第一章 はじまりの国-3

 今、シトリーは城の一室にいる。おそらく応接室だろう。派手に過ぎない程度の、だが質の良さを感じさせる調度品が並べてある。部屋の中央には十人程度は座れそうな大きな机があり、その背後に数人の兵士が折り目正しく立っていた。シトリーは、机の前に立ち、そのすぐ横には兵士が立った。背中側にも、兵士が立っている。椅子には、数人のヒトが着いていた。役人であろう人物、そして、華美な服に身を包み、威厳を纏う人物がいた。シトリーは、兵士に囲まれながらこの国の、一国の王自らに聴取を受けていた。


 広がった騒ぎは、現れた鎧の男たちによって落ち着きを取り戻しつつあった。

「静かに、もう大丈夫だ。無事なものや無関係なものは、家へ帰りなさい。」

 それは、城の兵士だった。

 シトリーのいる国は、ヒトの王が治める王国である。この国に限らず、今の世界の大半はいくつかの国によって治められ、それはみなヒトの王による統治だった。そしてこの町は、まさにその王のお膝元、この国の首都であり、王城を抱える町だった。この国では、城の兵士が治安の維持にあたっている。騒ぎを聞きつけ、やってきたのだろう。しかし、どうやら今回はそれだけではなかったようだ。住民を落ち着ける傍らで、数人の兵士がシトリーを囲み、そのうちの一人が話しかけた。

「最近、アクマによると思われる事件が頻発していること、ご存知ですよね。その件で、少しお話を伺いたい。王城までご足労いただけませんか。」

 それは、口調こそ丁寧だが有無を言わさない圧力をはらんでいた。


 そして今、緊張の中、王の前にいるのだった。促され、シトリーは王の対面に座った。すぐに、数人の兵士がわきに控えた。あからさまな警戒だった。シトリーの緊張を悟ってか、明るい声で王が語り掛けた。

「シトリー。まずは今朝の騒動の鎮圧、ご苦労だった。おかげで、犠牲は最小限に抑えられたようだ。礼を言う。」

「は、はい。ありがとうございます。」

 シトリーはぎこちなく答えた。王は満足そうにうなずくと、つ、と雰囲気を変え問いかけた。

「アクマによると思われる最近の事件、すでに聞き及んでおるな。」

「あ、は、はい、存じております。」

「そうであろう。率直に言おう。我々は、君もいつかそうなるのではないかと疑っている。」

「…そうなる、というのは?」

「無論、先祖返りだ。君が我々を、この国のヒトを襲い、殺めて回るのではないかということだ。今朝のアクマのようにな。」

 全身から冷たい汗が噴き出す感覚だった。構わず王は続けた。

「ここ最近、急激に先祖返りが増えておるのは知っての通りだろう。どうやらそれは、世界中のいたるところで起こっておるようだ。時を同じくして、町の外にいる獣型のアクマも、数を増やし、凶暴性を増しているようだ。人々の被害も甚大だ。幸い、この国の周囲ではまだそこまでの被害は出ていなかったが、それも今日までだったな。」

「…。」

 シトリーは、何も言えなかった。シトリーには、何とも実感が持てなかったが、事が大きいとは伝わった。王はまさに、世界を覆う脅威を語って聞かせていた。

「さらに、世界中の何か所かに、特に力の大きなアクマが現れ、他のアクマを率いてヒトに害をなしていると聞く。旅の商人の噂だ。あまりにも速く、大きな勢力を作っているそうだ。どの国も思うように対処ができておらんようだ。」

 ここに至って、シトリーにも王の言わんとする闇の一端が見えてきたようだった。

「それは…まるで…」

「まるで神話の戦争の再現のようだ。そして、この近辺で他のアクマを率いるほどの力を持つアクマを上げれば、まず君だ。力も強い。魔法も使える。今朝の暴れっぷりも、なかなか、壮絶だったようだな。」

 シトリーの目に、王は見えていなかった。ただ、今朝の大立ち回りの果てにアクマを殺した、そのシトリーを見る人々の怯え切った目が浮かんでいた。

「それで、私はどうすればよいのでしょうか。」

 王は、少しだけ目を伏せると、重そうに口を開いた。

「この国を、出てもらおう。」

「…そうですか。」

「この国の国民は、君を恐れておる。私もだ。この国には兵士もいる。アクマ払いと呼ばれるものも、何人か抱えておる。だが、これからは国を守らねばならん。今以上にな。国内に、不安材料を抱えるわけにはいかんのだ。国民のためだ。わかってくれ。」

 その国民に、僕は入っていないのか、という考えが一瞬頭をよぎったが、すぐに振り払った。この事態はアクマが起こし、ヒトが被害者だった。多くの国民がヒトで、…王もヒトだった。シトリーは頭を下げ、細く息を吐いた。目を上げると、王がまっすぐこちらを見据えていた。―従うほかない。だが。

 そこまで思い至って、シトリーの中に一つの意思が芽生え始めた。

「わかりました。私はこの国を出、しばらく旅にでも出ます。」

「そうか、なら、」

 わずかに軽くなった声で王が何事か言いかけたが、シトリーがそれを遮るようにつづけた。

「そして、旅の中でこの騒動の元凶を探ってきます。」

「なんと、この事態を解決すると申すか。」

 驚きに、僅かに上ずった声で王が答えた。

「はい。」

 シトリーは強くうなずいた。

「寝物語の神話に聞くような事態、ほうって解決を待つのもよいですが、せっかく旅をするなら、その真実を知りたいのです。虐げられている人がいるなら、なおさらです。」

「君と同じアクマと相対する事になるのだぞ。それでも正義感を貫けるか?」

「ヒトを虐げ、襲う罪人なら、致し方ありません。それに、この件が片付けば、この国に戻ってこられるはずです。」

 そう言うと、王はう、うと何事か唸ったが、小さく息をつくとまっすぐシトリーを見つめて口を開いた。

「わかった。そこまで言うなら、真実を探して見せよ。ただし、目付け役も兼ねて我が国のアクマ祓いをふたり、連れていけ。まだ若いが役に立つはずだ。その間、私はこの国を守るとしよう。」

「ありがとうございます。必ず、真相を突き止めて見せます。」

「期待しているぞ。しばらくこの部屋で待っておれ。同行者を来させよう。旅に出る前には、城内の商人に話を聞いてみると良い。件の旅商人だ。何かの参考になるだろう。必ずこの件を解決し、この国に帰ってこい。」

 そう言って、王は出て行った。部屋には、シトリーと二人の兵士が残された。誰も、一言も発しはしなかった。


 コンコン


 しばらくすると、扉が叩かれ、二人の女性が入ってきた。

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