62話「部屋の住人」
「つまらねーな……何もかもつまらねー」
「あぁぁぁぁ?」
「お前にしろ、今回の結果にしろだよ……つまんねーなぁ」
部屋には住人一人だけしか居ないにもかかわらず、住人は誰かに話しかけていて、その誰かも住人に反応している。しかし、誰かの反応は、とても正気のものとは思えない。手負いの野獣の咆哮を、住人は連想する。
「折角、ここまで手をかけたのに、この体たらくかよ」
住人が、下げすんだ目で変わり果てた吉田の姿を見て、今までの経緯を嘆いた。
住人は、自らの手で吉田の嫉妬心や傲慢さを煽り、呪い「
「ち……別の何かに使えると思ったが……」
吉田の怨霊が瑞輝を襲う。その様子が楽しみで、わざわざ面倒な|擬反魂_もどきはんごん》を成立させようと仕向けたのに、どういうわけか、吉田は瑞輝を襲うのをやめてしまった。
結果、瑞輝は逃げてしまって、残ったのはなにやら悶えている吉田の怨霊だけになってしまった。住人は、その吉田の怨霊を、高い金で買った
「これじゃあ何にも使えねーじゃねーか……」
折角作った怨霊を無駄にしないために、大事な
「使えねーな、吉田よぉ」
住人が吉田の入った
「おおおぉぉぉぉ……!」
激しく蠢く黒い吉田の怨霊が、
「お前を供物にしながら、奴に対してのコンプレックスを持たせるってのが、どんなに骨の折れることだったか分かってんのかよ。イラつくなぁ」
吉田の怨霊は激怒しているように見えるが、住人も苛立っている。お前にどれほどの手間をかけたか分かっているのか。そう言いたい気持ちだった。が……こんな、自我も何も無い状態の吉田に言ったところで、どうなるわけでもない。
とはいえ、吉田が上手い具合に怨霊化した時は気持ちが良かった。怨霊となるように瑞輝に対してのコンプレックスを増大させ、瑞輝を憎むように仕向けさせた。そして、タイミングを見計らって、しつこい刑事と同時に、呪いの餌食にした。
ウザい奴を殺し、吉田は呪いの供物になりながらも、吉田自身が次の楽しみになる。呪いのデメリットをメリットに変えることが出来て、しかも無駄が無かった。実に華麗に呪いを使いこなしたということだ。
「死んだことが悔しいか……? それとも、奴を仕留められなかったことの方か……?」
住人が、吉田の怨霊が入った
「おぉぉぉぉぉぉ……!」
「ふふふ……荒れてるのか? 悔しいだろう?」
「うぅぅぅぅぅ……おぉぉぉぉぉぉ……!」
「……」
まるでペットにでも話しかけているような感覚で、住人は
「……もう行けよ」
住人は、そっと
「うおおぉぉぉぉ……おぉぉぉぉぉ……!」
吉田の怨霊が、すぅっと鏡から抜け出てくる。それにつれて、怨霊の叫びも大きく、直接的に住人の耳に響くようになっていく。
住人は、その生々しい叫びに体をぞくぞくさせながら、
「ち……無駄骨か……」
吉田の怨霊は、生前から丁寧に仕込んでいたにも関わらず、何の楽しみも残さなかった。期待外れに動き、高額な道具を使わせた。最後には、話しかけたところで、明確な意思の感じられない答えを話すだけの愛玩動物になり果ててしまった。
こいつは使えない。住人は空虚な気持ちに陥ったが……窓から飛び出た怨霊の様子を思い起こして、ふと、一つの可能性が頭に浮かんだ。
「待てよ……あいつ……」
思わず、吉田の怨霊が抜けていった窓を見る。あいつは何かをするつもりなのではないのか。
住人の心に直感的な希望が湧いた時には、住人の体は動いていた。今までに集めた様々なオカルトグッズの入った、部屋中の収納を物色し始める。吉田の怨霊を感知できる道具が何かあるだろうか。イライラしていた頭も、既に吉田を追う方法を思考している。
生きていても死んでいても、そう変わらない。それ故、怨霊となった吉田の考えていることも、大体分かる。
瑞輝が帰ってきてからというもの、吉田の支配欲は満たされないままだった。瑞輝に対して圧倒的な勝利感を抱くことは徐々になくなり、吉田は閉鎖感を感じていた。
そんな吉田が怨霊になり、力を手に入れたのだ。それに加えて、今更生き返ることも出来ない。怨霊となって、後戻りも出来なくなってしまった状態に陥った。
それでも、瑞輝に対して明確な勝利を感じることは、未だに出来ていない。瑞輝は何らかの手段、または外的要因によって、吉田の手を免れた。
それがどういった手段なのかは、住人にとっても気になるところだが……この際、それは関係無い。吉田の怨霊は、きっと瑞輝の所に行ったに違いない。
ならば、住人としては、それを追って、間近で見ないと落ち着かない。
一度は落胆した住人だが、落胆したことは全くの間違いだったと、今は思い直した。鏡の中に捕獲されている間にも、吉田の瑞輝に対するコンプレックスは増大し、それに追随するように、憎悪や支配欲も高まっていったはずだ。
面白いことになりそうだ。住人はそう思い、また、そう願って、自らの部屋を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます