第二章 闇中の矜持-7

「では、私たちへのお言伝を伺いたいのですが、その前に、先ほど私たちを客とおっしゃいましたか?」

「いかにも。それこそが言伝の内容でもあるのだが、今日はあなた方をわが主、マルバス様の屋敷へ招待しに参ったのだ。」

「僕たちを招待、ですか。」

 シトリーたちは、三人とも緊張に顔をこわばらせた。

「うむ。いきなり訪ねてきてこんなことを言われたのでは、あなた方の警戒も尤もだろう。もちろん、わが主は、あなた方が我々を倒しに来たことをすでにご存じだ。しかし、そのうえで、戦う前に一度あなた方と話をしたいとおっしゃっているのだ。」

「私たちと話を、ですか。その内容はご存知ですか?」

「いや、詳しくは教えてくださらなかった。しかし、屋敷に来たところでいきなり襲い掛かるなどといったことは決してしない。それだけはしっかりと約束された。」

 シトリーたちは顔を見合わせた。確かに驚きはしたが、相手は、どうせ僕たちの動向はすべて掴んでいるのだ。ここで断っても無駄だろう。なにより、正面から正々堂々と来られたのだ。断ることもできない。シュリが、堂々と答えた

「わかりました。しかし、あなた方にとって敵である私たちを懐へ招き入れてしまうことになるのです。良いのですか。」

「構わぬ。その時は正面から戦うのみだ。」

 そう答えたフラロウスは、一切の迷いも感じられない、余裕のある表情をしている。自分の、そして主の武に、絶対の自信を持っているのだろう。

「それではまた後程、昼を過ぎてからこちらへ迎えに上がろう。不安であるというのなら、武器の用意も存分にされればよい。」

 そういって、フラロウスは去っていった。決して武人然とした態度を崩すことなく、彼のようなアクマを従えるマルバスに、恐れすら感じさせるほどだった。

「ふう…。なんだったんでしょうね、今のは。何を話したのか、ろくに覚えてもいませんよ。」

 フラロウスが部屋を出ると、シトリーは立ち上がり、伸びをしながらつぶやいた。シュリとクリネも、緊張から解放されて大きく息をついてリラックスしているようだった。

「何はともあれ、第一目標達成じゃないですか。これでマルバスのところに行けますよ。」

「結果的には、ですね。こんなやり方ばっかり続けるのでは身が持ちませんよ。さっきだって、いきなり切りかかられてもおかしくなかったんですよ。」

 シュリののんきな言葉に、クリネが食いつく。

「とにかく準備…といっても大してすることはありませんし、迎えが来るまでゆっくりしておきましょう。」

 対するシュリは、妹の様子などどこ吹く風、どこまでも余裕を崩さない。これでバランスの取れた姉妹なのだろう。

 ―まぁ、がちがちになってるよりよっぽど良いか。

 シトリーは、部屋に戻るべくゆっくりと部屋の扉へ手をかけた。


 約束通り、昼過ぎになるとフラロウスは宿までやってきた。準備が整っているシトリーたちを見ると、先ほどと同じように、あくまで客人として連れ出した。宿の前には立派な二頭立ての馬車が止まっており、そこへ乗るように促された。御者は、一人のアクマが務めていた。

「ずいぶん立派な迎えですね。中で襲われたりしないですよね?」

 クリネがひそひそとシトリーヘ話しかける。

「大丈夫。心配は無用だ。主は卑怯を嫌う方だ。」

 僅かに笑い交じりの声が響いた。どうやら、フラロウスに聞こえていたようで、クリネはびくっと体をはねさせると罰が合悪そうにうつむいてしまった。

 道中、シトリーたちは二言三言、会話をした。それは、ここまでの旅の様子であったり、街での生活の話であった。シトリーがヒトの町で店を営んでいるという話には、興味深げに聞き入っていた。

 しばらくして、立派な屋敷の前で馬車が止まった。

「ここが主の屋敷だ。」

 そういうと、フラロウスはシトリーたちを連れ立って馬車を降り、屋敷の中へと案内した。屋敷は街の中心部にあり、三階建ての、周囲の家とは比べものにならないほど立派なものだった。フラロウスによると、この屋敷にある自室で、マルバスは三人を待っているという。

 屋敷に入ると、内部はきれいに掃き清められおり、そこここで使用人であろうアクマが働いているのが見えた。みなこちらに目を向け、フラロウスを認めるとあるものは目を伏せ、あるものは頭を下げ様々に敬意を表していた。

「ずいぶんアクマ達に慕われているのですね。」

「うむ。わが主は、我々アクマのことを強く思っておられる。我々でなくとも、アクマなら敬意を表するだろう。」

 クリネの、小さな棘を感じる問いかけに、フラロウスは、前を向いたまま答えた。そして、ついでといわんばかりに意外な一言を付け加えた。

「この屋敷には、アクマの使用人しかおらぬ。我々はヒトに恨まれておるからな、ヒトの奴隷を屋敷に雇い入れるわけにはいかん。それに、そもそも主はヒトを奴隷として扱うことにあまりいい顔をされておらんからな。」

「それは、どういうことですか?」

 シュリが、いぶかしげに尋ねた。

「主の真意は、直接話せばわかるだろう。私から話すことではない。」

 またこちらを見ずにそう答えると、それきり黙り込んでしまった。

 マルバスの自室は、屋敷の最上階にあった。外からはそうとわからない、ほかの部屋と変わらぬ外見をしていた。これまでのはなしや、この屋敷のありようで、三人の中のマルバス像は、ずいぶん変わってきている。

「失礼します。お客人をお連れしました。」

 フラロウスがそう呼びかけると、室内から入室を促す声が聞こえた。朗と響く、若さと力のある声だった。

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