第二章 闇中の矜持-2

 この国の首都、ハチボリには数人のアクマが暮らしていた。その中でも、マルバスというものが特に力の強いアクマだったようだ。しかし、この国でもヒトとアクマの仲が悪いということはなく、穏やかに過ごしていたという。ところが、しばらく前になってこの国でもアクマがらみの事件が数多くみられるようになり、ヒトが襲われる事例も急増したらしい。国も、アクマ祓いを使って対応していたようだが、それでも日に日にアクマ関連の事件は増えていった。

 そしてある日、マルバスが多数のアクマを従えて国を治めるヒトの城に攻め込んだのだ。ヒトも抵抗したが、ついに城は落とされ王族は幽閉、町はアクマの支配下だという。

「それからというもの、ハチボリの街ではヒトはアクマの奴隷です。」

「奴隷…ですか?」

 シュリが怪訝そうな顔をする。

「他の街と商売をしている人は、売り上げをアクマに差し出すことを強要されていると聞きます。若い女性は慰みものにされることもあり、時には暇つぶし程度で嬲られることもあると。若い男性は労働力として、強制労働を強いられています。…アクマはヒトを殺しはしません。労働力として価値がありますから。でもそれは、「道具を壊さないように使う」という程度の認識なのです。壊れない範囲なら、アクマ達はなんでもします。もちろん、ただの噂も含まれているでしょうから、どこまで本当かは確かめてみないとわかりません。ですが…」

 シトリー達は、驚きを隠せなかった。彼女の言う通り、噂の審議は確かめなければならないだろうが、こんな過激なうわさが流れているというだけでも異常なのだ。アクマたちが、ヒトに対して行っている仕打ち。それはこれまでのアクマの生活からは、とても想像もできない。シトリー達の国では、まだ平和な部類だったのかもしれない。…同じアクマだが、シトリーのショックは大きかった。まして、ヒトであるシュリ達はどれだけの衝撃か。シトリーが様子をうかがうと、彼女たちは怒りとも悲しみともつかない表情をしていた。ヒトはこんな表情ができるのか、と場違いなことすら考えてしまう。見る者の心を切りつけられるような気持になる。

「そんな、ひどいことが…。」

「はい。幸い、アクマの勢力はハチボリを中心にそこからあまり広がってはいないようですが、その内この町までそんなことになるのかと思うと、と皆おびえています。事情に詳しい商人は、ハチボリへ寄り付くこともなくなってしまいました。」

「そんな状況で、ハチボリのヒトはどうやって商売を?」

「ハチボリから商人がやってきます。そして、他の街で取引をして、ハチボリへと帰っていくのです。地獄のような街でも、そこに家族もいますから。人質のようなものです。」

 そう言う店員の肩がわずかに震えた。悔しさ、悲しさ、不安、シトリー達外の人間と共有することで、それらが漏れ出したようだ。アクマの眼を恐れて、今まで大っぴらにこんな話もできなかったのだろう。

 ―何とかしなければ。アクマの僕でも、こんなこと、放置はできない。

 シトリーの心中に、より強固な決意が生まれていた。

「ありがとうございます。つらい話を、させてしまいましたね。クリネ、シトリーさん、もう十分だわ。」

「えぇ、姉さん。すぐにでもハチボリに向かいたいぐらいです。」

「そうですね…こんなこと、あってはいけない。必ず、私たちで止めましょう。」

「でも、どうやってハチボリの街へ入りましょうか。」

 クリネが疑問の声をあげた。確かに、どうにかして相手の懐に、せめてハチボリの街までは入らなければいけない。シュリも、目を伏せ思案顔をしている。

 シトリーも、ちらと考えてはみたが、やはり何も思いつかなかった。何気なく窓から通りへ目を向けると、港町らしく其処此処で魚や貝を乗せた荷車を見かける。この町には、アクマの姿が見えない。やはり、近隣のアクマはみなハチボリの、そのマルバスというアクマのもとへ集っているのだろうか。話を聞くに、それまではシトリーと同じようにヒトとともに暮らしてきたアクマなのだろう。

 ―マルバスと会った時、僕はどうするのだろうか。

「あ、あの…。」

 シトリーたちが、めいめいに思案していると、店員がおずおずといった風に声をかけてきた。

「ハチボリの街へ入る方法を探されるのでしたら、ハチボリの近くにあるアザミの街へ行ってみるというのはどうでしょうか。そこならハチボリからくる商人もいるはずです。ハチボリのこともっとよくわかるんじゃないでしょうか。」

「確かに、ハチボリの住人に直接話を聞けるのならそれに越したことはありません。次はアザミの街を目指しましょうか。…姉さんも、シトリーさんもそれで構いませんよね?」

「そうですね、アザミを目指しましょうか。」

 もちろん、反対する理由はない。

「えぇ。店員さん、ここからアザミの街へはどう行けばよいか、教えていただけますか?」

「は、はい!」

 店員さんの話によると、ここカナシロからアザミまでは二通りの道があるようだった。一つは整備された街道をいく道。もう一つは、森の中を抜ける道だ。街道を通る道はかなり大回りの道程であり、馬車を使ったとしても、森を徒歩で抜ける方が速い。普段であれば、森を通るヒトが大半だという。しかし、今はアクマに襲われるという例が出ており、使われることはないそうだ。

「僕たちだったら、この森を通ってもいいんじゃないでしょうか。」

「それもそうね。多少のアクマなら何とかできるでしょう。姉さん、この道を行きましょう。」

「早いに越したことはありません、そうしましょうか。出発は明日の早朝にしましょう。」


 今後の予定を決めたシトリーたちは、今夜の宿を探すことにした。店員が、泊まっていってくれといったのだが、それはシュリが丁寧に辞した。こんな時世に客商売の食堂が、アクマを厚意で泊めたとあっては何かとまずいだろうとの判断だ。もちろん、シトリーたちもこれに従った。宿を探して街を歩いていると、妙に風が刺し、シトリーたちは自然と襟を合わせるようにして急いだ。どうやら、今までにいた国よりも海風が冷たいようだ。あるいはこの町の空気がそうさせているのかもしれなかった。

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