第三章 光の照らすもの-1

シトリーたちは、その後ショウバの港街まで戻り、そして今は大洋を渡る船の上にいた。潮風に髪を弄びながら、シュリがつぶやいた。

「そのジールという国は、どんなところなのかしら。」

「そうですね、砂漠の険しさに育てられたような国らしいですね。僕も行くのは初めてですが、強く明るい国民性の様です。」

「そんな国で、宗教問題ですか…」

クリネが会話に入る。

「いや、まだどんな事件か詳しくはわかりませんが…一筋縄ではいかないようですね。」

そう答えて、シトリーは水平線を睨み、これから向かうであろう砂漠のバラとも言うべき都市を想った。


あの後、シトリーたちはショウバの街で食事をした店へと立ち寄っていた。そこで今後の予定を相談するつもりだった。三人が店に入るのを認めると、以前話を聞いた女性店員が輝いた表情で声をかけてきたのだ。

「あ、あなたたちは!」

「おや、この間の店員さん。その節は、どうも助かりました。」

シュリが答える。

「皆さんまた寄ってくれたらいいな、ってお待ちしてたんですよ!ホントに来てくださるなんて、さぁ、どうぞどうぞこちらの席へ。」

そう言って嬉しそうに三人をカウンターの席へ招き入れた。

「あれから、アクマたちがおとなしくなったというか、荒々しさがなくなったというか…とにかく、以前と同じようにヒトとアクマが暮らせるようになったんです。ハチボリやほかの街との交流も復活して。もちろん、あの状況がなくなったわけではありませんから、まだしこりはありますが…それでも、町も随分明るくなりましたよ。この周辺での先祖返りも、だいぶ減ってきたように思います。皆さんが、解決してくれたんですよね?みんな噂していますよ、世直しのヒーローだって。」

三人が座ると、店員が流れるように話し始めた。三人は一瞬あっけにとられたが、だんだんとこそばゆくなり、次第に顔を赤らめ、笑顔を浮かべ聞いていた。

「僕たちの話がいつの間にか広まっているようですね。」

シトリーがわずかに照れたように後の二人を見ると、周囲の客が興味津々といった様子で窺っているのが目に入り、思わず顔をそらした。

ここに至って三人は、自分たちの戦いが人々を救ったと確かに実感できた。その事実に、三人ともそれぞれに充足をかみしめた。

「私たちの戦いは、確かに人々の笑顔を救っているんですね…」

言いかけて、クリネは少し目を伏せる。

「そうね。胸を張りましょう、クリネ。」

それから三人は、食事を済ませた。片付けが終わると、店員が訪ねる。

「三人は、これからどうするんですか?」

「そうですね。まだ旅を続けて、この国のようにアクマ絡みの問題を抱えている国を巡ろうと考えています。そこで問題を解決しながら、最終的には、最近先祖返りやアクマの事件が増えた原因を探るのが目的ですから。」

シュリが答えると、店員はにっと笑ってカウンターから身を乗り出した。

「そう言われるだろうと思ってました。これからのあてはあるんですか?」

「いや、まだ決まってないんです。」

「それなら、この街に寄った隊商からある話を聞いたんですよ!実はとある砂漠の国があってですね…」


そんなやり取りがあり、店員から聞いたのがジールに関する話だった。三人は、目的地をジールの国に定め、港から船に乗り込んだのだった。


ジールの国は、砂漠に囲まれた宗教国家である。ヒトの間で栄え、今は下火になりつつあるがそれでも多くの信者を抱える、アランヤ教の総本山だ。そして、宗教国家でありながら独特の特産品が多く、商業で栄えた国でもあった。その首都であるセティは、砂漠の薔薇とも称えられる、活気と威容に満ちた美しい町であるという。しかし、最近になってセティを中心に、別の新たな宗教が入り込んできたようだ。その宗教は、瞬く間に勢力を伸ばし、アランや教に取って代わるほどになった。時期を同じくして、ジールを通る物資の値段が吊り上がった。今はまだ大きな問題にはなっていないが、商業大国の異変は、すぐに世界的な混乱を呼ぶだろう。さらに、それからというものセティから出入りするヒトが極端に少なくなったという。新しく興った宗教が事件の中心にあるだろうと、商人の間ではもっぱらの噂だった。

その新たな宗教は“魔神”を称えるという。まさに、アクマの宗教だった。



シトリーたちが甲板で話していると、マストのうえから船乗りのたくましい声が響いた。

「陸が見えたぞ!」

三人は、一斉に船のへ先へと目を向ける。そこには、まるで抜身の刃物のように、見るものを威嚇する、波の造形であろう切り立った崖の海岸線があった。その上空には、風がたわむれに巻き上げた砂が薄く茶色のもやを作り、生命の気配も存在も許さぬといった印象を与える。しかし、船が近付くにつれて崖の一部が若干低くなり、そこに木と石の造形が収まっているのが見える。港だ。そこには、自然に刃を突き付けられながら決してひるまず、むしろその胸元へ飛び込まんとする人々のギラギラとした活気を感じた。

三人の目の前に現れたのは、バルケという港町である。ジールの玄関口とも言うべき街であり、まずはここから、首都セティへ向かうことにしていた。

 港に近づくにつれて、シトリーたちはその佇まいに圧倒されていった。海に面した船着き場以外の面は、すべて高い壁に覆われ、さながら砦の様だ。近くの船員に尋ねると、あの港町の三方を取り囲む砂漠は、アクマのほかにもヒトの盗賊が出るようだ。砂漠に生きるものは、自然、アクマ、盗賊の三重の脅威に対抗せねばならず、あの壁は彼らの生活を守る鎧なのだろう。三人は、今まで以上に厳しい戦いが待っているだろうことを予想せずにはいられなかった

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