64話「瑞輝VS吉田」
「おぉぉぉぉ……おぉぉぉぉ……」
瑞輝の周りを、吉田は行ったり来たりしている。
「今はこうして周りをうろついててウザいだろうが、うろうろしてるうちに自然に離れてくだろう。今日いっぱいは目障りだろうが、明日には教室から居なくなってるはずだ」
駿一が言う。
「教室から……居なくなる……のか……」
瑞輝は、吉田の怨霊のことを聞いているうちに、段々と、いたたまれない気持ちに包まれていった。
僕と同じだ。僕も異世界で、負の感情を利用されたことがある。そして……多分、負の感情を煽られるまま、身を任せていたら……もしかすると、僕は世界を救う側ではなく、世界を壊す側になっていたかもしれない。
そうなっていたら、僕はこの世界には戻れなかっただろう。……それだけじゃない。それに、それは重要なことじゃない。もっと重要なこと……そうなっていたら、僕はエミナさんの敵となって、一人で戦う事になったエミナさんには勝ち目が無くなって……それでも、きっと一人で戦って……死んでしまっていただろう。そして、抵抗する者が皆無になった異世界は……いや、もしかすると、この世界まで滅ぼされていただろう。
そんなことを、今でもふと、思い出したように考え……その度に体が震え、気分は落ち込む。
「……このままじゃ……いけないと思う」
「うん?」
「納得しないままで……原因だった僕の姿を見ないまま成仏するのって、いけないんじゃないかって」
「そうかもしれんな。だが、放っておけよ。お前があいつに何されたか、俺も悠も分かってる」
「もとはといえば、僕が招いた事なのかもしれない。放っておけない」
「はぁー? なんてお人好しなんだよ、全く」
「うふふ……それが桃井君のいいところなんだよ。ちょっと良すぎるけど……どっちにせよ、こうなったら頑固だから、もう桃井君は止められないよ」
「うん……ごめんよ。でも、これは……多分やらなくちゃいけないことだと思うんだ」
桃井が立ち上がり、悪霊となった吉田を見つめる。
「はあ……そうなんだろうな。お前にとっては……まさか、小学校の時から、俺の近くにこんなお人好しが居たとはな……ま……好きにすればいいんじゃねーか?」
「ええっ!? 放っておくつもりなの? 桃井君を!」
「俺が行ったって、何も出来んだろ。俺の出来ることはここまでだよ」
「大丈夫、僕一人でいいよ。二人を危険な目に遭わせるわけにはいかないから」
瑞輝が、そう言いながら教室の出入り口に向かっていく。
「駄目だよ、私も行く! 相手は霊なんだから、私だって足止めくらいは出来るよ!」
悠も慌てて瑞輝の後を追い始めた。
「でも、危険だよ」
「危険なのは桃井君だって同じでしょ!?」
「でも……ううん……分かった。でも、危なかったらすぐ逃げてね」
「桃井君もね」
「うん……行こう……!」
瑞輝は教室の出入り口をがらりと開けて振り返り、吉田を見据えた。そして……駿一から貰ったお守りを握り締めるのをやめて、手を開いた。
瑞輝の手から、お守りが落下する。
「おおぉぉぉぉぉ……うおぉぉぉぉぉ!」
ふと、瑞輝は吉田の怨霊と目が合ったように感じた。その瞬間に、瑞輝が走り出した。
目指すのは、下の階の端、第二倉庫前だ。
第二倉庫は、第一倉庫よりも使用頻度が少ないものが入っている倉庫で、そこに、人は殆ど立ち入ることはない。その上、第二倉庫は校舎二階の端に位置しているため、そこに至る廊下は、極端に人通りが少ない。そこならば、突然女の子の姿になったところで、十中八九、見ている人は居ないと思う。
「はっ……はっ……」
第二倉庫前に着くまでは、人は途切れないだろう。なので、第二倉庫前まではライアービジュアルを解くわけにはいかない。魔法の力を借りずに、自力で走らなければならない。
「はぁ……はぁ……」
息が切れる。が、第二倉庫前まで、そう遠い距離ではない。階段を駆け下り、右に曲がり――。
「うぐあっ!」
後ろから強い衝撃を受けた。背中に強烈な痛みが走る。
「うおぉぉぉぉ! おあぁぁぁぁぁぁ!」
吉田の怨霊が攻撃してきたのは明白だ。瑞輝の体が宙を舞う。そして……その瞬間、瑞輝はライアービジュアルを解いた。
短い髪は、みるみる腰まで伸びていき、色も美しい、薄いピンク色になる。制服も、いつしか女子用のセーラー服に変わっている。
「……うがぁっ!」
宙に舞った瑞輝の体は、激しい音を立てて壁にぶつかって止まった。
「はぁ……はぁ……ここなら……」
息を弾ませ、そこらじゅうが痛む体を、どうにか動かして立ち上がりながら、瑞輝は周りを確認する。人は……悠の幽霊しかいない。
「だ、大丈夫!? 桃井く……桃井……ちゃん?」
「君でも、どっちでもいいよ……下がってて!」
瑞輝が前に右手をかざした。その先には、怒り狂ったようにうねりを上げながら瑞輝に迫る、黒い吉田の怨霊がある。
「……聖なる
瑞輝がセイントボルトを詠唱した。瑞輝の手の平から発生した光る球体は、周りに稲妻を帯びて正面へと飛ぶ。
「魔法」という存在で、セイントボルトという名前を有するそれは、真っ直ぐに吉田の怨霊の方へと飛んでいくと、吉田へと命中した。
「あああぁぁぁぁぁ……うあぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
真っ黒な吉田の怨霊が、無秩序で激しい動きを更に激化させた。ますます悲痛に感じるようになった吉田の声を聞き、瑞輝は思わず顔をうつむかせて目を反らした。
「うがぁぁぁぁぁぁ……あぁぁぁぁぁぁぁ……」
「や……やったの!?」
壁際で見守っていた悠が、瑞輝に近寄る。
「多分。もしかしたら、もう一発……」
「桃井……ありがとう。なんか、目が覚めた気分だぜ」
不意に聞こえてきたのは、激しく錯乱し、激情のさなかにある、吉田だと辛うじて分かる声ではなかった。はっきりと吉田だと分かる、生きている時の吉田の声だ。
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