51話「破魔の矢」

「ふぅぅー……」

 梓が身を構え、背中の矢筒から一本の矢を掴んだ。梓は、梓の前方遠くにある的を見据えると、その矢を弓にかけた。

 弓の照準を的へと向け、力を入れて弓を引き絞る。弓はぎりぎりと音を立て――梓が矢を離すと、矢は一直線に飛んでいき、的の中央へと的中した。


「乗せないとうまくいくんですよね……」

 梓が首を傾げながら言うと、また同じように、一本の矢を掴み、弓へと装填する。

「……」

 今度は、弓を引き絞る時に破魔の力を乗せて……矢を放った。矢は空中を、くねくねと細かく蛇行したような軌跡を残しながら進んでいき……的の中央とは少し逸れた所に当たった。


「うーん……やっぱり破魔の矢となると、まだ難しいです……」

 ティム……彼女は実は人間ではないと、梓も知っている。ビッグフットなのだ。そのため、同程度の人間よりも、何倍も身体能力が高いのだが、それでも、あの怪物には重傷を負わされている。いや……ティムの身体能力だからこそ、重傷で済んだと言うべきだろう。


 梓は軽くひと息吐くと、傍らの休憩用の椅子に座った。

 ティムは、あの怪物に対してダメージを与えられる手段を知らない。梓は知っている。その差はあるが、身体能力で劣っていては、その手段も使えるか分からない。いかにして怪物との技量差を縮めるか。それが梓にとっての命題だ。

 そのため、身体能力の影響を受けづらい遠距離による手段、破魔の矢を練習しているのだが……それも、今の私の技量では無理そうだと、梓はため息をついた。


 呪いのルールや、あの怪物の行動がどのようなものかは、更に呪いを解析しないと分からないが、破魔の矢による一撃を外せば、怪物は間合いを狭め、梓に肉薄してくるだろう。そうなれば、最初から接近戦を仕掛けるよりも不利な状況へと追い込まれざるを得ない。今の破魔の矢の命中精度では不利だ。


 せめて呪いのルールがもっと細かく分かれば、それに則った解呪のやり方が使えるかもしれないが……まだ、呪いのルールを完全に特定するには時間がかかりそうだ。今の怪物の出現周期から考えると、次の出現には間に合わなそうなので、梓が今、練習している「破魔」等の荒っぽい手段を取るしかない。


「未然に防げるかもしれないのなら、練習する価値はあるですよね。でも……」


 荒っぽいやり方だが、解呪ではなく「全ての負を消す」というやり方が「破魔」である。

 それは、全ての魔を破壊し、打ち払うという性質から「破魔」といわれている。この方法は万能のように思えるが、欠点がある。それはこの方法が、負の力を祓う方法ではなく、破壊する方法というところからくる欠点だ。


 負の力と魂との癒着具合、力の加減、他にも色々な要素があるが、そのバランス次第では、人の魂まで壊してしまうだろう。

 破魔の力を直接注ぐことは梓にもできるが、破魔の危険性がある故に、多用はできない。

 しかし、今回は、どうやら悪魔そのものが単体で動いて遂行する類の呪いだ。ならば、手加減は不要。心置きなく破魔の力を使える。


 問題は、破魔の力の強力さだ。力づくで負の力を祓う破魔は、強力な故に扱いも難しい。近距離で……例えば薙刀等に力を乗せるのであれば、その都度、自らの力によって破魔の力を制御出来るし、実際、梓も使いこなせるのだが……破魔の力をもってしても、怪物との接近戦は危険極まりないだろう。

 怪物が倒された時のリスクがどの程度なのか不明な以上、怪物は複数居ると考えるべきである。が、怪物を祓えるのは、今のところ、梓のみだ。勝てるか分からない接近戦を挑むのは、あまりにもリスクが大きい。遠距離から破魔の力を何かに乗せて負にぶつける必要があるだろう。


「練習するしかないですよね。破魔の矢を打てるようになるには」


 梓は弓を構え、破魔の力を乗せずに引き絞り――打った。

 放たれた矢は、的のほぼ中央に命中した。矢の腕自体は十分な精度なのだが……。


「まさか、こんな荒っぽい方法が必要になるなんて……」


 破魔の力を、直接手に持った薙刀に乗せるだけでも細心の注意が必要なのに、それを矢に乗せて、遠距離から当てるのだ。梓はどうしても自信を出すことが出来ないでいる。今の私にその危うさを制御しきれるのだろうか。心のどこかでそう思って、不安が膨らんでいくだけだ。

 破魔の矢を使うには、破魔の力を操る熟練した能力が必要だ。


 今度は破魔の力を乗せて矢を打つ――矢は空中で大きくぶれ……大きく的を逸れた。


「ああ……」

 今度は的にも当たらなかった。練習すればするほど、心が不安定になっていくことは梓自身も分かっているのだが、それの抑え方が分からずにいる。

 破魔の力は強力。故に、物に乗せると、その影響は物にも及ぶ。破魔の力が不安定なら、それを乗せた矢も制御できなくなり……心が不安定なればなるほど、破魔の影響を受けていない矢でもぶれてしまうだろう。


「はぁ……」

 梓が肩を落として椅子に座る。集中しようとすればするほど、矢は的から逸れていく。


「この練習方法ではだめなんでしょうか……」

 梓が空を仰ぐ。練習方法を今から変えるという手もあると、梓は、この練習をする度に思っているが、梓には、この練習方法より効果的な方法も思いつかないのも事実だ。なので、毎回、一通り考えた挙句、やっぱりこの練習方法がいいという結論に戻るという結果になっている。結局、破魔の矢については、これが一番効果的な練習方法なのだ。


「ええと……明日は杏香さんと、この間の杉村さんの死体を見に行かないといけないし……」

 怪物を破魔の力で撃退する以前に、怪物を発生させる呪いの源自体を断ち切れば怪物を相手にする必要が無くなる。なので、呪いのルールの解析を優先するのが筋なのだが……それによって練習時間が少なくなっているのもまた事実だ。とはいえ、杏香と予定を合わせていることもあるし、やはり、この事件自体を解決することが目標なので、死体から呪いのルールの手掛かりとなるものを掴まないといけない。


 杏香や警察を全面的に頼るという手もあるが……どちらも、この分野に関しては専門外だ。やはり、心霊や呪いの家系で、知識や経験も豊富な梓も参加せねば捗らないだろう。梓自身、今まで一緒にこの事件を捜査してきた感覚から、そう思っていた。


「うーん……やっぱり、やるしかないですよね……」

 梓は、気を取り直して更に一本矢を手に取った。二足の草鞋という言葉があるが、今の状況は、それに近いのかもしれない。しかし……梓は、その二足の草鞋を履いて切り抜けなければならない状況にあった。

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