第ニ章 闇中の矜持-1
「わぁ、これが私たちの乗る船ですか。」
翌日の早朝、シトリー達はまだ日も昇りきらぬ港へと来ていた。港町は、太陽が昇るかなど関係なく、朝特有の白んだ町中に営みの熱気が満ちている。
その熱を背に受けながら、クリネは船を見上げる。
「すごい…これで海へ出るのですね!」
クリネは、飛び出しそうな体を何とか押さえつけてはいるが、その上ずった声色には浮かれた気持ちを隠しきれていない。シュリは、そんなクリネを柔らかく見つめているが、幾分か顔が緩んでいるところを見ると、こちらも船に乗るのが楽しみで仕方がないようだった。
そんな様子をシトリーが見つめていると、それに気づいたクリネはわずかに頬を染めながら照れ隠しのように尋ねた。
「シ、シトリーさんは、船に乗ったことはあるのですか?」
「えぇ、仕事の買い付けなんかで、数回外国へ行ったことがありますよ。」
「へぇ…お店をやるのも悪くないかもしれませんね。」
他愛のない話をしながら、三人は船に乗り込んだ。甲板上では、多くの船員たちがあわただしそうに動いている。三人は、簡素な船室に荷物を置くと甲板の端で出航を待っていた。
「クリネさんたちも、これまでに旅をしてきたんですか?」
「そうですね、王都以外の街でも、先祖返りなんかは起きていましたから。もちろん、今のような異常な規模ではありませんでしたが、そのたびにちょっとした遠出はしていましたよ。」
「クリネは、表情には出さないくせにいつも楽しみにしていたわよね。そのたびに、不謹慎だと怒られて。」
「姉さん!」
姉妹がじゃれるように話をしている。すると、船乗りの威勢の良い声が響いた。
「船が出るぞ!」
ほかの乗客からも歓声が上がる。
「船が出るみたいですね。いよいよ、本格的に旅が始まる。」
「えぇ。必ずすべてを解決して、またここへ戻りましょう。」
シトリーがつぶやくと、シュリが答える。シュリの表情は、穏やかな決意を湛えたようにまっすぐ海の向こうを見やっていた。
そして、日中のほぼすべてを航海に費やし、水面に茜が煌めき始めたころ、シトリー達を乗せた船がカナシロ間近へと着いたのだった。
「さぁ、あれがカナシロの港だ。降りる準備をしてくれ。」
遠くに建物の影が見える。海の上から見える街影は、ほかの街と何にも変わらない。まさか、あの国で神話にあるような、アクマによるヒトの蹂躙が行われているとは、とても思えなかった。
カナシロの街は、ショウバと同じ港町でありながら、海運よりは漁業で栄えた街である。港に着くと、そこかしこに網を干す様子があり、新鮮な魚介を商う店が目立つ。だが、港町らしい、荒々しさと温かさの同居した佇まいはショウバと変わらない。そんな中で、三人はわずかな違和感を感じ取っていた。
「ここがカナシロの港ですか。街並みは私たちの国とあまり変わりませんね。」
「そうですね。ただ…どことなく、雰囲気が暗い気がします。」
「確かに、僕らもどことなく歓迎されていないようですね。」
道行く人々が、三人の様子をちらちらと伺っている。ショウバの街でもそのような空気はあったが、ここではどこか身に刺さる棘を感じるのだ。
「なにはともあれ、まずは情報を集めましょう、姉さん。」
もう夕暮れということもあり、シトリー達は適当な料理屋へ入り、食事がてら情報を集めることにした。
カラカラと、戸に括りつけられた鐘が鳴る。
「いらっしゃいませ。」
シトリーたちを迎えたのは、言葉こそ営業的に歓迎しているが、どこか探るような目つきの若い女性店員だった。フロアの店員はこの女性一人なのだろう。厨房には人がいそうな気配がする。シトリーたちのほかに数人の客がいたが、一瞥をくれただけで皆各自の食事に戻った。夕食時を過ぎているわけではないのだが、やはり活気がない。シトリーたちは、カウンターへと腰かけた。クリネが口を開いた。
「食事をしたいのですが、献立はありますか?」
「日替わりの定食でしたら…。最近は仕入れが滞り気味で、満足な献立ができなくて。」
「ではそれを三つください。姉さんもシトリーさんもそれでいいですよね?」
厨房へ注文を通した後、その女性店員はカウンターに戻るなり、驚いたことに向こうから話しかけてきた。
「あの…失礼ですが、そちらのお客様はアクマの方ですよね?」
「ヒトには見えないと思いますが。」
これまでの警戒されるような目つきに内心苛立ちが溜まっていたのだろうか、シトリーは少々棘のある物言いで答えてしまった。
「あっ、失礼しました。最近このあたりでは、ヒトとアクマが連れ立って食事なんて珍しいもので。」
店員の顔には、羞恥の色が浮かんでいた。慌てたように取り繕う姿には、年相応の雰囲気が見える。慌てる店員をなだめるように、シュリが説明を始めた。
「私たちは、旅の途中でこの町へ寄ったのです。このあたりの噂は伺っています。…私たちは海向こうの国でアクマ祓いを務めています。この国へは噂の調査で来たのです。こちらのシトリーさんは、一緒に旅をしている仲間なんですよ。」
シュリの説明を聞くと、店員の顔が目に見えて明るくなった。何をか話そうと口を開きかけたが、料理が出来上がったようで厨房へ呼ばれてしまった。
運ばれた料理は、港町らしく魚介中心の、簡素だが食欲をそそるものだった。塩で焼かれた白身の魚は、香ばしい焦げ目に脂が跳ねている。小鉢には、貝の佃煮だろう茶色く色づいたものが添えられ、少々固いが、かむほどに味の出る一品だった。この国では、コメという作物が主食だ。輸出もされているからシトリーたちの国でも食べることはできるが、目の前のそれは炊き立ての輝きにまぶしく、味も格別だろう。
あらかた食べ終わって、クリネが先ほど言いかけた話を求めるべく口を開いた。
「あの…先ほど、何か言いかけたようなんですが。」
「あっ、はい。その、この国で起きていることをお話ししたくて。」
シトリー達は一瞬顔をも合わせると、シュリが代表して続きを促した。
「聞かせて、もらえますか。」
店員は一瞬目を伏せると、一つしっかりと頷き、話し始めた。
彼女から聴いた話は、三人に大きな驚きをもたらすものだった。
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