65話「光に包まれる吉田」

「吉田君!?」

 はっきりと吉田だと分かる声が聞こえたので、瑞輝は思わず吉田の方を見た。吉田の怨霊は、相変わらず、その黒い体を嵐のようにうねらせているが……瑞輝はその中に、僅かな光が徐々に広がっているのを感じた。

 セイントボルトの光は、既に消え去っているはずだ。だとしたら……。

 瑞輝は、目の前にあるものは、怨霊によって抑え込まれた負の感情以外の、吉田の感情ではないかと直感した。


「そうだったのかな……やっぱり、吉田君は、僕が祓ってあげた方が良かったのかもしれない……同じ強制的に成仏させるにも、吉田君の気持ちを納得させて決着を付けないといけないって、もっと早く気付くべきだったのかな。吉田君は、本当はそれを望んでたんだって、今……なんとなく分かった気がする」

 瑞輝は、本当に少しずつではあるが、吉田の光が強くなっているのを感じる。


「桃井、ありがとう。おかげで苦しくなくなった」

「吉田君……なの?」

「ああ……まだ成仏はしてないみたいだから、喋れるらしいな……すまない瑞輝……今まで……」

「吉田君……」

「俺、どんどん心の抑えが効かなくなって……いつの間にか我忘れてて……なんか、とんでもないことをしてたみたいで……でも、それは俺の意思じゃあなかったんだ。信じてほしい」


「すまないって……」

 悠の眉が吊り上がる。

「すまないって問題じゃないよ! もう少しで死ぬかもしれなかったんだよ!」

「その……俺の意思じゃなくて、暴走した感じっていうのか……抑えられなかったんだ。本当にすまない」

「い、いいんだよ、吉田くん。吉田君がどういう思いかは分かったから。……ね、吉田君、僕もあやまらなくちゃいけないことがあるんだ……」

 瑞輝が吉田の光の部分を見据えつつ、続ける。

「吉田君は、本当は僕と楽しく遊びたかったんだよね。僕の方も、心を開いて。嫌なことは嫌だって言えば、こんなことにはならなかったのかもしれない。黒いのに囲まれて、とっても見づらいけど……この光って、そういうことじゃないのかなって、思うんだ」

「はぁぁー……桃井君って……」

「え……な、なに? 悠さん」

「いや……桃井君、よく禿げないなって思って」

「ワカメが好きだからかな?」

「そういう問題じゃないんだけどなー……」

「良く分からないけど、とにかく、吉田君の件は、これで一件落着だよね!」


「そうだけど……桃井君って、私が思ってたよりも、ずっとずっと人が良かったのね。でも……桃井君の人の良さに習って言えば、あたにも謝らなくちゃいけないことがあるんだと思う。吉田君……私、吉田君にばっかり辛く当たっちゃったかもしれないって、ちょっと思って……」


