49話「二股」
「不思議な事……か……」
瑞輝は教室の椅子に座ってぼおっとしながら、自分が入院していた時の事を思い出していた。
「なんか、色々あったんだなぁ……あっちには行ってないけど……」
結局、病院は魔法による自己回復のおかげで、怪我の程度から考えると非常識なほど早く退院することができた。それには担当医の先生も驚いていたが、深い詮索はされず、驚かれただけで済んだ。
しかし、瑞輝にとって、驚くべきことは他にあった。悠さんと話が出来た事は、今でも信じられないでいる。とはいえ……。
「……ん?」
瑞輝が左の方を向く。何かの視線を感じたからだ。瑞輝の左側、席を数席挟んだ所に駿一が居て、その上にふわふわと浮かんだ女の子が居た。悠だ。悠がこちらをじっと見つめていたので、瑞輝はさり気なく、悠に手を振った。
悠はそれを見てにっこりと笑い、その何倍もオーバーアクションをして、両手をぶんぶんとさせて振り返してきた。
「あはは……」
もしかして、今まで感じていた妙な視線は悠のものだったのだろうか。瑞輝は、ある時から感じだした、不思議な視線の正体を、なんとなく分かった気がした。
……なんにせよ、霊になっても底抜けに明るい悠さんのおかげで、こっちも少しは、このどんよりとした雰囲気から抜け出せた気がする。瑞輝はそう思った。
とはいえ、瑞輝の問題は山積みだ。
結局、休日は、ずっと自分の部屋でテレビやゲームをしたり、ただボーっとしたりしていて、瑞輝はエミナの所には行っていなかった。
エミナを心配させたくないからという思いもあるが……どこかで他の理由もあるのではないか。瑞輝はそんな気がしてならない。自分自身の気持ちのことだが、漠然としたモヤモヤのようなものが頭にかかっているような気がして、かえって気持ちが良くないのだ。
そんなモヤモヤを抱えたまま学校に登校すると、今度は気が滅入りそうなくらいにどんよりした雰囲気と、不安そうな顔があった。そこに吉田の姿が無いことが、かえって瑞輝に吉田の事を意識させる。果たして瑞輝は吉田を強制的に祓っていいのだろうか。瑞輝はまだ、その答えを出せていない。
「今週はどうしようかな……」
今週も、あっちに行くのをやめようか。瑞輝の脳裏に、何故だか、そんな思いが浮かんだ。エミナさんを心配させるだろうことの原因は、瑞輝の傷ついた体だ。しかし、それも、今週末になれば、すっかり治っているだろう。それでも……瑞輝は何故か、エミナの所に行く気になれないのだった。
「駿一君かぁ……」
瑞輝がちらりと、悠の下で自分の机に座って、頬杖をしている駿一を見る。僕は、昔はこれといって何の感情も沸かなかったが、瑞輝は異世界で駿一君に責められる幻を見た。あれ以来、駿一を見る度に、瑞輝はびくっと体を反応させてしまうのだ。
駿一と瑞輝は中学校の時からクラスが一緒だったが、お互い社交的な方ではなかったので、会話を交わすことは少なかった。ほぼ無かったといってもいい。
その上、あっちの世界で駿一に関する酷い幻を見せられたものだから、それ以来、瑞輝はどうにも駿一に近寄り難かった。
「うーん……」
悠さんが一緒に居るんだし、何か話しかけた方がいいのかな……。瑞輝はふと、駿一との関係性を考え始めた。
中学校の時から一緒のクラスに居て、今まで何の関係も無いのは、結構おかしいことなのではないだろうか。僕の方からは、なんとなく避けているだけなのだし、あの幻だって、僕を闇落ちさせるために絶望させようという意図の幻なのだ。現実の駿一君には関係無いので、別に今までの関係は、何も変わらないはずなのだが……悠さんという緩衝材が現れても、どうにも近寄り難いし、話しかけづらい。
駿一君は幽霊の事には相当に詳しく、霊障などの心霊現象に見舞われた時にはみんなに頼りにされている。
肝試しなんかのイベントに誘われている所を何度も見ているが、話によると、殆ど断っているらしいのだが、相談事には渋々応じていると聞く。こういう時は、頼りににるはずなのだが……。
瑞輝は、吉田の怨霊の一件で、駿一に相談しようかとも考えているが……苦手意識も手伝って、未だにその踏ん切りがつかないのであった。
「うふ……うふふ……」
瑞輝の悩みを知ってか知らずか、自分の席でぼーっとしている瑞輝を、じーっと眺めている存在があった。幽霊の悠だ。
「おい」
視界の中で、ずっとニヤニヤとしている悠の煩わしさに負けて、駿一は悠に声をかけた。
「えっ!? なーに、駿一! 私のこと、呼んだ!?」
「……」
「なになにー!? 今、私のこと呼んでくれたよね!?」
悠が、駿一にずいずいと近寄ってくる。話しかけたらかけたで更に煩わしくなるのが悠だと、駿一は改めて自覚する。
「……その調子だと、向こうに取り憑き直したりすることはなさそうだな」
「当ったり前じゃーん! 駿一も好きなんだから、駿一から離れることなんてないよ!」
「あっ……そう……」
悠が自縛霊の性質を持っている故なのか。どうやら俺から離れることは無さそうだ。駿一はため息をついて、がっくりと肩を落とした。なんという損な役回りだろう。あっちに先に取り憑けば、こんなことにはならなかったのだろうか……いや、ティムやロニクルさんの例から考えて、やっぱり同じことになりそうだ。駿一は絶望に暮れた。
「悠は、何でそんなに嬉しそうなんだピ?」
駿一の隣に座っているロニクルが、悠の様子を不思議そうに見上げている。
「ん……そういや、ロニクルさんには話してなかったかな。どうやら、桃井から悠が見えるようになったらしいんだ。ロニクルさんの時と一緒だな」
「おお、そうなのかピ。じゃあ悠は嬉しいプね、今までも、結構意識してるようだったしピ」
「うん、昔から、なんか危なっかしくて、放っておけなくて、よし、お世話しよう! って、色々と関わり始めたんだけど……なんか、桃井君、可愛くて……いつの間にか、大好きになっちゃった! 駿一と同じくらいーっ!」
物理的には抱きつけないものの、駿一を抱擁するかのような悠のジェスチャーは、駿一にとっては、本当に暑苦しくてたまらない。
「ああ、分かった。分かったから抱きつかんでいいぞ」
駿一が、うんざりしながら悠に言う。
「もー、駿一は素直じゃないからなぁ。桃井君はその辺は素直なんだけど……」
「いや、素直にうざったいのだが……てか、桃井がいいのなら、そろそろ移ってほしいんだが」
「それぞれの良さがあるんだよっ!」
「ああ、そう……」
こんないい加減な地縛霊がいていいのか。駿一は頭を悩ますばかりだ。
「空来さんも、最近、桃井さんと話していることが多くなったぴょんね」
ロニクルさんに言われて、駿一が桃井の方へと向くと、桃井の横に、いつの間にか空来が座っていた。
「お、本当だ、いつの間にやら二人で話してんな」
「んんー、恋のライバル出現かも……」
「いや、お前は自分が二股してることを自覚した方がいいと思うがな……」
先が思いやられる駿一であった。
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