110話「闇の目に見える閃光」

「ええと……」

 床にばったりと倒れてしまっている瑞輝に駆け寄った梓はオロオロしながら瑞輝の首筋に手を当てた。


「い……生きてはいますね」

 脈の鼓動を感じ取った梓が、ひとまずホッとする。

「えと……でも意識を失ったままですよね……?」

「梓さん」

 駿一が梓に駆け寄って声をかける。

「あ、駿一さん魔法の使い過ぎで気を失った場合って、どうすればいいか分かります?」

「い、いや、それはさすがに……」

「ですよねー……えと……杏香さん……じゃないですね、空来さんでしたっけ?」

「わ、私も、全然そういうの、知らないです……」

「ですよね……うーん……」

 梓が腕組みをして、ふわふわと浮いている悠の方を向いた。

「わ、私もしらないよ梓さん! 幽霊だからって万能じゃないんだよ!」

「某も右に同じにござる」

 悠と、悠の隣の丿卜もかぶりを振った。

「んん……」

 梓は腕組みをして暫く考えたが、考えてどうにかなるものでもないと思ったので、ポケットからスマートフォンを取り出した。


「こんな時は救急車呼ぶしかないですよね……あ、もしもし……あ、救急です……はい……」

 梓が一通り、電話でやり取りした後「ふぅ」とため息を一回ついて、電話を切った。

「ええと、ここには救急車を向かわせるということになったので、ひとまず瑞輝さんの頭を柔らかい所に置いて……」

 梓が胸元からハンカチを取り出して、ミズキの頭と、コンクリートの床との間に挟んだ。


「……おい、そこの机、椅子にクッションが敷いてあるから使っていいぞ」

 相変わらずティムと小競り合いしている冬城が、梓に話しかけた。

「冬城さん……」

「なんだ? ……信用出来なければ、別にいいさ。……むっ!?」

「手を緩めたな冬城! これでもう抵抗できないぞ!」

「こんなもんで……!」

「うおっ!?」


 二人の小競り合いを尻目に、梓は冬城を見つめながら、また暫く思索にふけった。

「……信じますよ、冬城さん」

 ティムとの小競り合いで忙しそうな冬城に一言話しかけると、梓は、儀式用の祭壇とは逆方向の壁に沿って配置してある机に向かって歩き出した。そして、その机に座るための椅子に敷いてあるクッションを、そっと持ち上げた。

「信じますけど、何かしら、普段から愛用しているとかの呪いがかかってるかもしれないですからね」

 梓がクッションを裏返したり、クッションの側面を見たりして、念入りに見回す。

「あ……ああ、いくらでも調べてもらって……いいっ……くっ!」

「よそ見してる暇があるのか冬城!」

「ティム、てめえ! 私はもう抵抗しねーよ!」

「信用出来るか! じゃあ何でこんなに力入れてるんだ!」

「お前に負けたくねーからだよ!」

「おう! じゃあ思う存分やろうじゃねーか!」


「……どうやら、仕掛けは何も無さそうですね」

 クッションを一通り見た梓はそこに仕掛けが無いと判断した。瑞輝の所に歩いていって、しゃがみこみ、ハンカチの代わりに、クッションにミズキの頭を乗せた。

「瑞輝さん……」

 梓には、なんとなく、ミズキの置かれている状況が分かる。瑞輝の中の「気」のようなものが、以前よりも相当に弱くなっていると感じるのだ。

 この感じは、恐らく、普通の人間なら感じないだろうと、梓は思う。梓は破魔の力を扱ったり、霊気を感じたりする修行を、子供の頃から課せられてきた。そして、それによって体の中の気の流れを、常日頃から意識する習慣がついている。なので、梓は日常的に気を感じられるが、普通の暮らしを送っている場合、そもそも気について意識する必要は全くなくなる。そのため、普通の人は、誰しもが体の中に持っている「気」という存在に気付くことはない。


「……ひとまず、これで一安心ですね」

 瑞輝の気が弱くなっていることについても、梓には、こうして横になって休むということしか解決策が見当たらない。なので、病院で寝ているのが、現状で出来る最善の手だろう。ジュブ=ニグラスの儀式の祭壇は破壊してあるし、冬城はティムが取り押さえている……というか、小競り合いしている。これについてもひとまず安心だ。


「さて、救急車が来るまで待つわけですけど、空来さん、あの球……杏香さんに渡した奴なんですけど」

 梓が地面に転がっている、透明な球を見た。

「あ、これ、そうなんです。杏香さんからもらって、もしも怪物に会ったら、これを投げろって」

「ああ、なるほど……杏香さんには一応、奥の手がありますからね。ここじゃ使えないとは言ってましたけど」

「えと……私、杏香さんと手分けして梓さんのことを探してて……」

「え? 電話してくれればいいのに……あ……」

 梓がスマートフォンの表示を見た。表示によると、梓のスマートフォンは受信圏外になってしまってるようだ。

「コンクリートに囲まれてるからです?」

「俺のは……ん、一本だけ立ってるな」

 駿一も、自分の電話を確認する。

「そうなんですか。この部屋、場所によって電波が届かなくなってるってことみたいですね。迂闊でした」

「だから……手分けして探そうって。怪物は梓さんの方を標的にするだろうから、もう安全だろうって。あ、でも、念のためにこれを持っていけって、さっきの球を渡されたんです」

「なるほど。杏香さんは、私と合流しようとしてたですね。てことは、大体の場所の目星はついてたですか」

「ここ……冬城さんの家……大きな家だから、手分けしようって……で、杏香さんは、あっちの大きな家の方に行っちゃったので、私はここから探してみようと……」

「ああ……なるほど。だったら見つけるのも早かったですね。鍵は開いてるし、ここへの扉も開けっ放しだし」

「はい……地下なんて、いかにも怪しいと思って……」

「見つけるのには時間はかからなかったわけですか。ということは、杏香さんとここに来たのもついさっきといったところですね……」


「あの球、呪い避けなんだよな?」

 駿一が空来に聞く。

「えっ、いえ……私に言われても……」

「……」

 今までのやり取りからすると、空来と瑞輝は相性が良かったみたいだが、どうやら俺と空来の相性は悪いらしい。俺に話しかけられた瞬間、空来は三歩も後ずさった。駿一は、頭をポリポリとかいた。

「あれは私が杏香さんに渡したものなんです。呪いを怯ませるための道具です。あの呪いは闇の目を持ってたみたいですからね。人間の目では全く見ることはできないですけど、闇の目にとってはとても刺激の強い光を放つのが、あの球です。杏香さんも呪いに対抗できなくちゃ、危ないですからね。護身用です」

「なるほどな……」

「さて……これで、この件はひとまず一件落着ですね。私は……杏香さんを探しに行きたいところですけどね。さすがにここから動いたらまずいですよね……」

 瑞輝は意識を失っていて、冬城も、あの様子から見ると、それほど心配は無いのかもしれないが……それでも、隙をついて何かをし始めるとも限らない。


「じゃ、じゃあ、私が行きます。あの大きな家ですよね」

 言ったのは空来だ。

「あ、お願いしていいですか?」

 梓が言うと、空来はこくりと頷いて、階段を上っていった。

「……んじゃ、俺は帰るかな」

「ああ……なんか、ありがとうございました。協力してくれて」

「いや、普段から世話になってるから、これくらい当然だよ。じゃあ」

「あっ、後でお礼とか、しに学校に行きますから!」

 スタスタと階段を上っていく駿一に、梓が叫ぶ。

「気を使わなくていいっすよー!」

 駿一は、叫んで返事をしつつ、歩く速さを緩めることはなかった。

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