「いや、いいんだ。悠……今だから言えるが……お前を殺したの、俺なんだ」

「えっ……」

「すまない……つい、カッとなって……許してくれ……頼む……」

「なっ……何よ、それ……!」

 悠の声が震える。

「あの……悠さん……え……ええと……ちょ、ちょっと落ち着いた方が……えと……」

 瑞輝が戸惑っているうちに、吉田は、黒い部分も、光る部分もすぅっと消えていき――そこには何も無かったかのように消え去ってしまった。


「ええと……あの……悠さん、気持ち、分かるよ」

「桃井……君……!」

「吉田君は許せないかもしれないけど……でもさ、吉田君、最後にそのことを言って完全に成仏していったってことは、後ろめたさもあったってことだろうし……」


「許せないに決まってるっ!」

 悠は弾けたように絶叫した。


「悠さん……」

「許せない……許せない!」

「は、悠さん、落ち着いて!」

「落ち着けるはずないよ! 桃井君にだって……私の気持ちなんてぇぇ!」

 悠が枯れたような声で叫ぶ。


「悠さん!」

「私だって、みんなみたいに学校生活を送りたかったんだから! 皆といっぱい喋って! いっぱい悩んで! 恋愛もして! なのに……なのに!」

「悠さん……」

 瑞輝は、見た目は変わらないのだが、悠がどんどんと黒くなっていっているような感触を感じた。


「今だって、喋りたくてしかたがないんだから! 教室に……学校に来る度に、私だけ違う! 寂しくて……寂しくて……!」

「悠さん……!」


「うおっ! 悠!」

 新たに第二倉庫前に駆け寄ってきたのは駿一だ。


「駿一君!?」

「駿一……!」

 瑞輝と悠が駿一の方を向いた。


「おいおい、怨霊になりかけてんぞ」

「ううっ……駿一……誰も私の気持ち、分かってくれない……」

「ええ?」

「私だって……私だって普通に生きて、学校生活を送りたかったの! もっとみんなと喋りたいの!」

「ああ、そう……何だかよう分からんが、面倒なこったな」

「駿一も私の気持ちを分かってくれないの!?」

「ええい、面倒な奴だ。駿一、逃げるぞ! このままじゃ、怨霊に絡まれる!」

「え……で、でも……」

「何があったかは知らんが、怨霊に絡まれたら厄介だ!」

「駿一……駿一も私の気持ちを分かってくれないの……?」

「そんなもん、分かるわきゃねーだろ! 普通の、生きてる他人の気持ちだって分からんのに、思考回路がおかしい悠の、しかも霊……というか、錯乱して怨霊になりかけてるお前の気持ちなぞ分かるはずないだろうが! お前は常日頃から見てて分からんのか!」


「しゅ、駿一……」

「わっ! 駿一君、それ、いくらなんでも酷い!」

「んなこといったってなぁ、こういうウザい考えは嫌なんだよ。エスパーじゃねえんだから、気持ちなんて分かるわけねーだろ」

 駿一がかぶりを振りながら、あからさまに面倒臭そうなしかめっ面をする。


「ちょ、ちょっと、駿一君……」

「駿一……う……確かに、それが駿一だ……いつもの駿一……」

「おっ、なんだか分からねーが、ちょっと収まってきたか?」

 いつ逃げ出してもいいように、仰け反り気味で居た駿一だが、悠の様子が元に戻りつつあるのを見て、今度は少し前屈みになった。


「悠さん!」

「桃井……君……」

「ごめん、悠さん。僕も……悠さんの気持ち分からなくて、嫌なこと、言っちゃったかもしれない。でも、これから分かるようにはするから! それに、悠さんが寂しくないように、いっぱい話すから!」

「お、言ったな桃井。こいつは想像以上にウザいぞ」

「で、でも……そうだとしても放っておくことなんて出来ないから……」

 横でからかう駿一に戸惑ってはいるが、瑞輝は悠をじっと見据えている。


「桃井君……そっか……桃井君は、そういう人だよね……でも、大丈夫だよ……」

 悠の黒ずんだ部分が、段々と抜けていく。瑞輝はそう感じている。


「みんな、それぞれ嫌な事はあるんだから、私だけこんなこと言っちゃだめだって……ごめんね……私、なんかわがまま言っちゃったみたい……」

「悠さん……いいよ、たまにはそういう時だってあるから、僕で良ければいつでも相談に乗るから。今みたいに怒鳴ってもいいよ」

「桃井……君……」

 さっきまで目が吊り上がっていた悠だが、今度は目が潤みだしている。


「昔からずっと、僕は悠さんに助けられっぱなしだったから……だから、今度は僕が悠さんを助ける。何でも言っていいよ、多分、全部受け止められると思うから」

「ありがとう、桃井君ってほんと、優しいね……でも……今は、ちょっと一人にしておいてほしいんだ……」

「うん……辛い時は、ゆっくり休んだ方がいいと思う」

「ありがとう……」


「ふっ……じゃあ、俺もようやく一人になれるってわけだ」

「駿一……」

「行っていいぞ。てか、一刻も早く行ってくれ。待ちに待った、俺のプライベートの時間だからな」

「……ごめんね」

「謝るなよ」

「……うん、ごめん」

 悠はそう言いながら、駿一の脇を通り越して、いずこへと消えていった。その時肩に、ぽとりと悠の涙が当たった。そんな気がした。

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