113話「悠」
「いやー! あの時の駿一、珍しく気が利いてたなぁー!」
今は正午近い。太陽がカンカンと照って真夏の日差しにじりじりと焼かれそうなくらい熱い。そんな時に、駿一の耳にキンキンと耳障りな声が響く。二重苦だ。せめてエアコンが効いている喫茶店に避難しなければ、命も危ないかもしれない。
「……」
くそっ、インターバルを置いたことで、かえって慣れがリセットされている。久々に耳元でべちゃべちゃと喋られると、耳のキンキンが五倍くらいに増えた気がする。駿一は頭を抱えた。
「ねえねえ、憎いことするじゃないの。このこのぉ~」
悠が肘で小突く。幽霊と人間は干渉しないので、当然、その小突きはスカスカと透過してしまうのだが、悠はそんなことは全く気にしていないようだ。駿一は、そんな悠を馬鹿な奴だと心の中で一笑に伏すが、伏しきれるはずもない。
「……」
視界の端で、ちらちらと悠の肘が見え隠れするのでウザったいのだ。しかも、その肘は駿一の胴を貫通しているような感じもして、だんだんと気分も悪くなる。
「……何だよ、俺は何にもしてないぞ」
「したじゃーん! あの時、地下で決着がついた時さ、空来さんが、杏香さんだっけ? 人を探しに行った時に、駿一、さっと出ていったじゃん!」
「あれが何で気が利いてるんだよ」
「えっ、だって、そしたら空来さんが気兼ねなく、桃井君に付き添えるじゃない。だから、駿一はスッとさり気なく居なくなったのかと思ったんだけど……?」
「まさか……俺はただ、梓さんには義理があるから協力してただけで、事件が解決したのなら、幽霊だろうが呪いだろうがオカルトじみたことからは一秒でも遠ざかっていたいからだ」
「ええっ!? 本当にそうなの!?」
「ああ、そうだぞ。てか、近くでティムと冬城が暴れてるんだぞ? 気が散って気兼ねなくなんて出来んだろう」
「そういう問題じゃないんだよ。そういう時は、その二人は空気になるから」
「あのウザいティムが空気にか? ゴリラ女が二人も居たら、空気になるどころか空気が汚染されるぞ」
「おいおい! 酷い言われようだな!」
「うおっ!」
「人に聞かれて動揺するようなことは、居ない時でも話すなよ」
ティムは、いつの間にか駿一の隣で歩いていた。
「ん……す、すまんな……」
チビだから気付かなかった。駿一が頭の中で舌打ちする。
「ほら、駿一がデリカシーの無いこと言うから。デリカシー無いっていうか、バッシングに近いよ、ゴリラは」
「いやいや、悠の言ったことにも傷付いたぞ」
「えっ、私!?」
「そうだぞ。空気とはなにごとだ空気とは。ちゃんとボクだって気を使って、冬城を蔵の外にまで引っ張って暴れたんだぞ!?」
「あっ、そうなんだ……やるねぇティムちゃん!」
「そうだろそうだろ。私だって、ゴリラじゃなくて女子だからな」
「でもビッグフットだろ?」
「そうだぞ! ボクは誇り高きビッグフットだ! そして女子でもあり、乙女でもあるのだ!」
駿一は、ゴリラとビッグフットなら似たようなものではないのかという意味合いで言ったのだが、よくよく考えてみたら、ティムが胸を張るのは当然だ。ビッグフットであるティムは、印象は別にして、見た目はゴリラよりも人間に近い。それに、ティムはビッグフットであることに自信を持っているのだ。
「ああ、そうですか……ったく、本当は外で思う存分暴れたかっただけじゃねーのか? 空気の方がマシだったんじゃ……」
「だぁーっ! 人を喧嘩狂いだの空気だのいいやがって! 先入観を捨てないと、一人前の戦士にはなれんぞ駿一!」
「だから、俺は戦士になれなくたって一向に構わんのだがな……」
「まったく、人を雪奈みたいに言いやがって……」
「それ、心外……」
「うおっ! 居たのか雪奈!?」
「人に聞かれて動揺するようなことは、居ない時でも話さない方がいい……」
「ん……そ、その通りだ……す、すまんな……」
「くそ、何でこう……」
駿一が、ぼそりと毒づく。ティムと雪奈、そして、この場には居ないがロニクルさんが学校に転校してまで俺に纏わりついてきた時には気絶するほど衝撃を受けたが、よくよく考えれば、学校の連中に飛び火して、俺の負担は減って楽になるのではないか。そう考えていた。
しかし……どうやらそちらの方が楽観的な考え方だったようだ。実際は、学校の連中とも付き合うようになって、一人にかまう時間は減っている。しかしながら、その分、一人一人にかまう時間が分散して、別々に相手にしなければいけないようになってしまった。
つまり、悠の相手が一段落した後に、こうやってティムが現れるという具合で、誰かしらと話している時間は多くなったのではないだろうか。と感じるということだ。この場に居ないロニクルさんも、どうせ後になってから来るに違いない。波状攻撃だ。
「でも、退院できてよかったよね、ティム」
「おお、そこらの奴みたいにヤワじゃないからなボクは! 悠こそ、僕が寝てる間に何かあったみたいじゃないか!」
「ああ、こいつ、突然姿を消したからな。普段はこれだけべったりと憑いてるのにだぜ。その間は、どんなに過ごし易かったか……要は、結局、自分が吉田に殺されたってのがショックだったってわけだな」
成仏したのだろうという予測は、どうやら希望的観測が過ぎた予測だったらしい。駿一は肩を落とした。
「それもあるけど……桃井君が行方不明になったのも、もしかしたら私のせいなのかなって思ったらさ、もしかして、桃井君は、私を見る度に辛い思いをしてるんじゃないかなって、思っちゃって……」
「ううむ……その気遣い、俺には無いのな」
「え、だって、駿一は私と一緒に居た方が楽しそうだよ!?」
「冗談! てか、そんなに心配なら桃井の方には行かないのかよ?」
「うん? うーん……なんだか、駿一のそばに居ないといけない気がして……」
「そうなのか? ううむ、とすると悠は背後霊か、それとも特殊な地縛霊なのか……」
「あっ、桃井君……桃井くーん!」
梓は、一回躊躇したようなそぶりを見せたが、すぐに桃井の名前を呼んで、正面に向かって手を振った。
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