63話「吉田が来る」

 昼休み、昼食の弁当を食べた後は、瑞輝は特にやることもなかった。吉田やティムは居ないので、誰かが絡んでくるわけもない。空来も、今日は日直なので、昼休みは忙しいらしい。ティムと張り合っている賑やかさの冬城も、ティムが居なくなってからは張り合う相手が居なくなったからなのか、静かなものだ。ぼおっと窓の外を眺めて、残りの昼休みを消化するつもりだった。


「よ、よう……桃井」

 そんな中、ぎこちなく桃井に話しかけてきたのは駿一だ。

「え……あ……ああ……駿一君……」

 思わぬ話し相手の出現に、瑞輝も戸惑いながら返事をする。苦手意識も手伝って、体も少し引き気味になった。

「……」

「……」

 そのまま硬直する二人を見かねて苛立った声を発したのは悠だ。


「ちょっとー! 駿一、ちゃんと喋ってよ!」

「あ……ああ……なんか、気まずくてなぁ。俺、自分から人に話しかけることは殆ど無いしな。それでいて、昔から、クラスが同じだってのが、かえって距離感を混乱させるというかな……」

「もーっ! 私が説明するよ! ……ええっと、こうやって駿一が桃井君に話しかけることになった原因は、桃井君の秘密、駿一も知ってるよって伝えたかったからなんだけど……折角の機会だから、二人で話せばって言ったんだけどね」

「ああ……そういうことなんだ……」

「その……すまんなぁ。俺も、こう、妙にかしこまってしまってるみたいで、上手く言葉が出なくてな」

「ああ、いえ……いいよ……でも、そっか……駿一君も見ちゃってるんだ……」

「黙ってるよ。俺も色々と秘密を抱えちまってるからな。こいつをはじめとして」

「あっ! 私が一番手!?」

「何の一番手だよ! そうは言ってないだろ!」


「うーん……駿一君の挙動が、時々おかしかったのには、そういう関係があったのか……」

 一つ、おかしいと思っていた謎が解けて、瑞輝は少しすっきりした。

「でも……駿一君は凄いなぁ。少なくとも、僕が異世界に行くまでは、全くそんなこと気が付かなかったし、帰ってきた時から今までだって、全然分からなかった。僕なんて、もう何人かにバレてるもんなぁ」

「お、おう……そうだな……異世界に行ってたことも、今ばらしたしな」

「あっ……」

「あはは……桃井君、本当に嘘つけない性格だよね」

「なんか、……色々と凄いんだな……お前……」

「はぁー……何でこんなに嘘をつかなくちゃならない機会がいっぱいあるんだろう……」

 瑞輝ががっくりと肩を落とす。秘密がバレたということは、秘密を話していいということだ。瑞輝はそう思って気を抜き過ぎてしまい、他の秘密まで話してしまったのだ。瑞輝はこういった細かい辻褄合わせが苦手で、それ故に嘘をつくのが下手だという事は自分でも分かっているのだが……いかんせん、嘘をつかないといけない必要に迫られて過ぎている。この状況については気が重いし、精神的にも嫌な気分になる。


「なんか、災難だねぇ……」

「ま、この事は、異世界のことも含めて俺と悠の胸にしまっておくから、安心していい。ロニクルさんあたりに知れた日には、どうなることやらだからな。悠、お前も、うっかり口に出さないように注意しろよ」

「う、うん、そうだね。気を付けないとね……」

「うん……ごめんね、二人共……」

「おいおい、別に謝るほどのことでも……」

 不意に、駿一の言葉が止まる。


「あれ? どうしたの駿一」

「吉田が来るぞ」

「えっ……あっ……」

 悠も何かに感づいたようだ。

「えっ、何、吉田君? どうしたの二人とも」

 瑞輝が怪訝な顔で二人を見た瞬間、二人の奥の窓から、黒くて威圧的な何かが、凄いスピードで迫ってくるのが見えた。


「うわぁぁっ!」

 ――ガシャーン!

 瑞輝は慌てて体を仰け反らせたので、椅子ごと床にひっくり返ってしまった。


「よ、吉田君……」

「桃井! こいつを受け取れ!」

 駿一が、何かを瑞輝の方へと放り投げた。

「こ、これは……」

 反射的に、それを受け取ってしまった瑞輝だが、まじまじと見ても、それが何だかは分からない。黒い皮の袋で、口は赤い縄で閉じられているが……。

「何?」

「あっ、開けるなよ!」

 瑞輝が中を確かめようと、紐に手をかけようとしたら、駿一がそれを止めた。


「あ、駄目なんだ……」

「そいつは怨霊避けのお守りだよ。開けたら効果が無くなる」

「そうなの? そういえば……」

 ふと、瑞輝が吉田の怨霊の方を向いた。吉田の怨霊に、さっきまでの迫力は無い。不思議そうに、辺りを行ったり来たりしているだけに見える。


「今、吉田にお前の姿は見えていない。それに、吉田の方も、瑞輝への執着心しかないみたいだ。お前をしつこく探してる」

「そ……そうなんだ……」

「悠は、うっかり触れて、刺激しないようにしろよ。場合によっては、ターゲットがお前に向くかもしれないからな」

「そうなの? う、うん、分かった」

 悠がそーっと後ずさって、吉田との距離を取る。


「そのお守りは瑞輝、お前にやるよ。吉田は結構強力な怨霊だが性質はそれほど悪くない。傾向が分かれば防御にはそれほど手間はかからん。そいつを肌身離さず持ってれば、そのうち満足するか力を使い果たして成仏するだろうから、ひとまず安心だ。あとは刺激しないように注意してれば大丈夫だ」

「そ、そうなんだ……」


「おぉぉぉぉぉ……」

「吉田君……」

「この世に未練がある奴は、魂だけになっても成仏せずに、この世に残るんだ。幽霊ってやつになってな。原因が、さっぱり分からん奴も居るが……」

 駿一がちらりと悠の方に目を走らせる。

「んっ? 何? 確かによく分からない人も居るよねぇ。話しかけても何も言わなかったり。そういうのって、お祓いする人は大変だろうね」

「……そうだな」

 自分のこととは思いもしていない様子の悠に、イラつきを通り越して呆れてしまった駿一は、軽くかぶりを振りながら続ける。


「吉田の場合は、お前に対する感情だってのが丸分かりだ。もっとも、怨霊になるほど強烈な思い入れなんだから、分かり易くて当然だがな」

「そう……なんだよね……」

 瑞輝の呪い袋を掴む手に力が入る。この教室に来ても、吉田君は、こうして暴れ狂っている。自我なんてあるのか分からない状態でだ。


「怨霊には、大概、負の感情に支配されてなっちまうもんだ。お前に対する強烈な負の感情によって、吉田は動いてるってことだが……負の感情ってのは嫉妬だとか憎悪だとか、特定の何か執拗に狙うような性質のものが多い。だから、お前がそのお守りを持っていれば、吉田は他の奴らには目もくれずに、見えないお前を探し続けるんだ」


「だから、そのうち成仏する……僕を見つけられないまま……」

「そういうことだ。もっとも、これは素人の対処法だから、念のために一回、梓さんあたりに見てもらった方がいいとは思うが」

「そう……」

 瑞輝はじっと、戸惑っているように右往左往する、吉田のなれの果てを見ている。

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