112話「二人の会話」
梓による呪いの代償の、最後の返済方法を聞いて、杏香は息を飲んだ。
「へぇ……死ぬギリギリのところで、呪いの代償を苦痛で払うねぇ……私、呪いは一生使わないでおくわ」
「考えようによっては、負債は一気に死ぬ時に払えばいい。とも考えられますよ?」
「そんなことないでしょー。リスクが大きすぎるわ。ちゃんと成功しなかったら、こっちが死んじゃうんでしょ?」
「代償と引き換えに、神や悪魔と言った存在に協力してもらうわけですからね」
「失敗したら死ぬとか、ちょっと困るわ、それ。しかも死ぬ時にその間のことを踏み倒せるわけじゃなくて、きっちりと苦しんでから死ぬらしいし」
「その辺りは、なかなかちゃんとしてますよね。私もそう思います。ええと、分かった事はもう一つあって……呪いのルールとして、どうも呪いから丸三日以内に供物を捧げる……つまり、生贄を指定しないといけないらしいですね」
「そうなんだ。でも、梓、地下で怪物何十体も倒したって言ったじゃない」
「盛られてますよ。私が倒したのは、きっちり八体。呪い二回分です」
「そうなの? そうだとしても、三日経ってないけど……」
「最大三日待てるというだけで、複数祭壇を用意するとか、呪いを最後までやって、終了させてしまえば、すぐにでもまた始められますからね」
「ああ、そういうことか……あ、でも、もしそうだとすれば、呪いの間隔で、ジュブ=ニグラスの呪いだって、もっと早くに特定できたかもしれなかったわね。三日以内か、そうじゃないかで二分されるわけだし」
「そうですね。でも、連続した二つの殺人がペアになってるって分かった時には、もう、だいぶ真相に近付いていましたから、それが分かっても、そんなに変わらなかったかもしれないですが」
「んん、確かにそっか……呪いも三日以内に使うことが多かったみたいだもんね。露骨に三日以内の時と、そうじゃない時が分かるんだったら、もっと順調に操作は進んでたけど……それも最初は分からなかったくらい、呪いが頻繁に行われてたから」
「ええ……彼女は肉体関係も含めて様々な手段で、仮初めの関係であれ、大事な人を作り続けてきたみたいですからね」
「手段を選ばないってやつね」
「ええ……それに加えて、冬城さんはとっても魅力的な人だったのでしょう。この呪いで供物として成立するということは、彼女を本心から慕っているということに他ならないですからね。冬城さんの魅力が負の方向へと向かってしまったこと、残念に思うです……」
「ええ……」
杏香が俯いて、少し悲しそうな表情をした。そんな表情をしながら、お茶を一口、茶碗をグイッと傾けて口に含む。梓はそれを見て、杏香も同じ気持ちなのかと、杏香の心中を察した。
「……」
突然、沈黙の時間が訪れたので、梓は間を埋めるために、傍らに置いてある木製のボウルに手を伸ばし、中から丸いチョコレートを一つとった。キャンディのように包まれた包み紙の両端を引っ張り包みを開いて、中の丸いチョコレートを、ポイと口の中に放る。途端にチョコの甘味と、少しの苦みが口の中に広がる。
「杏香さんもどうです?」
「ああ、そうね」
杏香は木製のボウルの中から、小分けにされて透明のパックに入った煎餅を一枚取った。
「ま……しんみりしてても、しょうがないわよね」
そう言いながら、杏香がパキリと音を立てながら、煎餅を噛んだ。
「そうそう。そうですよそうですよ……あ、ところで、報告書に、書いた方がいいです? 今、調査してることも」
「ん……そうね……事件に関係ある部分は書いていいかもね。これについては調査中で、まだ不確実な事が多いって旨の、ことわりを入れてから」
「ほうほう、そういうのもアリなんですか……」
「ところで、地下にあった像はどうするの? あれ、まだあそこにあるんでしょ?」
「あれは、確か事件の証拠品になるかもしれないっていうので押収されて、今は警察が持ってるみたいですよ」
「ああ、そうなんだ。あれ、価値ありそうなやつだから、どうしたかなって思って」
「ブードゥーかクトゥルフ関係の信者が、儀式に使用していたものでしょうね。結構古いものらしいです。
「そうなの? じゃあ、結構、価値、あるんじゃないの?」
「ダークネット経由で販売されたものですから、価値はあるでしょうね」
「ほうほう……」
「あの……杏香さん?」
「うん?」
「あまり変な物とは関わらない方がいいですよ?」
「いや……冬城の所へ返却された日には、安値で買って、うまく転売とか出来るかなって……」
「せこっ……それはそれで、何が起きても知らないですよ。何度も儀式に使われて、色々な人の、色々な感情が染み込んだ像でしょうから」
「祟りがあるとか……?」
「そうです。バチが当たっても知らないですよ」
「うーむ……ちょっとリスクは高いか……」
「そうそう。いわくつきの品で儲けようとするって、怖いですよ……さて、じゃあ杏香さん、色々と教えていただいてありがとうございましたです」
「んっ? もういいの?」
「ええ。ちょっと渡しに行かないといけないものがあるので」
「ふうん……じゃあ私も一緒に出てくわよ」
「ゆっくりしてていいですよ。この食べ物も余ってますし」
「いえ、私もちょっと長居し過ぎちゃったから。いわくつくきの品を転売するんじゃなくて、ちゃんと次の仕事で稼がないとね」
「間髪入れずにですか。大変ですね」
「まあね。次の仕事は近場っちゃ近場だから、宿は借りないで、今日中に行っちゃおうと思ってね。そうすれば、向こうで泊まれるから、宿代、浮くし」
「過労働は体に毒ですよ」
「今急いどけば、後々楽なのよ、のちのちね。梓は、彩月堂のチョコカスタード饅頭持ってくの? それが渡したい物?」
「ええ、そうなんです。今回の件で、お礼、しようと思って。これ、手土産にはぴったりなんですよ」
「へー、そうなの? 確かに手土産には良さそうね。私も買っていこうかな、折角だし」
「じゃあ、場所、教えるですよ」
「ほんと? ありがとう」
「途中までは一緒の道だと思うので、一緒に行きながら教えるですよ。支度、するから待っててくださいです」
「うん。じゃあ、あたしも支度しとくわ。ええと……忘れものは無いようにしないと……」
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