111話「呪いの代償」

「……で、そのティムってのは大丈夫なの?」

「はい?」

「ティム。髪の赤い女の子。救急車やら警察やらが来てゴタゴタしてたから一瞬だけしか会わなかったけど、覚えてるわよ」

「ああ、ティムちゃん」

「まだ怪我してたんでしょ、ティム。で、その状態で取っ組み合いになってたからさ」

「それなら大丈夫ですよ。ティムちゃんは生半可な鍛え方はしてないですから、筋肉で傷口だって塞げちゃうですよ」

「そ、そうなの?」

「はい。怪物の一撃にも耐えた人ですからね。その後も順調に療養して、もう退院したですよ」

「そう……なら、良かったけど……」

「それより、これ、早く仕上げないと」

「やっぱり、私が手伝わないとだめなの?」

「杏香さんの方が、報告書書くの、上手いじゃないですか。協力してくださいです」

「ん……分かったわ。ええと……呪いのルールとしては、第一に、自分の大事な人一人の命で一人殺すことができる。第二に阻止された時、自分の大事な人を代わりに捧げないといけない。つまり、失敗した場合は大事な人が二人死ぬ。第三にそれも阻止されたら自分が殺され、今までに使った呪いの回数分の苦しみを味わうことになる……か……」

「はい。儀式の詳細な方法は書けたんですけど、呪いのルールというか、主に呪い返しについてになってしまったんですけど……」

「なるほど……見れば見るほど、おどろおどろしい呪いね。どんどん人が死ぬように出来てるわ」

「そうですね。本来の豊穣のまじないを、無理矢理人を殺すように改造した結果なのか、それとも、この呪い自体が、出来る限り多くの人を殺したいとかの悪意を込めて作られたものなのか……気になりますけど、そこら辺は、もう調べても出てこないでしょうね」


「不思議なのは本よね」

「そうなんですよね。冬城さん宅の、蔵の地下室。あそこをいくら探しても、それらしい本は見つかりませんでした」

「そうね。あの後、二人で念入りに探したんだもんね」

「はい……隠し扉のようなものもありませんでしたし、地下以外にも、これといって凝った仕掛けも見当たらなかったです」

「ま……あんなコンクリートのシンプルな地下室じゃ、隠し扉や隠し収納なんて、作りたくてもなかなか作れないわよ。地下以外に作るとしても、親と同居してたんだから、地下室以上に凝った仕掛けなんて作りづらくてしょうがないだろうし。あの場合はもう、普通に探せる分しか無いんじゃないかしら」

「でも、どこを探しても、あの呪いが書いてある本なんて見つからなかったんですよね。図書館にあたってみても、冬城さんの名前でそんな本を借りたという記録はどの図書館に聞いても存在しないっていうし。冬城さんは、一体、何を見ていたのでしょう」

「さあ? 不思議よね」

「これだけは、もうこれ以上は探しようがないです」

「そうねぇ。古文書の類が、どっかの遺跡で発掘でもされない限りはね。うーん……あ、ところで使用の話に戻るけど、呪いの部分、箇条書きにした方がいいかもね。三つに分けて」

「あ、そうですね。ルールは三つだし、そっちの方が見やすいですもんね」

「そうそう。こういう資料は、分かりやすいってのが重要なのよ。無駄な修飾語は極力省いて、事実だけを伝えるのよ。そして、文章はなるべく無くして、箇条書きとビジュアルで攻めるのよ」

「ほうほう、なるほど……」

「別紙の資料として、何か一発で分かるような、本の写しとか、証拠写真とかを添付すると、よりグッドよ」

「そうですか……これそのままの呪いは、ネットにも本にも、結局載ってなかったですからね」

「そうねぇ。まあ、だったら、無理に付ける必要は無いけど。しかし、こんなドマイナーな呪い、よく見つけたわね、冬城は」

「そうですね。どこが出所だったのかだけは、はっきりとさせたかったんですけど……冬城さんの、あの地下室にも、この呪いそのものは無かったですからね」

「カスタムメイドの呪いかしら?」

「うーん……それも可能性としてはありはしますけどね。でも、冬城さんの性格から考えると、自分で作ったのいうのは、ちょっと考えにくいんですよね。冬城さんは、いかに効率良く既存の呪いを利用できるかに腐心していたようですから」

「うん……そうなのよね。そもそも自分で呪いを作るって目的からして、今までの傾向ガン無視だから」

「事件が終わっても、謎は深まるばかりです」

「その辺りは、冬城が出所してから根掘り葉掘り聞く?」

「根掘り葉掘りって……それは酷ですよ」

「そう……そうよね……罪は重くなるでしょうからね」

「死刑にならないように願うばかりですけど……あれだけ多くの人を殺してしまったんですから、分からないですね」

「未成年ってところで、どうなるかってところでしょうねぇ……ところで、最後のやつ。えっと……『それも阻止されたら、自分が殺され、今までに使った呪いの回数分の苦しみを味わうことになる』ってとこ。『今までに使った呪いの回数分の苦しみを味わうことになる』って、これ初耳なんだけど?」

「ああ、それはまだ誰にも話してないですね。一応、あの呪いについては、もうちょっと調べてみようかと思って、調べてるんですよ。それで、調べてたら、徐々に分かってきたことがあって……他にも色々とあるんですけどね」

「そうなの……でも、一銭にもならないでしょ、それ」

「お金じゃないですよ、こういう仕事は。それに、知らない呪いについては納得するまで調べておいた方が、後々のことも考えるといいでしょ?」

「まあ……対応はしやすくなるでしょうけどね……にしてもおどろおどろしい話に聞こえるけど、いまいちイメージは沸きづらいわね。どんな感じなのかしら?」


「ええとですね……これは他の、人が死ぬ時全般に言えることなんですけど、例えば怪物に首を切られた時、その瞬間に肉体は死ぬんですけど、魂は、まだ完全には死んでないんです」

「んんっ?」

「ちょっと現実的には見えない話なんで、イメージは沸きにくいですけど……怪物に首を切られた時、確かに、もう体内に魂は無く、肉体は抜け殻となりましたが……その後、この世からあの世に行くことになるんですけど、当然、その間にも時間は流れるわけです」

「んん……なるほど……」

「よく、重傷を負った人が生死の狭間を彷徨うって言いますけど、それよりも、もっとシビアな生死の狭間をさまよってるイメージですかねぇ」

「死ぬのが決まってるけど、まだギリ死んでないタイミングのインターバルがあるのね」

「まあ……そんなところです。それで、呪いの三つ目。つまり、呪い返しによって実行した人本人が首を切られた後にも、当然、この世からあの世へと行くタイミングがあるです」

「そうね。死ぬからね」

「苦痛を味わうのは、その時です。生と死との間で、実行者はジュブ・ニグラスに呪いの分の代償を苦痛で払ってから死んでいくんです。それはもしかすると一瞬のことかもしれないですが……この際、時間は関係無いでしょう。苦しむ時間に関係無く、彼女は今まで殺してきた人の、およそ半分の人数の苦痛を感じないといけないんですから」

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