第一章 はじまりの国-6

「終わりましたね。お二人ともさすがというべきか、強いですね。圧倒的じゃないですか。これじゃあ、並のアクマでは歯が立たないでしょうね。」

アクマの群れを危なげなく退けた僕たちは、また目的地へ向かって街道を歩き始めていた。アクマの遺骸は、火の魔法で燃やしている。野ざらしにしておくと、病気の苗床になる可能性があるし、何より街道にそんなものを放置しておくわけにもいかない。三人は歩きながら、さっきの戦いについて話していた。

 シトリーは、シュリとクリネの剣の冴えに、興奮を隠せない。

「ふふっ、これでもアクマ祓いですから。シトリーさんこそ、魔法が使えるのですね。それもかなりの威力ではないですか。」

 シュリも、シトリーの魔法には驚きがあったようだ。

「一応僕も、それなりのアクマだとは、思っていますからね。」

「それでもすごいわ。私も少し心配しましたけど、まったく無用でした。そういえば、姉さんも魔法が使えるんですよ。」

 横から、クリネが口をはさんだ。

「え?そうだったんですか。ヒトで魔法が使えるなんて、すごいじゃないですか。」

 魔法を使えるのは、アクマだけではない。しかし、何の差かはわからないが、ヒトで魔法を使うものは少なく、ほとんどアクマの技術と化していた。

「あら、ありがとうございます。でも私の魔法は、傷を治したり、体を丈夫にしたり、力を強くしたり、そんな類のものなんです。あまり派手さはないんですよ。」

「それでも、ですよ。傷を治すなんて、僕みたいなものを壊す魔法使いよりもよっぽど役立つと思いますよ。」

「フフ、ありがとうございます。…あら、遠くに見えるのは街かしら。」

「本当だ、あれがショウバの街ですか?」

 シュリが道の先を指さす。その先を見て、クリネも声を上げた。見ると、遠くに建物の屋根が見える。

「えぇ、あれがショウバの街ですね。もうすぐ潮の香りもし始めますよ。」

「本当ですか!私は海を渡ったことはないので、少し楽しみですね。」

シュリは、心なしか、雰囲気が柔らかくなったようである。一緒に戦ったことで、警戒心が薄れたのだろうか。

三人がショウバの入口へたどり着くと、陽はすでに傾き始め、たっぷりと重たい夕日が街を浸していた。そんなショウバからは、潮の香りとともに港町特有の荒々しい活気が漏れ聞こえてくるようである。それは、否応なしにこれから始まる旅へと気持ちを高ぶらせ、シュリ達姉妹は口々に旅への思いを語っていた。その姿は、年相応の女性そのもので、先ほど見せた鋭い剣士の姿などは微塵も感じさせない。

華やかな声の隣で、シトリーはふと後ろを振り返った。来た道はすでに暮れ始め、遠くにわずかな人家の明かりが見えるのみだった。そのさらに向こうに、旅立った王都があるのだろう。しかしその姿は、まさに降りてくる夜に阻まれ、ひどく彼方にあり戻ることを拒んでいるように思えた。

いざ街に入ろうとするとき、シュリはふと立ち止まり、シトリーに向き直った。

「それにしてもシトリーさん、さっきはその…アクマをためらいなく倒してましたよね?」

 聞きにくそうに、目線を下げながら尋ねる。

「あぁ、ああいうアクマは、アクマの中でも僕たちとは種が違うというか…アクマにも格というものがあって、ヒトと獣のような関係ですね。だから、牙をむかれれば当然戦いもします。」

「そうなのですか…アクマにもいろいろあるのですね。私たちにとって、アクマとは隣人でありながら、戦い、倒す対象でした。今回の旅は、きっと貴重な勉強になるのでしょう。いや、勉強させてください。」

「僕の方こそ、ヒトとこんな旅をするなんて、いい経験ですよ。よろしく頼みます。」

「あ、私も、仲間に入れてくださいよ。」


街の門をくぐると、外から感じたとおりの活気を肌に受ける。

「わぁ!もう夕方なのに、賑やかですね。」

 クリネが目を輝かせる。

「そうね。王都とはまた違った活気があるわね。シトリーさんは、この町に来たことがあったんですよね?」

「えぇ。そうですね…いつも仕入れに来た時の顔なじみの商人がいます。船も持っていたはずですから、まずはその人に話を聞いてみましょう。」

 ショウバの街に入ると、さすがにヒトとアクマの旅は珍しいのだろう、どことなく注目を集めていた。シトリー達は、船を頼むべく港の知人のもとへと向かった。


「アクマとヒトの旅仲間とは珍しい。だが、ハチボリの国かぁ…あそこへ行くのは、あまりお勧めしないな。変な噂があるんだ。」

船着き場で、シトリー達は知人の商人に話を聞いていた。やはりハチボリへの渡航には賛成しかねるらしく、渋い顔でシトリー達を見据えている。

「噂ですか?良ければ、その話を聞かせてもらっても?」

「あぁ、良いぜ。旅の商人なんかの噂なんだが…最近ハチボリの国ではアクマがクーデターを起こしてな、ヒトを奴隷のように扱っているらしい。元々ハチボリの国にも何人かアクマはいたんだが、この国と同じくヒトとうまくやっていたようだ。だがしばらく前にマルバスだとかいうアクマが現れて、ほかのアクマたちを束ねてヒトを襲い始めたらしい。ただ、やみくもに殺されているわけじゃなく、奴隷として厳しい労働と搾取、女は慰みものにされているようだ。それでも、被害はまだ首都の城下周辺にとどまっているし、港のあるカナシロの街は無事だからな、一応商船は出してるが…。」

どうやら、かなり事態は進んでいるらしい。しかし、ハチボリの港町へ船は出ているようだ。行き詰らなくて何よりだとばかりにクリネが尋ねる。

「では、ハチボリの国へ行くことはできるのですね。」

「いや、行くには行けるが…本気かい?」


「えぇ、一応、私たちはこの国でアクマ祓いをやっております。ご心配はありがたいのですが、そう簡単にアクマの手には落ちません。」

これまで不安そうな顔を崩さなかった商人だが、旅の供がアクマ祓いであると聞いて、漸く表情に柔らかさが出た。

「おぉ、アクマ祓いさんか…まぁ、何か事情があるんだろ、よし、わかった。船を出そう。ただ、航海は一日がかりだ。出港は明日の朝になるぞ。」


「ありがとうございます。では、また明日の朝来ますね。じゃあ、シュリさん、クリネさん、どこかで宿をとりましょうか。」

「お、シトリーさん、キレイどころ二人とお泊りか。羨ましいねぇ。」

話もついて余裕が出たのだろう。先ほどまでの渋面をよそに、すでに下世話そうな、それでいて人好きのする笑顔が浮かんでいる。

「あらあら、変なことをされるのかしら。」

シュリも表情を崩す。

「…しませんよ、命がいくつあっても足りませんから。」


そして、次の朝。シトリー達は船に乗り、ハチボリの国にある港町カナシロへと向かうのであった。

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