第二章 闇中の矜持-4

 アサミの街につく頃には、はや日も落ちかけていた。このアサミの街は、王都であるハチボリに近いためか、かなり栄えているらしかった。らしい、というのは、シトリーたちはいま、門から続く比較的大きな道を歩いているのだが、シトリーたち以外の通行人を一切見かけないのだ。町が立派でも、これでは栄えているとは言えないだろう。

 三人は、とりあえず今夜の宿を探すことにした。カナシロの街も、ほかの国よりいくらか暗い雰囲気だったが、この町はそれに輪をかけて沈んでいるように感じる。事件の中枢へ、確かに近づいているという気がしていた。

 宿につくと、ほかに過客もいないのだろう、部屋は直ぐにとることができた。宿の一階は広い作りになっており、軽食を取るようなラウンジや、道具屋もあった。交易品なども扱っているような規模の大きい構えである。シトリーたちは、ラウンジで軽食を取りながら、今後の予定を話していた。

「この町も、相当まいっているようですね。」

 シトリーが切り出す。

「そうね。特に、シトリーさんを見る目が…

「僕を見る目が、カナシロ以上に刺さります。ハチボリに近づいているだけ、直接的な被害が出ているのかもしれません。」

 クリネが言いかけた通り、宿屋に入ると、店員やわずかな客に目を背けられ、歓迎されていない様子が露骨に見て取れた。

 ふと、クリネが宿の一角にある道具屋を指さした。

「姉さん、あの道具屋、ハチボリからの商人も寄るのでしょうか。」

「あら、そうかもしれないわね。ちょっと尋ねてみましょうか。もしかしたら、ハチボリから来た商人とでも話ができるかもしれません。」

「僕は、部屋に戻っていましょうか?」

「いえ、シトリーさんにも来てもらいましょう。仮にハチボリからの商人とお話しできたとしても、だますようなことをしては相手の心証も悪くなります。むしろ、アクマがいることも含めて、私たちと話してくれるように頼みましょう。」

 シュリの頭の中では、すでに考えは決まっているようだ。

「ですが姉さん、仮にハチボリのヒトと話ができたとして、それではアクマ祓いの私たちが調査をしていることが相手方にばれてしまうのではないですか?」

「彼らは今までも度々アクマ祓いに調べられ、戦っているはずです。今回も、多少警戒はされるかもしれませんが特別視もされないでしょう。」

 シトリーも、それには概ね賛成と頷く。

「そうですね。よしんば相手からことを起こされたとしても、状況が動くだけ好都合かもしれません。」

「では、ここで宿をとってしばらく様子を見てみましょうか。」

 シュリが話をまとめると、三人は早めの夕食を終わらせ、就寝した。明日からは、交代で連絡を待ちつつ、街を探索する予定とした。そうは決めたものの、ハチボリからの商人など都合よくあらわれるのか、現れたとして、僕たちに会ってくれるのだろうか。その不安は、誰の胸からも消えずにいた。しかし、はたして数日のうちにハチボリの商人は現れ、向こうから話をしたいと持ち掛けてきたのであった。

 シトリーたちは、宿の一階にある、飲食もさせる個室で話すことにした。相手の男性商人は、三十代くらいであろうが、刻まれた疲れからか少々老け込んで見えた。受け答えこそ尋常だが、うつむきがちの姿勢に、青光りする眼でこちらを見据えている。時々、うつろに窓の外を仰いでいた。


 商人との話を終えた僕たちは、自室に戻り今後の行動を相談していた。日は早くも傾き始め、山々の橙が窓を通して部屋の中へ染み込もうとしている。

 商人からは、いくつかの情報を得ることができた。ハチボリのアクマ達は、かなり力の強いアクマであるマルバスと、その腹心のフラロウスの二名によって統治されていること。ヒトも、アクマに従っている限りはめったに殺されたりなどしないが、財産はアクマに差し出し、労働も強いられていること。時に、ごろつきのようなアクマたちに暴行を受けることもあること。女は、陰で暴行の対象になっており、おちおち外も歩けないこと。そして、気になることに、最近になってまた見かけないアクマが多数流入し、アクマの数が増えてきていること。得られた情報はこのくらいであった。

 これだけ話し終えると、商人はさっさとまた地獄のような街へ帰ってしまった。口には出せなかたのだろうが、帰り際に一瞬振り向いた、そのすがるような瞳が今も目の前で揺れているように感じる。

「なるほど、しかしこれだけの情報ではなかなか作戦も決められませんね。」

 クリネがつぶやくと。シュリはわざとらしく首をかしげて見せた。。

「あら、そうかしら?」。

「姉さん、何か思いついたんですか?」

「思いつくも何も、正面から入ってしまいましょう。」

「ちょっと姉さん、本気なの?」

「えぇ、もちろん。」

 シュリは、それが当然だというように答えた。

「だって、いまは外からのアクマの流入が増えているのでしょう?なら、少なくともシトリーさんは内側へ入りやすいんじゃないかしら。」

「そうかもしれませんが、私たちはどうするんです。」

「そこは、ほら。私たちはシトリーさんの従者か所有物ということで。」

「そんなおとぎ話のような作戦がうまくいくのですか?」

 クリネは、あくまでいぶかしげだ。

 シュリは、そんなクリネの不安もどこ吹く風、悠々としている。

 そこに、シトリーが口を添えた。

「いや、案外いい方法かもしれませんよ。僕らはどうにかして相手と接点を得なければいけないわけですし、堂々と懐へ飛び込んで、相手からコンタクトを取らせてもいいんじゃないでしょうか。」

「そう、そうですよ。」

 シュリもうなずく。

「わかりましたよ、では馬鹿正直に正面からお邪魔しましょうか。」

 クリネも、しぶしぶといった風にうなずいたのだった。

 話がまとまるころには、日はとうに沈み、重たい夜気が部屋の中にまで忍び込んでくるようだった。先ほどの道具屋の主人に尋ねると、ここからハチボリまでは乗合馬車で半日とかからないという。今夜は早めに眠り、明日の朝にハチボリへと発つことにした。

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