっと街を見て回りませんか?私も姉さんも、砂漠の街なんて初めてですし。」
少し前を行くクリネが子供の様に振り返った。
「そうね、これまではずっと船旅だったし、ただ観光というのもいいかもしれないわね。」
「じゃあ、難しいことは夜の話を聞いた後ということにして、しばらくはこのあたりを廻りましょう。ついでに、夜の宿も探さなければいけませんしね。」
クリネが、目に見えて顔を明るくさせる。
それからシトリーたちは、しばらくこの街を廻ってみた。露店には、コハクの装飾のほかにも様々な宝石類が並んでいた。見事な柄の絨毯もある。
「私たちの住んでいるあたりでは、あまり見ない柄ですね。それに、繊細に見えて織りも丈夫そうです。」
クリネが、一軒の店の前で足を止めた。その眼は、熱を持って一枚のタペストリへ注がれている。民族衣装に身を包み、頭に白いターバンを巻いた女性が話しかけてきた。
「おや、お客様、お目が高い。」
その店員は、シトリーの方にも目を向けたが、にこやかにほほ笑んで見せただけで構わず話を続ける。どうもこの街は、あまりアクマの存在を気に留めていない様子がある。さすが商人の街というか、ヒトでもアクマでも、客は客といったところだろうか。
「そのタペストリはね、このあたりの国で親しまれていた天使様を描いているんだよ。神様のお使いさ。」
「へぇ、どんな神様なんですか。」
柘榴さんが尋ねると、店主が話して聞かせてくれた。
「じゃあまず、このあたりがジールの国、ダネット砂漠を超えた先にあるのが首都セティだってのは知ってだろ?」
「えぇ、少しは。」
「この国の、首都の近くには、アランヤ教の聖地があるの。」
「アランヤ教…神話でヒトとアクマの戦争以前によく出てくる?」
「姉さん、よく知ってますね。」
「あら、あまたもむかし一緒に勉強したでしょう。」
驚くシュリに、クリネは呆れを隠さない。
「そう。もう最近はあまり信仰されなくなったけどね。でもこの国は、元々そのアランヤ教の聖地を管理する組織から興ったの。だから今でも宗教の力が強いし、何より代々アランヤ教の教皇が国を治めているの。そうそう、そのアランヤ教なんだけど、なんで戦争後に廃れていってるか知ってる?」
店主が上目遣いに笑みを浮かべている。元来、話好きな質なのだろう。
「いや、知らないですけど…確かに、興味はありますね。」
そういうと彼女は笑みを強くして口を開いた。
「それはね…
その時だった。
―カーン。カーン。カーン。
バルケの誇る鐘の音が、抜けるような青空に響き渡った。
「え?」
クリネが驚いた様子で振り仰ぐ。
「まだ陽も高いはずですが。」
「いや、これは違うね。」
鋭く答えたのは、店主の声だ。話好きの女性は鳴りを潜め、真剣な顔つきになっている。辺りでは、人があわただしく動き始めた。
「手短に話すよ。この街はよく盗賊やアクマに襲われる。あの鐘は、その襲撃を知らせるときにも鳴らされるの。この街の商会は、仕事の上ではライバルだけど、この時ばかりは一丸となって撃退や避難に当たるんだよ。私たちみたいな個人にも役割が与えられてる。さぁ。お客さんたち、逃げるよ。」
三人は、瞬時に視線を交わす。このやり取りも、ずいぶん板についてきたようだ。
「そういうことなら、僕たちも前線の様子を見に行きましょうか。」
僕が言うと、店主が目を丸くした。
「何言ってるの、ここ最近は、アクマもどんどん強力になってきて、撃退もてこずるくらいなの。って、あ、お客さんもアクマだけど、あれ?」
うろたえる店主に、シュリが説明した。
「私たち、ある国でアクマ祓いをやっているんです。今も、各地のアクマ絡みの事件を調べて回っているところで。アクマを撃退するというのなら、専門家に任せてみませんか?」
「え、あ、そういうこと、なのか。うーん、そうか、なら、こっちだ。ついてきてくれる?街外の人間を巻き込むのは気が引けるが、指揮を執る人へ引き合わせてみよう。」
そうしてシトリーは、撃退の指揮を執るという、さる商会のボスと引き合わされた。
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