第一章 はじまりの国-2

 ―キャァァァァッッ


 大通りのほうから、女性の叫び声が響いた。

「おばさんはここで!」

 そう言い捨てて、シトリーは声のしたほうへ走り出した。シトリーの家は、メインの通りから何本か奥まったところにあった。にわかに熱を感じる町中を駆け、声のした通りにたどり着いた。

 ―鬼だ。

 一目でそう思った。そこには、ヤギの頭に蝙蝠の羽を背負った一人のアクマが立ち、数人のヒトが遠巻きに円を作っていた。アクマは手に作業用の鉈を握り、目を吊り上げ、立ち上るような殺気をまとっていた。その足元には、一人のヒトが倒れ背にはナイフが突き刺さっている。石造りの道に赤い花を咲かせ、もう動かなかった。

「シトリーか。」

 このアクマのことはよく知っていた。この街には、アクマは二人しか住んでいない。それがシトリーと、彼だった。常日頃は温厚で、近所の住民ともうまくやっていた。

「いったいなんだこれは?何のつもりだ?」

「もう御免なんだ。ヒトと馴れ合って生きるのは。ヒトの作った枠の中で生きるのは。だから壊すんだ。」

 アクマの目には、怖じた色も悪びれる気配も全くない。

「何を言っている…。」

「俺たちアクマは、もともとこういう物だったじゃないか。さぁシトリー、お前も来い。」

 その誘いは、ただただ邪悪な響きしかなかった。シトリーは、険しい目でアクマを見返し、無言で、傍らの死体からナイフを引き抜いた。その先は、アクマに向けて構えられている。

「そうか。残念だ。」

 そう吐き捨てて、アクマは一直線に斬りかかってきた。容赦のない刃が振り下ろされ、シトリーは寸でのところで身を引き、躱した。

 ―これが、先祖返りかっ

 シトリーは、横へ後ろへ足を引き、距離を取ろうとするが、そのたびにアクマは、一息に距離を詰めて切りかかってきた。表情は残酷なまま、恐ろしい身のこなしだった。とてもこんなアクマが町中に、昨日まで温厚に暮らしていたとは思えなかった。何度か受け、躱しを繰り返したが、一向にらちが明かない。

 ―このままでは…

 周囲にヒトの輪がある。いつ被害が出てもおかしくない。

「仕方がないっ。」

 短く叫ぶと、シトリーは一瞬、道に目を伏せ、集中した。

“ルド”

 ふ、と透明な炎が足元から下に吸い込まれていくような感覚があった。すると、わずかな地響きが起こり、ぐっと大きくなると、石畳を跳ね上げて手の形をした土の塊が突き出し、アクマの足をつかんだ。

「なんだこれは!」

 アクマがもがく。しかし、土の手につかまれ、満足に身動きが取れない。

「おとなしく、してくれよ。」

 息の上がったかすれ声で、祈るように声をかけた。身動きが取れなくなったアクマは、しかし、口の端を上げると今度は周囲のヒトの一人へ向けて、手にした鉈を振りかぶった。

「馬鹿なことをっ!」

 とっさに指を上げ、集中する。指先から小さな火花がはしり、アクマの銅を貫いた。服の焼けるにおい、肉の焦げるにおいがツンと立ち込める。足元の土の手を戻すと、アクマはどっと倒れた。周囲のヒトは、息を忘れたように、誰も声を発さなかった。

 魔法。この世界には、そう呼ばれる力がある。一部のヒトやアクマが使える、超自然の力。シトリーが使って見せた火花や土を操るものや、傷を癒すものまで、様々な力があり、人によって得手不得手もあが、大抵魔法の使用者は尊敬や恐怖の対象になった。

 ―これは、まずいかな。

 そう思った時、一人のヒトが思い出したように悲鳴を上げた。

「イヤァァァァっ!」

 それを引き金に、周囲に混乱が広がった。

「大丈夫です!落ち着いて!」

 シトリーが収集しようと声を上げるが、パニックに陥った人々は聞く耳を持たない。うろたえていると、灰色の鎧に身を包んだ数人のヒトが現れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る